踊る人形８（終）

(くれましたからね。そこでおれはちょうしにのって、あいつをおどしはじめたんです。)

くれましたからね。そこで俺は調子に乗って、あいつを脅し始めたんです。

(するとあいつはいっつうのてがみをよこして、おれにたちさるようにたのみこんで)

するとあいつは一通の手紙をよこして、俺に立ち去るように頼み込んで

(きました。おっとのしんぺんでふめいよなことがおきるかとおもうと、きがきでないってね。)

きました。夫の身辺で不名誉なことが起きるかと思うと、気が気でないってね。

(あいつはおっとのねしずまったごぜんさんじにぬけだして、つきあたりのまどまででて)

あいつは夫の寝静まった午前三時に抜け出して、突き当たりの窓まで出て

(はなしすっから、それきりたちさって、しずかにくらせてくれ、っていってきました。)

話すっから、それきり立ち去って、静かに暮らせてくれ、って言ってきました。

(じっさいあいつがきたとき、あいつはかねをもってきて、そのかねでおれをどこかへ)

実際あいつが来たとき、あいつは金を持ってきて、その金で俺をどこかへ

(やっちまおうとしたんです。そんで、おれはかっとなって、あいつのうでをとって、)

やっちまおうとしたんです。そんで、俺はかっとなって、あいつの腕を取って、

(まどからひきずりおろそうとしました。と、そのしゅんかん、あいつのだんなが)

窓から引きずりおろそうとしました。と、その瞬間、あいつの旦那が

(りヴぉるヴぁをもってとびだしてきました。えるしぃはゆかのうえにくずおれて)

リヴォルヴァを持って飛び出してきました。エルシィは床の上にくずおれて

(いたんで、おれたちはかおとかおをむきあわせたかっこうだったんです。おれもぶきを)

いたんで、俺たちは顔と顔を向き合わせた格好だったんです。俺も武器を

(もってたんで、けんじゅうをとりだして、だんなをおどかしてにげようとしました。けど)

持ってたんで、拳銃を取り出して、旦那を脅かして逃げようとしました。けど

(むこうがうちやがって、はずれて、おれもどうじにぶっぱなして、むこうが)

向こうが撃ちやがって、外れて、俺も同時にぶっ放して、向こうが

(たおれちまいました。おれはにわをふみこえていったんですが、はしりながら、)

倒れちまいました。俺は庭を踏み越えていったんですが、走りながら、

(うしろのほうでまどをしめるおとがきこえました。かみにちかって、みなさん、いつわりは)

後ろの方で窓を閉める音が聞こえました。神に誓って、みなさん、偽りは

(ひとつもねえ。あとはもう、あのしょうねんがこのてがみをもってきて、おれは)

ひとつもねえ。あとはもう、あの少年がこの手紙を持ってきて、俺は

(かけすみたいにここへのこのこやってきて、あんたがたにつかまった、)

カケスみたいにここへのこのこやってきて、あんた方に捕まった、

(それだけです。ばしゃはもう、あめりかじんがはなすうちについていた。そのなかには)

それだけです。」馬車はもう、アメリカ人が話すうちに着いていた。その中には

(せいふくのじゅんさがふたりいた。まーてぃんけいぶはたちあがり、はんにんのかたにてを)

制服の巡査がふたりいた。マーティン警部は立ち上がり、犯人の肩に手を

(かけた。さあいこう。ひとめあいつに！だめだ、まだいしきが)

かけた。「さあ行こう。」「ひと目あいつに！」「ダメだ、まだ意識が

(もどってない。しゃーろっくほーむずせんせい。こんどもだいじけんがあったときは、)

戻ってない。シャーロック・ホームズ先生。今度も大事件があったときは、

(そばでごいっしょするこううんにめぐまれたいものです。われわれはまどきわにたって、ばしゃの)

そばでご一緒する幸運にめぐまれたいものです。」我々は窓際に立って、馬車の

(とおざかってゆくのをながめた。わたしがふりかえると、はんにんがたくじょうになげていった、)

遠ざかってゆくのをながめた。私が振り返ると、犯人が卓上に投げていった、

(くちゃくちゃのかみきれがめにはいる。それはほーむずがはんにんをおびきよせた)

くちゃくちゃの紙切れが目に入る。それはホームズが犯人をおびき寄せた

(かきつけであった。それがよめるかね、わとそん。と、ほーむずは)

書き付けであった。「それが読めるかね、ワトソン。」と、ホームズは

(ほほえんだ。そこにはもじではなく、おどるにんぎょうがつぎのようにみじかくえがかれていた。)

ほほえんだ。そこには文字ではなく、踊る人形が次のように短く描かれていた。

(ぼくがせつめいしたあんごうひょうをもちいいれば、すぐわかる。とほーむずはいう。)

「僕が説明した暗号表を用いいれば、すぐわかる。」とホームズは言う。

(ごくたんじゅんにすぐにこいｃｏｍｅ　ｈｅｒｅ　ａｔ　ｏｎｃｅ　。)

「ごく単純に『すぐに来い』(COME HERE AT ONCE)。

(こうやってよべば、あのおとこもことわるまいとかくしんしていた。なにしろあのおとこは、)

こうやって呼べば、あの男も断るまいと確信していた。何しろあの男は、

(あのごふじんいがいにかけるものがあろうとはおもってもみなかったのだ。かくして、)

あのご婦人以外に書ける者があろうとは思ってもみなかったのだ。かくして、

(わとそんくん、かつてあくのてさきであったこのおどるにんぎょうを、ぼくらはさいごに)

ワトソンくん、かつて悪の手先であったこの踊る人形を、僕らは最後に

(かいしんさせることができた。そしてぼくも、きみのびぼうろくのなかに、またひとつふしぎな)

改心させることができた。そして僕も、君の備忘録の中に、またひとつ不思議な

(じけんをくわえるというやくそくをはたせたというわけだ。さんじよんじゅっぷんのきしゃにのれば、)

事件を加えるという約束を果たせたというわけだ。三時四十分の汽車に乗れば、

(べいかーがいにもどってゆうしょくにありつけるきがする。むすびのことばをひとことだけ。)

ベイカー街に戻って夕食にありつける気がする。」結びの言葉を一言だけ。

(あめりかじん、えいぶすれいには、のりっじのとうきじゅんかいさいばんでしけいを)

アメリカ人、エイブ・スレイニは、ノリッジの冬季巡回裁判で死刑を

(せんこくされたが、けいげんにあたいするじゆうがあり、ひるとんきゅーびっとしがさきに)

宣告されたが、軽減に値する事由があり、ヒルトン・キュービット氏が先に

(うったことがかくじつであったので、けいをあらためてちょうえきけいとされた。)

撃ったことが確実であったので、刑を改めて懲役刑とされた。

(ひるとんきゅーびっとふじんについては、そのご、かいゆのしらせを)

ヒルトン・キュービット夫人については、その後、快癒の知らせを

(うけとったものの、さいこんもせず、よせいをきゅうひんじぎょうとなきおっとのいさんかんりに)

受け取ったものの、再婚もせず、余生を救貧事業と亡き夫の遺産管理に

(ささげているときくのみである。)

捧げていると聞くのみである。