夢十夜 5
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問題文
(だいさんや)
第三夜
(むっつになるこどもをおぶってる。たしかにじぶんのこである。)
六つになる子供を負ぶってる。たしかに自分の子である。
(ただふしぎなことにいつのまにかめがつぶれてあおぼうずになっている。)
ただ不思議な事にいつの間にか眼が潰れて青坊主になっている。
(じぶんがおまえのめはいつつぶれたのかときくと、なにむかしからさとこたえた。)
自分が御前の眼はいつ潰れたのかと聞くと、なに昔からさと答えた。
(こえはこどものこえにまちがいないが、ことばつきはまるでおとなである。)
声は子供の声に相違ないが、言葉つきはまるで大人である。
(しかもたいとうだ。さゆうはあおたである。みちはほそい。)
しかも対等だ。左右は青田である。路は細い。
(さぎのかげがときどきやみにさす。「たんぼへかかったね」とせなかでいった。)
鷺の影が時々闇に差す。「田圃へかかったね」と背中で云った。
(「どうしてわかる」とかおをうしろへふりむけるようにしてきいたら)
「どうして解る」と顔を後ろへ振り向けるようにして聞いたら
(「だってさぎがなくじゃないか」とこたえた。)
「だって鷺が鳴くじゃないか」と答えた。
(するとさぎがはたしてふたこえほどないた」)
すると鷺がはたして二声ほど鳴いた」
(じぶんはわがこながらすこしこわくなった。)
自分は我が子ながら少し怖くなった。
(こんなものをせおっていては、このさきどうなるかわからない。)
こんなものを背負っていては、この先どうなるか分からない。
(どこかうっちゃるところはなかろうかとむこうをみると)
どこか打遣ゃるところはなかろうかと向こうを見ると
(やみのなかにおおきなもりがみえた。あすこならばとかんがえだすとたんに、せなかで)
闇の中に大きな森が見えた。あすこならばと考え出す途端に、背中で
(「ふふん」というこえがした。「なにをわらうんだ」こどもはへんじをしなかった。)
「ふふん」と云う声がした。「何を笑うんだ」子供は返事をしなかった。
(ただ「おとうさん、おもたいかい」ときいた。)
ただ「御父さん、重たいかい」と聞いた。
(「おもかあない」とこたえると「いまにおもくなるよ」といった。)
「重かあない」と答えると「今に重くなるよ」と云った。
(じぶんはだまってもりをもくひょうにあるいていった。)
自分は黙って森を目標に歩いて行った。
(たのなかのみちがふきそくにうねってなかなかおもうようにでられない。)
田の中の路が不規則にうねってなかなか思うように出られない。
(しばらくするとふたまたになった。じぶんはまたのねにたってちょっとやすんだ。)
しばらくすると二股になった。自分は股の根に立ってちょっと休んだ。
(「いしがたってるはずだがな」とこぞうがいった。)
「石が立ってるはずだがな」と小僧が云った。
(なるほどはっすんかくのいしがこしほどのたかさにたっている。)
なるほど八寸角の石が腰ほどの高さに立っている。
(ひょうにはひだりひがくぼ、みぎはほったわらとある。やみだのにあかいじがさやかにみえた。)
表には左り日ヶ窪、右は堀田原とある。闇だのに赤い字が明かに見えた。
(あかいじはいもりのはらのようないろであった。)
赤い字は井守の腹のような色であった。
(「ひだりがいいだろう」とこぞうがめいれいした。)
「左がいいだろう」と小僧が命令した。
(ひだりをみるとさっきのもりがやみのかげを、たかいそらからじぶんらのあたまのうえへ)
左を見るとさっきの森が闇の影を、高い空から自分らの頭の上へ
(なげかけていた。じぶんはちょっとちゅうちょした。)
投げかけていた。自分はちょっと躊躇した。
(「えんりょしないでもいい」とこぞうがまたいった。)
「遠慮しないでもいい」と小僧がまた云った。
(じぶんはしかたなしにもりのほうへあるきだした。)
自分は仕方なしに森の方へ歩き出した。
(はらのなかでは、よくめくらのくせになんでもしってるなとかんがえながら)
腹の中では、よく盲目のくせに何でも知ってるなと考えながら
(ひとすじみちをもりへちかづいてくると、せなかで)
一筋道を森へ近づいてくると、背中で
(「どうもめくらはふじゆうでいけないね」といった。)
「どうも盲目は不自由でいけないね」と云った。
(「だからおぶってやるからいいじゃないか」)
「だから負ぶってやるからいいじゃないか」
(「おぶってもらってすまないが、どうもひとにばかにされていけない。)
「負ぶって貰ってすまないが、どうも人に馬鹿にされていけない。
(おやにまでばかにされるからいけない」)
親にまで馬鹿にされるからいけない」