銀河鉄道の夜 22
宮沢賢治 作
その大学士らしい人が、めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。
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問題文
(そしてきをつけてみると、そこらには、)
そして気をつけて見ると、そこらには、
(ひづめのふたつあるあしあとのついたいわが、)
ひづめの二つある足跡のついた岩が、
(しかくにとおばかり、きれいにきりとられてばんごうがつけられてありました。)
四角に十ばかり、きれいに切りとられて番号がつけられてありました。
(「きみたちはさんかんかね。」)
「君たちは参観かね。」
(そのだいがくしらしいひとが、めがねをきらっとさせて、)
その大学士らしい人が、めがねをきらっとさせて、
(こっちをみてはなしかけました。)
こっちを見て話しかけました。
(「くるみがたくさんあったろう。)
「くるみがたくさんあったろう。
(それはまあ、ざっとひゃくにじゅうまんねんまえ、だいさんきのあとのころはかいがんでね、)
それはまあ、ざっと百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、
(このしたからはかいがらもでる。)
この下からは貝がらも出る。
(いまかわのながれているとこに、)
いま川の流れているとこに、
(そっくりしおみずがよせたりひいたりもしていたのだ。)
そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。
(このけものかね、これはぼすといってね、)
このけものかね、これはボスといってね、
(おいおい、そこつるはしはよしたまえ。)
おいおい、そこつるはしはよしたまえ。
(ていねいにのみでやってくれたまえ。)
ていねいにのみでやってくれたまえ。
(ぼすといってね、いまのうしのせんぞで、むかしはたくさんいたさ。」)
ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔はたくさんいたさ。」
(「ひょうほんにするんですか。」)
「標本にするんですか。」
(「いや、しょうめいするのにいるんだ。)
「いや、証明するのにいるんだ。
(ぼくらからみると、ここはあついりっぱなちそうで、)
ぼくらからみると、ここは厚いりっぱな地層で、
(ひゃくにじゅうまんねんぐらいまえにできたというしょうこもいろいろあがるけれども、)
百二十万年ぐらい前にできたという証拠もいろいろあがるけれども、
(ぼくらとちがったやつからみても)
ぼくらとちがったやつからみても
(やっぱりこんなちそうにみえるかどうか、)
やっぱりこんな地層に見えるかどうか、
(あるいはかぜやみずやがらんとしたそらがにみえやしないかということなのだ。)
あるいは風や水やがらんとした空がに見えやしないかということなのだ。
(わかったかい。)
わかったかい。
(けれども、おいおい。そこもすこーぷではいけない。)
けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。
(そのすぐしたにあばらぼねがうずもれてるはずじゃないか。」)
そのすぐ下に肋骨が埋もれてるはずじゃないか。」
(だいがくしはあわててはしっていきました。)
大学士はあわてて走って行きました。
(「もうじかんだよ。いこう。」)
「もう時間だよ。行こう。」
(かむぱねるらがちずとうでどけいとをくらべながらいいました。)
カムパネルラが地図と腕時計とをくらべながらいいました。
(「ああ、ではわたくしどもはしつれいいたします。」)
「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」
(じょばんには、ていねいにだいがくしにおじぎしました。)
ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。
(「そうですか。いや、さようなら。」)
「そうですか。いや、さようなら。」
(だいがくしは、またいそがしそうに、あちこちあるきまわってかんとくをはじめました。)
大学士は、また忙しそうに、あちこち歩きまわって監督をはじめました。
(ふたりは、そのしろいいわのうえを、)
ふたりは、その白い岩の上を、
(いっしょうけんめいきしゃにおくれないようにはしりました。)
一生けんめい汽車におくれないように走りました。
(そしてほんとうに、かぜのようにはしれたのです。)
そしてほんとうに、風のように走れたのです。
(いきもきれずひざもあつくなりませんでした。)
息も切れずひざもあつくなりませんでした。
(こんなにしてかけるなら、もうせかいじゅうだってかけれると、)
こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、
(じょばんにはおもいました。)
ジョバンニは思いました。
(そしてふたりは、まえのあのかわらをとおり、)
そしてふたりは、前のあの河原を通り、
(かいさつぐちのでんとうがだんだんおおきくなって、)
改札口の電燈がだんだん大きくなって、
(まもなくふたりは、もとのしゃしつのせきにすわって、)
間もなくふたりは、もとの車室の席にすわって、
(いまいってきたほうを、まどからみていました。)
いま行ってきた方を、窓から見ていました。