嫁取婿取 12
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問題文
(「そうながびくとせっかくのきかいをいっしてしまいますわ」と)
「そう長引くと折角の機会を逸してしまいますわ」と
(おかあさんはりょうえんとおもいこんでいる。)
お母さんは良縁と思い込んでいる。
(「あのろうじんはしぶさわにあったのあさのがなにのといったのとどうもはなしがおおきすぎる」)
「あの老人は渋沢に会ったの浅野が何のと言ったのとどうも話が大き過ぎる」
(「それはえんだんにかんけいございませんわ」「いや。おれはああいうのはきらいだ」)
「それは縁談に関係ございませんわ」「いや。俺はああいうのは嫌いだ」
(「なこうどのすききらいでおきめになっちゃこまりますよ」)
「仲人の好き嫌いでお決めになっちゃ困りますよ」
(「おれだけのかんがえなら、もうはじめからきまっている。おまえがすすんでいるから)
「俺だけの考えなら、もう初めから決まっている。お前が進んでいるから
(うちきらないのだ。なこうどのいうことばかりきいてないで)
打ち切らないのだ。仲人の言うことばかり聴いてないで
(ひとつねんばらしのためにおれがちょくせつしらべてみよう」と)
一つ念晴らしの為に俺が直接調べてみよう」と
(やましたさんはてっとりばやくかたづけるつもりだった。)
山下さんは手っ取り早く片付けるつもりだった。
(なこうどのおくさんもたびたびたずねてきて、やましたふじんとかなりしたしくなった。)
仲人の奥さんも度々訪ねて来て、山下夫人とかなり親しくなった。
(あるばんのこと、ふじんが「あなた、きょうはふじたさんのおくさんから)
或晩のこと、夫人が「あなた、今日は藤田さんの奥さんから
(おもしろいはなしをうけたまわりましたよ」とおもいだした。「またこたのかい?」)
面白い話を承りましたよ」と思い出した。「また来たのかい?」
(「はあ、このあいだ、かさをかしてあげたものですから」)
「はあ、この間、傘を貸して上げたものですから」
(「あれはふじたさんにまけない。よくしゃべるおんなだよ」)
「あれは藤田さんに負けない。よく喋る女だよ」
(「おくさんのほうがおわかすぎるとおもっていましたが)
「奥さんの方がお若過ぎると思っていましたが
(そのしだいがきょうわかりましたの」「ごさいだろう。むろん」)
その次第が今日わかりましたの」「後妻だろう。無論」
(「それまではおっしゃいませんでしたがとにかく、にじゅうよんちがうんですって」)
「それまでは仰いませんでしたが兎に角、二十四違うんですって」
(「ふうむ」「ふじたさんもとらで、おくさんもとらですって。)
「ふうむ」「藤田さんも寅で、奥さんも寅ですって。
(なこうどにとらだときかされて、とらならじゅうにちがいだとおもってもらわれてきてみましたら)
仲人に寅だと聞かされて、寅なら十二違いだと思って貰われて来てみましたら
(にじゅうよんちがっていたんですって。ひとまわりだまされたんですって。おほほ」)
二十四違っていたんですって。一廻り騙されたんですって。オホホ」
(「それみろ。そのとおりきゃつらはたぬきのだましあいだ。もうことわってしまえ」と)
「それ見ろ。その通り彼奴等は狸の騙し合いだ。もう断ってしまえ」と
(やましたさんはきびしかった。「はあ」)
山下さんは厳しかった。「はあ」
(「そんないいかげんなやつらになこうどをされてたまるものか」)
「そんないい加減な奴等に仲人をされてたまるものか」
(「わたしもこのころはどうもときどきおはなしにつじつまがあわないところがあると)
「私もこの頃はどうも時々お話に辻褄が合わないところがあると
(おもっていました」)
思っていました」
(「かいしゃのひとからきいたが、ごふくややひゃっかてんいんのてびきでくるなこうどは)
「会社の人から聞いたが、呉服屋や百貨店員の手引きで来る仲人は
(いっさいいけないようだ」「なぜでございましょう?」)
一切いけないようだ」「何故でございましょう?」
(「はなしがまつればぎりにもそのごふくやなりひゃっかてんへなりしたくをちゅうもんする。)
「話が纏れば義理にもその呉服屋也百貨店へなり支度を注文する。
(あのじいはえちぜんやからにっとうでももらっているんだろう」)
あの爺は越前屋から日当でも貰っているんだろう」
(「おそろしいものでございますわ」とふじんはひとつがくもんした。)
「恐ろしいものでございますわ」と夫人は一つ学問した。
(「そのた、しゅじゅななこうどやがあるそうだから、うっかりできないぞ」)
「その他、種々な仲人屋があるそうだから、うっかり出来ないぞ」
(「きをつけましょう」「みもとのわかったなこうどのたはあいてにしちゃいけない」)
「気をつけましょう」「身許の分かった仲人の他は相手にしちゃいけない」
(「してみるときぬがささんのほうがあんしんね」「うむ。またあのおとこにたのもう」と)
「して見ると衣笠さんの方が安心ね」「うむ。又あの男に頼もう」と
(やましたさんもはじめてのことでていけんがない。)
山下さんも初めてのことで定見がない。
(「これでもうみっつになりますわ」)
「これでもう三つになりますわ」
(「なかななおもうようなのはないものだね。どうせらいねんだ。きをながくさがすさ」)
「なかなな思うようなのはないものだね。どうせ来年だ。気を長く探すさ」
(「らいねんはにじゅうさんでございますよ」「らいねんちゅうにはかたづける」)
「来年は二十三でございますよ」「来年中には片付ける」
(「ぜひそうしたいものでございますわ」とふじんはきたいをしんねんにつないだ。)
「是非そうしたいものでございますわ」と夫人は期待を新年に繋いだ。
(しょうがつのみっかにやましたさんはじせきのさいとうさんのところへねんがにいった。)
正月の三日に山下さんは次席の斎藤さんのところへ年賀に行った。
(ごくうちとけたあいだがらで、かていどうしもおうらいしている。)
極く打ち解けた間柄で、家庭同志も往来している。
(そのおり、きゃくまへとおったらもーにんぐすがたでかしこまっているせいねんしんしに)
その折、客間へ通ったらモーニング姿でかしこまっている青年紳士に
(ちょくめんした。さいとうさんはあいさつをすませるとすぐに)
直面した。斎藤さんは挨拶を済ませると直ぐに
(「やましたくん、これはおさふねさぶろうくんといってまるまるこうとうがっこうのせんせいです」としょうかいした。)
「山下君、これは長船三郎君といって〇〇高等学校の先生です」と紹介した。
(「わたしはやましたともうします」「かちょうですよ。わたしのほうの」とさいとうさんがつけたした。)
「私は山下と申します」「課長ですよ。私の方の」と斎藤さんがつけ足した。
(「ははあ」ともーにんぐのせんきゃくはりょうてをついてはいつくばった。)
「ははあ」とモーニングの先客は両手をついて這いつくばった。
(「まるまるこうとうがっこうというしりつですか?」と)
「〇〇高等学校という私立ですか?」と
(やましたさんはかんわたしのべつがすぐにきになる。)
山下さんは官私の別が直ぐに気になる。