嫁取婿取 6
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問題文
(「はあ」「おまえはいしにかじりついてもというせいしんがないからいけない」)
「はあ」「お前は石に噛り付いてもという精神がないからいけない」
(「・・・」「おとうさんなんかしょせいじだいにはずいぶんやったものだよ」)
「・・・」「お父さんなんか書生時代には随分やったものだよ」
(「・・・」「きょうぐうがよすぎるからだろう。おまえにかぎったことではないが)
「・・・」「境遇が好過ぎるからだろう。お前に限ったことではないが
(どうもこのころのがくせいはけんにんふばつのせいしんにとぼしい。おおきなじゃくてんだよ」)
何うもこの頃の学生は堅忍不抜の精神に乏しい。大きな弱点だよ」
(「・・・」「おまえはけいせつのこうということをしっているかい?」)
「・・・」「お前は蛍雪の功ということを知っているかい?」
(「しっています」「どういういみだい?」)
「知っています」「何ういう意味だい?」
(「ほたるのひかりまどのゆきです。しょうがっこうのしょうかにあります」「こじさ」)
「蛍の光窓の雪です。小学校の唱歌にあります」「故事さ」
(「それはぞんじません」「さんこうのためにはなしてきかせようか。)
「それは存じません」「参考の為に話して聞かせようか。
(にゅうがくしけんにでるかもしれないよ。しゃいん、ひんにしてつねにあぶらをえず。)
入学試験に出るかもしれないよ。車胤、貧にして常に油を得ず。
(かげつ、れんのうにすうじゅうのけいかをさかり、しょをてらしてよむ。)
夏月、練嚢に数十の蛍火を盛り、書を照らして読む。
(よるをおもんみてひにつぐ。どうだね?」)
夜を以て日に継ぐ。何うだね?」
(「はあ」「わかるかい?」「はあ」)
「はあ」「分かるかい?」「はあ」
(「そんこう、やちんにしてあぶらなし。つねにゆきにうつしてしょをよむ」)
「孫康、家賃にして油なし。常に雪に映して書を読む」
(「ふたりですか?」「そうさ。どなたもえらいひとだ」「はあ」)
「二人ですか?」「そうさ。何方も豪い人だ」「はあ」
(「このせいしんがなければいけないよ」「おとうさん」「なにだね?」)
「この精神がなければいけないよ」「お父さん」「何だね?」
(「そんなえらいひとがふたりがかりでしたことをぼくがひとりでやるのはむりです」)
「そんな豪い人が二人がかりでしたことを僕が一人でやるのは無理です」
(「おまえはそんなばかなりくつをいうからいけない」「・・・」)
「お前はそんな馬鹿な理屈を言うからいけない」「・・・」
(「しゃいんやそんこうのゆうもうこころをもってすれば、こうとうがっこうのにゅうししけんなんか)
「車胤や孫康の勇猛心をもってすれば、高等学校の入試試験なんか
(なんかんでもなんでもない。あさめしまえにとっぱできる」と)
難関でも何でもない。朝飯前に突破出来る」と
(やましたさんはなおおこんこんとかつろんしかつはげました。)
山下さんは尚お懇々と且つ論し且つ励ました。
(じろうくんはもくもくとしてきいていたが、おゆるしをうけてしょさいをでたとき)
二郎君は黙々として聴いていたが、お許しを受けて書斎を出た時
(「いまのはなっちょらん」といった。)
「今のはなっちょらん」と言った。
(「こまったやつだな」とやましたさんはくびをかしげた。)
「困った奴だな」と山下さんは首を傾げた。
(「なっちょらん」とえんがわでまた。「じつにこころえちがいなやつだ」と)
「なっちょらん」と縁側で又。「実に心得違いな奴だ」と
(やましたさんはかんがえこんだ。ほうしんがあるからけっしてこうあつてきにしかりつけない。)
山下さんは考え込んだ。方針があるから決して高圧的にりつけない。
(こういうことはみなじぶんからとくがいたらないのだとおもっている。)
こういうことは皆自分から徳が至らないのだと思っている。
(「なっちょらん」とつぶやきながら、じろうくんはにいさんのへやへはいっていった。)
「なっちょらん」と呟きながら、二郎君は兄さんの部屋へ入って行った。
(「どうしたんだい?」としゅんいちくんがきいた。)
「何うしたんだい?」と俊一君が訊いた。
(「なっちょらんことをおとうさんがおっしゃるんですよ」「なにだ?いったい」)
「なっちょらんことをお父さんが仰有るんですよ」「何だ?一体」
(「ぼくにほたるのひかりでほんをよまなければいけないとおっしゃるんです」)
「僕に蛍の光で本を読まなければいけないと仰有るんです」
(「それはたとえだ。おまえがなまけているからだ」)
「それは譬えだ。お前が怠けているからだ」
(「たとえにしてもじょうしきをかいています。だいいちいまごろほたるはいません)
「譬えにしても常識を欠いています。第一今頃蛍はいません。
(なつでもほたるはぎんざあたりじゃいっぴきごせんします。)
夏でも蛍は銀座あたりじゃ一疋五銭します。
(あれをごろくじゅっぴきかったひにはでんきゅうのなんばいにつくかしれません」)
あれを五六十疋買った日には電球の何倍につくか知れません」
(「そんなあげあしをとってもむだだよ。ほんきになってべんきょうしろ」)
「そんな揚げ足を取っても無駄だよ。本気になって勉強しろ」
(「ぴんとこないからなっちょらん」とじろうくんはいまだふへいだった。)
「ピンとこないからなっちょらん」と二郎君は未だ不平だった。
(「じつはおまえのことはおかあさんにこのあいだおねがいしてある」)
「実はお前のことはお母さんにこの間お願いしてある」
(「どうりでおとうさんはぶんかをやってもいいとおっしゃいました」)
「道理でお父さんは文科をやってもいいと仰有いました」
(「いまかい?」「ええ」「ふうむ。それはだいせいこうだったよ」)
「今かい?」「ええ」「ふうむ。それは大成功だったよ」
(「しかしていだいのぶんかがいいとおっしゃるんです」)
「しかし帝大の文科がいいと仰有るんです」