嫁取婿取 11
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問題文
(「きいたってもうしませんわ。)
「訊いたって申しませんわ。
(わたしたちではからってやらなければだめでございますよ」)
私達で計らってやらなければ駄目でございますよ」
(「それじゃひとつゆっくりそうだんしようか?おれにもちゅうもんがある」)
「それじゃ一つゆっくり相談しようか?俺にも注文がある」
(「わたしにもございます。はるこはああいうわがままものですから)
「私にもございます。春子はああいう我儘ものですから
(しゅうとめのあるところなんかとてもつとまりませんよ」)
姑のあるところなんかとても務まりませんよ」
(「それはおれもどうかんだ。しゅうともいけない。むけいるいってことがわおれのじょうけんだ」)
「それは俺も同感だ。舅もいけない。無係累ってことがわ俺の条件だ」
(「こじゅうともないにこしたことはありませんわ」)
「小姑もないに越したことはありませんわ」
(「むろんさ。しゅうとしゅうとめがなければこじゅうとはないにきまっている」)
「無論さ。舅姑がなければ小姑はないに決まっている」
(「みがるにかぎりますわ。こどもができればすぐにくろうをするんですから」)
「身軽に限りますわ。子供が出来れば直ぐに苦労をするんですから」
(「じなんぼうがいい」「じなんですこしわけてもらえるようなのが)
「次男坊がいい」「次男で少し分けて貰えるようなのが
(よろしゅうございますわ」)
宜しゅうございますわ」
(「そんなによくばるひつようはないよ。ほんにんさえしっかりしていれば」)
「そんなに欲張る必要はないよ。本人さえしっかりしていれば」
(「あなた、じなんでもちょうなんにあいだちがいがあればせきにんがかかってまいりますわ」)
「あなた、次男でも長男に間違いがあれば責任がかかって参りますわ」
(「さんなんならだいじょうぶだろう」「したほどあんしんですわ」とふじんはみあげたこころがけだ。)
「三男なら大丈夫だろう」「下ほど安心ですわ」と夫人は見上げた心掛けだ。
(ちょうなんのしゅんいちくんへくるおよめさんはしゅうとしゅうとめこじゅうととあらゆるけいるいをもつことになるが)
長男の俊一君へ来るお嫁さんは舅姑小姑とあらゆる係累を持つことになるが
(それはたなへあげている。「さんなんかよんなんでていだいでのしゅうさいさ」)
それは棚へ上げている。「三男か四男で帝大出の秀才さ」
(「ていだいとかぎりますとはんいがせまくなりませんこと?」)
「帝大と限りますと範囲が狭くなりませんこと?」
(「それはしかたがないさ。ゆうしゅうなかいきゅうはどうせひろくはない」)
「それは仕方がないさ。優秀な階級はどうせ広くはない」
(「ひろくさがすほうがよかないでしょうか?しょうにんでもおおきくやっているところなら)
「広く探す方がよかないでしょうか?商人でも大きくやっているところなら
(けっこうでございますよ」「かならずしかんりやかいしゃいんとはかぎらないが)
結構でございますよ」「必ずし官吏や会社員とは限らないが
(おれもていだいだし、しゅんいちもていだいだからね」)
俺も帝大だし、俊一も帝大だからね」
(「ほかのじょうけんさえそろっていれば、しりつでもがまんいたしましょう」)
「他の条件さえ揃っていれば、私立でも我慢致しましょう」
(「いや、ていだいのいいところがやっぱりまちがいなくあんしんだよ」)
「いや、帝大のいいところがやっぱり間違いなく安心だよ」
(「それはまたそのときのごそうだんにいたしますわ」)
「それは又その時の御相談に致しますわ」
(「おなじしゅうさいでもしりつとかんりはちがう。すえのみこみはどうしてもていだいでだよ」と)
「同じ秀才でも私立と官吏は違う。末の見込みはどうしても帝大出だよ」と
(やましたさんはいっこうにだいはえもしていないのにむやみとあいこうしんがつよい。)
山下さんは一向に大栄えもしていないのに無暗と愛校心が強い。
(そういうものがあるから、がっこうももっていく。)
そういうものがあるから、学校も持って行く。
(もんこをかいほうするとまもなくきぬがささんがどうじにふたくちもちこんだ。)
門戸を開放すると間もなく衣笠さんがどうじに二口持ち込んだ。
(しかしひとつはしりつでだった。もうひとつはていだいいでかなりのしゅうさいらしかったが)
しかし一つは私立出だった。もう一つは帝大出でかなりの秀才らしかったが
(りょうしんがそろっているうえに、きゅうはんしゅからがくしをかりてべんきょうしたので)
両親が揃っている上に、旧藩主から学資を借りて勉強したので
(じゅうねんかんべんさいのせきむがあった。「どなたかどうです?」)
十年間弁済の責務があった。「何方かどうです?」
(「とてももんだいになりませんな」「それじゃこんどはていだいでのむきずものを)
「とても問題になりませんな」「それじゃ今度は帝大出の無疵ものを
(もってまいりましょう」ときぬがささんはしなものあつかいだった。)
持って参りましょう」と衣笠さんは品物扱いだった。
(「あいつはいけないよ。もうあいてになるな」とやましたさんはさいくんにめいじた。)
「彼奴はいけないよ。もう相手になるな」と山下さんは細君に命じた。
(つぎにまったくべつほうめんからきたえんだんがだいぶんながびいた。)
次に全く別方面から来た縁談が大分長引いた。
(やましたさんのちゅうもんどおりていだいでだったが、せきじはびりからかぞえるほうがはやい。)
山下さんの注文通り帝大出だったが、席次はビリから数える方が早い。
(まらそんのせんしゅだそうだけれど、そんなことはしゅっせのたしにならない。)
マラソンの選手だそうだけれど、そんなことは出世の足しにならない。
(しかしかねもちのじなんぼうでちょうなんがごくじょうぶなうえに、せたいをもてば)
しかし金持ちの次男坊で長男が極く丈夫な上に、世帯を持てば
(かなりわけてもらうやくつかがある。いもうとはししゃくけへかたづいている。)
かなり分けて貰う約束がある。妹は子爵家へ片付いている。
(やましたふじんはこのあたりがことごとくおきにめした。)
山下夫人はこの辺りが悉くお気に召した。
(ただしふうさいはあまりよくない。すこしやぶにらみだ。)
但し風采は余り良くない。少し藪睨みだ。
(「このおしゃしんはこうせんのぐあいですこしへんになっていますが、おみあいをなされば)
「このお写真は光線の具合で少し変になっていますが、お見合いをなされば
(かならずごぎもんがはれます」となこうどははじめからそのてんをべんかいしていた。)
必ずご疑問が晴れます」と仲人は初めからその点を弁解していた。
(「どう?はるこ」とおかあさんはときどきうながした。)
「どう?春子」とお母さんは時々促した。
(「わたし、もうしばらくかんがえさせていただきますわ」)
「私、もうしばらく考えさせて戴きますわ」
(「ほうきゅうもいいじゃありませんか?)
「俸給もいいじゃありませんか?
(ひゃくにじゅうえんにぼーなすがそれだけならにひゃくよんじゅうえんよ」)
百二十円にボーナスがそれだけなら二百四十円よ」
(「ほうきゅうにもわたし、ぎもんがございますわ」「どうして?」)
「俸給にも私、疑問がございますわ」「どうして?」
(「そつぎょうしてからさんねんばかりでそんなにとれるはずはありませんわ」と)
「卒業してから三年ばかりでそんなに取れる筈はありませんわ」と
(はるこさんはようじんぶかい。)
春子さんは用心深い。
(「でもしぶさわけいのかいしゃよ。しぶさわさんとごしんるいですからね」)
「でも渋沢系の会社よ。渋沢さんとご親類ですからね」
(「もっとのばすほうがいいよ。みあいをするとせきにんになる」と)
「もっと延す方がいいよ。見合いをすると責任になる」と
(おとうさんはせいせきがきにいらいないうえに、なこうどにぎもんがある。)
お父さんは成績が気に入らいない上に、仲人に疑問がある。
(ねんらいのこうさいではない。むろんそうおうのみぶんらしいが)
年来の交際ではない。無論相応の身分らしいが
(しゅつにゅうのごふくやのとくいさきというだけですじょうがしかとわからない。)
出入の呉服屋の得意先というだけで素性がしかと分からない。