嫁取婿取 8
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問題文
(「えんだんのことなんかちいさいものにしゃべっちゃこまるよ」)
「縁談のことなんか小さいものに喋っちゃ困るよ」
(「わたし、そんなおぼえちっともないわ」「わたしもよ」)
「私、そんな覚えちっともないわ」「私もよ」
(「おれははやくもらいてくてねこのようにねずみをこうむっているんだそうだよ」と)
「おれは早く貰い手くて猫のように鼠を被っているんだそうだよ」と
(しゅんいちくんがいいまちがえたとき、「おっほほほほ」とふたりはいちどにわらいだして)
俊一君が言い間違えた時、「おっほほほほ」と二人は一度に笑いだして
(「にいさん、ねずみのようにねこじゃなくて?」とひやかした。)
「兄さん、鼠のように猫じゃなくて?」と冷やかした。
(「それみろ。おまえだ」としゅんいちくんはよしこさんのてをとらえた。)
「それ見ろ。お前だ」と俊一君は芳子さんの手を捉えた。
(「にいさん、ごめんなさい」「おまえたちこそはやくおよめにいきたいものだから)
「兄さん、御免なさい」「お前達こそ早くお嫁に行きたいものだから
(おれにはやくもらわせたがるんだろう?」)
おれに早く貰わせたがるんだろう?」
(「まあ、いやなにいさん」「いやなにいさん」とふたりはたくましいひょうじょうをした。)
「まあ、厭な兄さん」「厭な兄さん」と二人は逞しい表情をした。
(「ところでぼーなすをやるぞ」「おそれいります」「おほほ、おいくら?」)
「ところでボーナスをやるぞ」「恐れ入ります」「おほほ、お幾ら?」
(「いつものとおりだ。もっとやろうとおもったが、わるぐちをいったからとめた」)
「いつもの通りだ。もっとやろうと思ったが、悪口を言ったから止めた」
(としゅんいちくんはつくえのなかによういしておいたしゅうぎぶくろをふたりにわたした)
と俊一君は机の中に用意しておいた祝儀袋を二人に渡した
(「みつこしへもっていって、ゆみずのようにつかってこい」といった。)
「三越へ持って行って、湯水のように使って来い」と言った。
(「ありがとうございます」とふたりがおれいをのべたのをきっかけに)
「有難うございます」と二人がお礼を述べたのを切っ掛けに
(「にいさん、にいさん」ととししたのれんちゅうがはいってきた。)
「兄さん、兄さん」と年下の連中が入って来た。
(かくばりむこ)
角張り婿
(「おかあさん、せかいのろうどうかいきゅうでいまだかつてすとらいきをしたことの)
「お母さん、世界の労働階級で未だかつてストライキをしたことの
(ないものがただひとつありますが、ごぞんじですか?」とちょうなんのしゅんいちくんがきいた。)
ないものが唯一つありますが、ご存知ですか?」と長男の俊一君が訊いた。
(「そんなむずかしいことがわたしにわかるものですか」と)
「そんなむずかしいことが私に分かるものですか」と
(おかあさんはあいてにならない。みていたしんぶんをおいてたちかけた。)
お母さんは相手にならない。見ていた新聞を置いて立ちかけた。
(それにしでんじゅうぎょういんたいぎょうのことがでていたので)
それに市電従業員怠業のことが出ていたので
(すとらいきのはなしになったのだった。)
ストライキの話になったのだった。
(「おかあさんですよ」「なにが?」「すとらいきをしないゆいいつの)
「お母さんですよ」「何が?」「ストライキをしない唯一の
(ろうどうしゃってのはははおやだそうです」)
労働者ってのは母親だそうです」
(「おやととらえてろうどうしゃだなんて、ばかね、おまえも」)
「親と捉えて労働者だなんて、馬鹿ね、お前も」
(「おやおや」としゅんいちくんはあたまをかいた。「しゃれ?それは」)
「おやおや」と俊一君は頭を掻いた。「洒落?それは」
(「いや、たとえです。ぼくはおかあさんやおとうさんにどうじょうしているんです」)
「いや、譬えです。僕はお母さんやお父さんに同情しているんです」
(「どうして?」「ずいぶんたいていじゃなかったろうとおもうんです」「なにがさ?」)
「何うして?」「随分大抵じゃなかったろうと思うんです」「何がさ?」
(「このにんずうでしょう?ぼくはさくやみなにぼーなすをわけてやったんです」)
「この人数でしょう?僕は昨夜皆にボーナスを分けてやったんです」
(「そうですってね。やすこもよしこもたくさんいただいたって、おおよろこびでしたよ」)
「そうですってね。安子も芳子も沢山戴いたって、大喜びでしたよ」
(「すこしずつでもあたまかずはおそろしいものです。これからようふくだいをはらうと)
「少し宛でも頭数は恐ろしいものです。これから洋服代を払うと
(もうおしょうがつのこづかいがけしくなります」「いやですよ」とおかあさんはけいかいした。)
もうお正月の小遣いが怪しくなります」「厭ですよ」とお母さんは警戒した。
(「ひどくしんようがないんですな」)
「ひどく信用がないんですな」
(「おまえはいつもほんとうのおかしくださいだからね」)
「お前はいつも本当のお貸しくださいだからね」
(「おかえしいたします。どうもおやからかりたものはわすれやすくていけません」)
「お返し致します。何うも親から借りたものは忘れ易くていけません」
(「あれはもういいのよ。さいそくじゃないの」)
「あれはもういいのよ。催促じゃないの」
(「それじゃこのさいですからおことばにあまえましょう」「やっぱりずるいわね」)
「それじゃこの際ですからお言葉に甘えましょう」「やっぱり狡いわね」
(「はっははは」「おほほほ」)
「はっははは」「おほほほ」
(「これにつけてもじっさいたいていじゃありますまいとつくづくかんじたんです」)
「これにつけても実際大抵じゃありますまいとつくづく感じたんです」
(「あまいことばかり」「いや。ほんとうです」)
「甘いことばかり」「いや。本当です」
(「おせじにもそういわれるとわたしもわるいきもちはしませんよ」)
「お世辞にもそう言われると私も悪い気持ちはしませんよ」
(「いちにんまえになってじぶんでやってみるとよくわかります」)
「一人前になって自分でやって見ると能くわかります」
(としゅんいちはほんきだったぼんくれのぼーなすをきょうだいにわけてやるくらいのおとこだから)
と俊一は本気だった盆暮のボーナスを弟妹に分けてやるくらいの男だから
(ははおやにはおもいやりがある。)
母親には思いやりがある。
(「でもこのころはこれでだいぶんらくになったのよ」)
「でもこの頃はこれで大分楽になったのよ」