風の又三郎 3

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九月一日 谷川の岸の小学校
宮沢賢治 作 全文

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問題文

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(「みなさん、ながいなつのおやすみはおもしろかったですね。)

「みなさん、長い夏のお休みは面白かったですね。

(みなさんは、あさからみずおよぎもできたし、)

みなさんは、朝から水泳ぎもできたし、

(はやしのなかでたかにもまけないくらい、たかくさけんだり、)

林の中で鷹にも負けないくらい、高くさけんだり、

(またにいさんのくさかりについて、うえののはらへいったりしたでしょう。)

また兄さんの草刈りについて、上の野原へ行ったりしたでしょう。

(けれどももうきのうでやすみはおわりました。これからはだいにがっきであきです。)

けれどももう昨日で休みは終りました。これからは第二学期で秋です。

(むかしからあきはいちばん、からだもこころもひきしまって、)

むかしから秋は一番、からだもこころもひきしまって、

(べんきょうのできるときだといってあるのです。ですから、)

勉強のできる時だといってあるのです。ですから、

(みなさんもきょうからまたいっしょに、しっかりべんきょうしましょう。)

みなさんも今日からまたいっしょに、しっかり勉強しましょう。

(それからこのおやすみのあいだに、みなさんのおともだちがひとりふえました。)

それからこのお休みの間に、みなさんのお友だちが一人ふえました。

(それはそこにいるたかださんです。そのかたのおとうさんは、)

それはそこに居る高田さんです。その方のお父さんは、

(こんどかいしゃのごようで、うえののはらのいりぐちへおいでになっていられるのです。)

こんど会社のご用で、上の野原の入り口へおいでになっていられるのです。

(たかださんはいままでは、ほっかいどうのがっこうにおられたのですが、)

高田さんはいままでは、北海道の学校におられたのですが、

(きょうからみなさんのおともだちになるのですから、みなさんは、)

今日からみなさんのお友だちになるのですから、みなさんは、

(がっこうでべんきょうのときも、またくりひろいやさかなとりにいくときも、)

学校で勉強のときも、また栗拾いや魚とりに行くときも、

(たかださんをさそうようにしなければなりません。)

高田さんをさそうようにしなければなりません。

(わかりましたか。わかったひとはてをあげてごらんなさい。」)

わかりましたか。わかった人は手をあげてごらんなさい。」

(すぐみんなはてをあげました。)

すぐみんなは手をあげました。

(そのたかだとよばれたこもいきおいよくてをあげましたので、)

その高田とよばれた子も勢よく手をあげましたので、

(ちょっとせんせいはわらいましたが、すぐ、)

ちょっと先生はわらいましたが、すぐ、

(「わかりましたね、ではよし。」といいましたので、)

「わかりましたね、ではよし。」といいましたので、

など

(みんなはひのきえたようにいっぺんにてをおろしました。)

みんなは火の消えたように一ぺんに手をおろしました。

(ところがかすけがすぐ、)

ところが嘉助がすぐ、

(「せんせい。」といってまたてをあげました。)

「先生。」といってまた手をあげました。

(「はい、」せんせいはかすけをゆびさしました。)

「はい、」先生は嘉助を指さしました。

(「たかださんなはなんていうべな。」)

「高田さん名は何ていうべな。」

(「たかださぶろうさんです。」)

「高田三郎さんです。」

(「わあ、うまい、そりゃ、やっぱりまたさぶろうだな。」)

「わあ、うまい、そりゃ、やっぱり又三郎だな。」

(かすけはまるでてをたたいて、つくえのなかでおどるようにしましたので、)

嘉助はまるで手を叩いて、机の中で踊るようにしましたので、

(おおきなほうのこどもらは、どっとわらいましたが、)

大きな方の子どもらは、どっと笑いましたが、

(したのこどもらは、なにかこわいというふうにしいんとして、)

下の子どもらは、何かこわいという風にしいんとして、

(さぶろうのほうをみていたのです。)

三郎の方を見ていたのです。

(せんせいはまたいいました。)

先生はまたいいました。

(「きょうはみなさんは、つうしんぼとしゅくだいをもってくるのでしたね。)

「きょうはみなさんは、通信簿と宿題をもってくるのでしたね。

(もってきたひとは、つくえのうえへだしてください。)

持って来た人は、机の上へ出してください。

(わたしがいまあつめにいきますから。」)

私がいま集めに行きますから。」

(みんなは、ばたばたかばんをあけたりふろしきをといたりして、)

みんなは、ばたばた鞄をあけたり風呂敷をといたりして、

(つうしんぼとしゅくだいちょうをつくえのうえにだしました。)

通信簿と宿題帳を机の上に出しました。

(そしてせんせいがいちねんせいのほうからじゅんにそれをあつめはじめました。)

そして先生が一年生の方から順にそれを集めはじめました。

(そのときみんなはぎょっとしました。)

そのときみんなはぎょっとしました。

(というわけは、みんなのうしろのところに、いつかひとりのおとなが、)

というわけは、みんなのうしろのところに、いつか一人のおとなが、

(たっていたのです。)

立っていたのです。

(そのひとはしろい、だぶだぶのあさふくをきて、くろいてかてかしたはんかちを、)

その人は白い、だぶだぶの麻服を着て、黒いてかてかしたハンカチを、

(ねくたいのかわりにくびにまいて、てにはしろいおうぎをもって、)

ネクタイの代りに首に巻いて、手には白い扇をもって、

(かるくじぶんのかおをあおぎながら、すこしわらってみんなをみおろしていたのです。)

軽くじぶんの顔を扇ぎながら、少し笑ってみんなを見おろしていたのです。

(さあみんなは、だんだんしぃんとなって、まるでかたくなってしまいました。)

さあみんなは、だんだんしぃんとなって、まるで堅くなってしまいました。

(ところがせんせいは、べつにそのひとをきにかけるふうもなく、)

ところが先生は、別にその人を気にかける風もなく、

(じゅんじゅんにつうしんぼをあつめてさぶろうのせきまでいきますと、)

順々に通信簿を集めて三郎の席まで行きますと、

(さぶろうはつうしんぼもしゅくだいちょうもないかわりに、)

三郎は通信簿も宿題帳もない代りに、

(りょうてをにぎりこぶしにしてふたつ、つくえのうえにのせていたのです。)

両手をにぎりこぶしにして二つ、机の上にのせていたのです。

(せんせいはだまってそこをとおりすぎ、みんなのをあつめてしまうと、)

先生はだまってそこを通りすぎ、みんなのを集めてしまうと、

(それをりょうてでそろえながらまたきょうだんにもどりました。)

それを両手でそろえながらまた教壇に戻りました。

(「ではしゅくだいちょうは、このつぎのどようびになおしてわたしますから、)

「では宿題帳は、この次の土曜日に直して渡しますから、

(きょうもってこなかったひとは、あしたきっとわすれないでもってきてください。)

今日もってこなかった人は、あしたきっと忘れないでもってきてください。

(それはえつじさんとゆうじさんとりょうさくさんとですね。)

それは悦治さんと勇治さんと良作さんとですね。

(ではきょうはここまでです。)

では今日はここまでです。

(あしたからちゃんと、いつものとおりのしたくをしておいでなさい。)

あしたからちゃんと、いつもの通りのしたくをしてお出でなさい。

(それからごねんせいとろくねんせいのひとは、せんせいといっしょにきょうしつのおそうじをしましょう。)

それから五年生と六年生の人は、先生といっしょに教室のお掃除をしましょう。

(ではここまで。」)

ではここまで。」

(いちろうがきをつけ、といい、みんなはいっぺんにたちました。)

一郎が気をつけ、といい、みんなは一ぺんに立ちました。

(うしろのおとなもおうぎをしたにさげてたちました。)

うしろのおとなも扇を下にさげて立ちました。

(「れい。」せんせいもみんなもれいをしました。)

「礼。」先生もみんなも礼をしました。

(うしろのおとなもかるくあたまをさげました。)

うしろの大人も軽く頭を下げました。

(それからずうっとしたのくみのこどもらは、いちもくさんにきょうしつをとびだしましたが、)

それからずうっと下の組の子どもらは、一目散に教室を飛び出しましたが、

(よねんせいのこどもらは、まだもじもじしていました。)

四年生の子どもらは、まだもじもじしていました。

(するとさぶろうは、さっきのだぶだぶのしろいふくのひとのところへいきました。)

すると三郎は、さっきのだぶだぶの白い服の人のところへ行きました。

(せんせいもきょうだんをおりて、そのひとのところへいきました。)

先生も教壇を下りて、その人のところへ行きました。

(「いやどうもごくろうさまでございます。」)

「いやどうもご苦労さまでございます。」

(そのおとなはていねいにせんせいにれいをしました。)

その大人はていねいに先生に礼をしました。

(「じきみんなとおともだちになりますから。」)

「じきみんなとお友だちになりますから。」

(せんせいもれいをかえしながらいいました。)

先生も礼を返しながらいいました。

(「なにぶんどうかよろしくおねがいいたします。それでは。」)

「何分どうかよろしくおねがいいたします。それでは。」

(そのひとはまたていねいにれいをして、めでさぶろうにあいずすると、)

その人はまたていねいに礼をして、眼で三郎に合図すると、

(じぶんはげんかんのほうへまわってそとへでてまっていますと、)

自分は玄関の方へまわって外へ出て待っていますと、

(さぶろうはみんなのみているなかを、めをりんとはって、)

三郎はみんなの見ている中を、眼をりんとはって、

(だまってしょうこうぐちからでていっておいつき、)

だまって昇降口から出て行って追いつき、

(ふたりはうんどうじょうをとおってかわしものほうへあるいていきました。)

二人は運動場を通って川下の方へ歩いて行きました。

(うんどうじょうをでるときそのこはこっちをふりむいて、)

運動場を出るときその子はこっちをふりむいて、

(じっとがっこうやみんなのほうをにらむようにすると、)

じっと学校やみんなの方をにらむようにすると、

(またすたすたしろふくのおとなについてあるいていきました。)

またすたすた白服の大人について歩いて行きました。

(「せんせい、あのひとはたかださんのおとうさんすか。」いちろうがほうきをもちながら、)

「先生、あの人は高田さんのお父さんすか。」一郎がほうきをもちながら、

(せんせいにききました。)

先生にききました。

(「そうです。」「なんのようできたべ。」)

「そうです。」「何の用で来たべ。」

(「うえののはらのいりぐちに、もりぶでんというこうせきができるので、)

「上の野原の入口に、モリブデンという鉱石ができるので、

(それをだんだんほるようにするためだそうです。」)

それをだんだん掘るようにするためだそうです。」

(「どごらあだりだべな。」)

「どごらあだりだべな。」

(「わたしもまだよくわかりませんが、いつもみなさんがうまをつれていくみちから、)

「私もまだよくわかりませんが、いつもみなさんが馬をつれて行くみちから、

(すこしかわしもへよったほうなようです。」)

少し川下へ寄った方なようです。」

(「もりぶでんなににするべな。」)

「モリブデン何にするべな。」

(「それはてつとまぜたり、くすりをつくったりするのだそうです。」)

「それは鉄とまぜたり、薬をつくったりするのだそうです。」

(「そだらまたさぶろうもほるべが。」かすけがいいました。)

「そだら又三郎も掘るべが。」嘉助がいいました。

(「またさぶろうだなぃ、たかださぶろうだじゃ。」さたろうがいいました。)

「又三郎だなぃ、高田三郎だじゃ。」佐太郎がいいました。

(「またさぶろうだ、またさぶろうだ。」かすけがかおをまっかにしてがんばりました。)

「又三郎だ、又三郎だ。」嘉助が顔をまっ赤にしてがんばりました。

(「かすけ、うなものこってらばそうじしてすけろ。」いちろうがいいました。)

「嘉助、うなも残ってらば掃除してすけろ。」一郎がいいました。

(「わぁい。やんたじゃ。きょうごねんせいどろくねんせいだな。」)

「わぁい。やんたじゃ。今日五年生ど六年生だな。」

(かすけはおおいそぎできょうしつをはねだして、にげてしまいました。)

嘉助は大急ぎで教室をはねだして、逃げてしまいました。

(かぜがまたふいてきて、まどがらすはまたがたがたなり、)

風がまた吹いて来て、窓ガラスはまたがたがた鳴り、

(ぞうきんをいれたばけつにもちいさなくろいなみをたてました。)

雑巾を入れたバケツにも小さな黒い波をたてました。

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