夢十夜 2

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プレイ回数134難易度(4.5) 1833打 長文
夏目漱石

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問題文

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(じぶんはそれからにわへおりて、しんじゅがいであなをほった。)

自分はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。

(しんじゅがいはおおきななめらかなふちのするどいかいであった。)

真珠貝は大きな滑らかな縁の鋭い貝で合った。

(つちをすくうたびに、かいのうらにつきのひかりがさしてきらきらした。)

土をすくうたびに、貝の裏に月の光が差してきらきらした。

(しめったつちのにおいもした。あなはしばらくしてほれた。)

湿った土の匂いもした。穴はしばらくして掘れた。

(おんなをそのなかにいれた。そうしてやわらかいつちを、うえからそっとかけた。)

女をその中に入れた。そうして柔らかい土を、上からそっと掛けた。

(かけるたびにしんじゅがいのうらにつきのひかりがさした。)

掛けるたびに真珠貝の裏に月の光が差した。

(それからほしのはへんをおちたのをひろってきて、かるくつちのうえへのせた。)

それから星の破片を落ちたのを拾って来て、軽く土の上へ乗せた。

(ほしのはへんはまるかった。ながいあいだ、そらをおちているあいだにかくがとれて)

星の破片は丸かった。長い間、空を落ちている間に角が取れて

(なめらかになったんだろうとおもった。)

滑らかになったんだろうと思った。

(だきあげてつちのうえにおくうちに、じぶんのむねとてがすこしあたたかくなった。)

抱き上げて土の上に置くうちに、自分の胸と手が少し暖かくなった。

(じぶんはこけのうえにすわった。これからひゃくねんのあいだ、こうしてまっているんだなと)

自分は苔の上に坐った。これから百年の間、こうして待っているんだなと

(かんがえながら、うでぐみをして、まるいはかいしをながめていた。)

考えながら、腕組をして、丸い墓石を眺めていた。

(そのうちに、おんなのいったとおりひがひがしからでた。おおきなあかいひであった。)

そのうちに、女の云った通り日が東から出た。大きな赤い日であった。

(それがまたおんなのいったとおり、やがてにしへおちた。)

それがまた女の云った通り、やがて西へ落ちた。

(あかいまんまえのっとおちていった。ひとつとじぶんはかんじょうした。)

赤いまんまえのっと落ちて行った。一つと自分は勘定した。

(しばらくするとまたからくれないのてんどうがのそりとあがってきた。)

しばらくするとまた唐紅の天道がのそりと上って来た。

(そうしてだまってしずんでしまった。ふたつとまたかんじょうした。)

そうして黙って沈んでしまった。二つとまた勘定した。

(じぶんはこういうかぜにひとつふたつとかんじょうしていくうちに)

自分はこういう風に一つ二つと勘定していくうちに

(あかいひをいくつみたかわからない。)

赤い日をいくつ見たか分からない。

(かんじょうしても、かんじょうしても、しつくせないほどあかいひがあたまのうえを)

勘定しても、勘定しても、しつくせないほど赤い日が頭の上を

など

(とおりこしていった。それでもひゃくねんがまだこない。)

通り越して行った。それでも百年がまだ来ない。

(しまいには、こけのはえたまるいいしをながめて)

しまいには、苔の生えた丸い石を眺めて

(じぶんはおんなにだまされたのではなかろうかとおもいだした。)

自分は女に欺されたのではなかろうかと思い出した。

(するといしのしたからじぶんのほうへむいてあおいくきがのびてきた。)

すると石の下から自分の方へ向いて青い茎が伸びてきた。

(みるまにながくなってちょうどじぶんのむねのあたりまできてとどまった。)

見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。

(とおもうと、すらりとゆらぐくきのいただきにこころもちくびをかしげていたほそながいいちりんの)

と思うと、すらりと揺らぐ茎の頂に心持ち首を傾げていた細長い一輪の

(つぼみがふっくらとはなびらをひらいた。)

蕾がふっくらと弁を開いた。

(まっしろなゆりがはなのさきでほねにこたえるほどにおった。)

真っ白な百合が鼻の先で骨に徹えるほど匂った。

(そこへはるかのうえから、ぽたりとつゆがおちたので)

そこへ遥かの上から、ぽたりと露が落ちたので

(ばなはじぶんのおもみでふらふらとうごいた。)

花は自分の重みでふらふらと動いた。

(じぶんはくびをまえへだしてつめたいつゆのしたたる、しろいかべんにせっぷんした。)

自分は首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花弁に接吻した。

(じぶんがゆりからかおをはなすひょうしにおもわず、とおいそらをみたら)

自分が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら

(あかつきのほしがたったひとつまたたいていた。)

暁の星がたった一つ瞬いていた。

(「ひゃくねんはもうこていたんだな」とこのとき、はじめてきがついた。)

「百年はもう来ていたんだな」とこの時、始めて気がついた。

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