嫁取婿取 3
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問題文
(「そんなこともありませんが、さっこんようやくおもにをおろしました。)
「そんなこともありませんが、昨今漸く重荷を下ろしました。
(かえりみるとじんせいはまあこうしたものかと、そのなにですな、ぼうばくながら)
顧みると人生はまあ斯うしたものかと、その何ですな、茫漠ながら
(ようりょうをえたようなこころもちがします」と)
要領を得たような心持がします」と
(このろうじんはごにんのこどものきょういくをりっぱにはたしているからはながたかい。)
この老人は五人の子供の教育を立派に果たしているから鼻が高い。
(しかしまもなくていねんにたっしていんたいするとともにきがゆるんだのか)
しかし間もなく定年に達して引退すると共に気が緩んだのか
(ころりとしんでしまった。)
コロリと死んでしまった。
(「じんせいがほんとうにわかるとしぬよ」)
「人生が真正に分かると死ぬよ」
(「やっぱりわからないでいきていることだよ」)
「やっぱり分からないで生きている事だよ」
(「ようするにこうやっていきているのがじんせいさ」)
「要するに斯うやって生きているのが人生さ」
(「しゅうてんにたっしてしまったんじゃわかってもしかたがない」)
「終点に達してしまったんじゃ分かっても仕方がない」
(とそのとうざみなしゅじゅのかんそうであった。)
とその当座皆種々の感想であった。
(やましたさんはふるいほうがくしで、びんぱつすでにしもをおいているのに)
山下さんは古い法学士で、鬢髪既に霜を置いているのに
(にりゅうがいしゃのいっかちょうにすぎない。ごろくねんまえまではひらしゃいんでとおしてきた。)
二流会社の一課長に過ぎない。五六年前までは平社員で通してきた。
(じかんやきょくちょうになっているどうきなまにくらべると、はたけがちがったためかしゅっせがおそい。)
次官や局長になっている同期生に比べると、畑が違った為か出世が遅い。
(いっこうにていだいばつのおんけいによくしていない。しかもだいのかんがくすうはいしゃだ。)
一向に帝大閥の恩恵に浴していない。而も大の官学崇拝者だ。
(おとこのこはみなていだいということにひとりでさだめている。)
男の子は皆帝大ということに独りで定めている。
(おんなのこもしりつがっこうへはけっしていれない。)
女の子も私立学校へは決して入れない。
(やましたさんはきょういくにもていけんらしいものをもっている。)
山下さんは教育にも定見らしいものを持っている。
(ただしそれははなはだかたい。こどものかずのばあいのようにぐらぐらしていない。)
但しそれは甚だ堅い。子供の数の場合のようにグラグラしていない。
(やましたさんふうふのくったくはすでにそつぎょうしたこどもとめしたしゅぎょうちゅうのこどものにしゅるいに)
山下さん夫婦の屈託は既に卒業した子供と目下修行中の子供の二種類に
(わかれている。ちょうじょのはるこさんはもうりょうえんをえたから、これはかんぜんに)
分かれている。長女の春子さんはもう良縁を得たから、これは完全に
(かたづいた。あとはちょうなんによめをもらいじじょとさんじょをよめにやることで)
片付いた。後は長男に嫁を貰い次女と三女を嫁にやることで
(すでにいままでもたびたびえんだんがあった。)
既に今までも度々縁談があった。
(ちょうなんのしゅんいちくんはにじゅうななさい、じじょのやすこさんとさんじょのよしこさんはとしごで)
長男の俊一君は二十七歳、次女の安子さんと三女の芳子さんは年子で
(にじゅうさんさいとにじゅうにさいだ。みなとしごろだからおきゃくさんがみえて)
二十三歳と二十二歳だ。皆年頃だからお客さんが見えて
(「じつはきょうあがりましたのはよのぎでもございませんが・・・」)
「実は今日上がりましたのは余の儀でもございませんが・・・」
(ときりだすとき、やましたさんもさいくんもなにのこのぎだろうと)
と切り出す時、山下さんも細君も何の子の儀だろうと
(まずかんがえなければならない。)
先ず考えなければならない。
(ひとりでもかなりあたまをなやますのに、さんにんぶんかたまりっているのだからさっしられる。)
一人でも可なり頭を悩ますのに、三人分塊っているのだから察しられる。
(しゅぎょうちゅうのじなんさんなんよんじょよんなんのなかではじなんのじろうくんがいばんのなんものになっている。)
修行中の次男三男四女四男の中では次男の次郎君が一番の難物になっている。
(このはるちゅうがっこうをおわったが、いまだこうとうがっこうにはいれない。)
この春中学校を終ったが、今だ高等学校に入れない。
(かんがくすうはいのけっかしがくのはったつがばんかったため、にほんにはちゅうがくせいとこうとうがっこうせいとの)
官学崇拝の結果私学の発達が晩かった為、日本には中学生と高等学校生徒の
(かんにじゅけんせいというへんそくながくせいじだいがある。しょぞくがっこうがないものだから)
間に受験生という変則な学生時代がある。所属学校がないものだから
(とりうちぼうなぞこうむってのらくらしている。)
鳥打帽なぞ被ってノラクラしている。
(これをにさんねんつづけられるとおやがたまらない。)
これをニ三年続けられると親が溜まらない。
(じろうくんはいまそれだ。もうにどしっさくってらいねんはもういやだといっている。)
次郎君は今それだ。もう二度失策って来年はもう厭だと言っている。
(えんだんのほうがさきごろからいちじしゅうそくしているのをさいわいさしあたりこのなんぶつからしょうかいする。)
縁談の方が先頃から一時終息しているのを幸い差当りこの難物から紹介する。