嫁取婿取 19
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問題文
(そのごご、ちょうどあつらえむきにさいとうふじんがぜんやのおわびながらおとずれた。)
その午後、丁度誂え向きに斎藤夫人が前夜のお詫びながら訪れた。
(「わたしたち、けっしてきょうぼうじゃございませんのよ」としきりにべんかいしたとき)
「私達、決して共謀じゃございませんのよ」と頻りに弁解した時
(「しかしのっぴきならないせきにんしゃがひとりございますわ」と)
「しかし退っ引きならない責任者が一人ございますわ」と
(やましたふじんがきょうじた。「だれ?」「ごしゅじん。おほほ」)
山下夫人が興じた。「誰?」「御主人。オホホ」
(「いいえ、しゅじんはまったくそんなかんがえじゃなかったんですけれど)
「いいえ、主人は全くそんな考えじゃなかったんですけれど
(さとられてしまったものですからくるしまぎれよ」)
覚られてしまったものですから苦し紛れよ」
(「そのさとらせたのはごしゅじんよ」「ごむりね。わたしたちがわらったからですわ」)
「その覚らせたのは御主人よ」「御無理ね。私達が笑ったからですわ」
(「わらったしだいがごしゅじんよ」)
「笑った次第が御主人よ」
(「おまちがえになったのはあなたがたのおかってじゃございませんか?」)
「お間違えになったのはあなた方のお勝手じゃございませんか?」
(「でも、おほほ」「なんでございますの?」「かみのけがはえていたら」)
「でも、オホホ」「何でございますの?」「髪の毛が生えていたら」
(「あらまあ!」「おほほ」「いつまでもたたるはげあたまね」と)
「あらまあ!」「オホホ」「いつまでも祟る禿頭ね」と
(さいとうふじんもわらいだした。)
斎藤夫人も笑い出した。
(つぎのにちようにはるこさんとおさふねくんはさいとうけのきゃくまでふたたびかおをあわせた。)
次の日曜に春子さんと長船君は斎藤家の客間で再び顔を合わせた。
(「おれがいるとまたまちがえがおこるから」といってしゅじんはあさからでてしまった。)
「俺がいると又間違えが起るから」と言って主人は朝から出てしまった。
(おくさんがふたりのあいだをなるべくあっせんするてはずだった。)
奥さんが二人の間をなるべく斡旋する手筈だった。
(しかしおさふねくんはゆうめいなけんじんだからただかくばってひかえている。)
しかし長船君は有名な堅人だから唯角張って控えている。
(はるこさんもふしめになってもじもじしている。)
春子さんも伏目になってモジモジしている。
(おくさんはながいことひとりでおしゃべりをしたあと、これはせきをはずすほうがいいとおもって)
奥さんは長いこと独りでお喋りをした後、これは席を外す方がいいと思って
(「それではどうぞごゆっくりおはなししください」といちれいした。)
「それではどうぞごゆっくり御話しください」と一礼した。
(「おくさま」とはるこさんがあわてて、のびあがった。)
「奥様」と春子さんが慌てて、伸び上がった。
(「はあ」「・・・」「わたし、すぐまいりますのよ」「・・・」)
「はあ」「・・・」「私、直ぐ参りますのよ」「・・・」
(「おにわでぼんさいのていれをしておりますから、ごようがおありでしたら)
「お庭で盆栽の手入れをして居りますから、御用がおありでしたら
(このおしょうじをあけておよびくださいまさせ」とことわって、おくさんはでていった。)
このお障子を開けてお呼び下さいまさせ」と断って、奥さんは出て行った。
(「まだ、なかなかおさむいですね」とおさふねくんがまずくちをきった。)
「まだ、なかなかお寒いですね」と長船君が先ず口を切った。
(「はあ」とはるこさんがうけて、はなしがぽつぽつはじまった。)
「はあ」と春子さんが受けて、話がポツポツ始まった。
(おもにてんきのことをろんじたのだったが、しばらくあって)
主に天気のことを論じたのだったが、しばらくあって
(おくさんがもどってきたころにはかなりくつろいでいた。)
奥さんが戻って来た頃にはかなり寛いでいた。
(「おくさん、このつぎのにちようにもういちどおじゃまをさせていただきとうございますが」)
「奥さん、この次の日曜にもう一度お邪魔をさせて戴きとうございますが」
(とおさふねくんがいいだしたので、おくさんは「どうぞ」としょうちするとともに)
と長船君が言い出したので、奥さんは「どうぞ」と承知すると共に
(いそいでまたちゅうざをしてぼんさいのていれをつづけた。)
急いで又中座をして盆栽の手入れを続けた。
(そのつぎのにちようにだいにかいがあった。)
その次の日曜に第二回があった。
(さいとうさんは「さむいけれどしかたがない」といってまたでかけた。)
斎藤さんは「寒いけれど仕方がない」と言って又出掛けた。
(しかしこのたびはおくさんもほねがおれなかった。)
しかしこの度は奥さんも骨が折れなかった。
(ふたことみことおしゃべりをしているなかに)
二言三言お喋りをしている中に
(「おくさま、きょうはぼんさいのおていれはよろしゅうございますの?」と)
「奥様、今日は盆栽のお手入れは宜しゅうございますの?」と
(はるこさんからさいそくをうけて、にわへつきだされてしまった。、)
春子さんから催促を受けて、庭へ突き出されてしまった。、
(ごりょうにんはもういきとうごうしたのだった。)
御両人はもう意気投合したのだった。
(いそがしいりょうしん)
忙しい両親
(はるこさんがさいとうけでおさふねくんとだいにかいめのめんかいをはたしてかえったとき)
春子さんが斎藤家で長船君と第二回目の面会を果たして帰った時
(おかあさんはまちうけていて、「どうでしたの?」ときいた。)
お母さんは待ち受けていて、「どうでしたの?」と訊いた。
(「わたし、まだきめられませんわ」)
「私、まだ決められませんわ」
(「いいえ、それはともかくとして、どんなふうなかた?」)
「いいえ、それは兎も角として、どんな風な方?」
(「にんげんのせいかくって、そういっちょういっせきにわかるものじゃありませんわ」)
「人間の性格手って、そう一朝一夕に分かるものじゃありませんわ」
(「でもさんどもおめにかかって、なんとかけんとうのつかないことは)
「でも三度もお目にかかって、何とか見当のつかないことは
(ないことはないでしょう?」)
ないことはないでしょう?」
(「さんどじゃありませんわ。にどみたいなものよ」と)
「三度じゃありませんわ。二度みたいなものよ」と
(はるこさんはなかなかほんだいにはいらない。)
春子さんはなかなか本題に入らない。
(「にどでもさ。だまってにらみあっていたんじゃございますまい?」)
「二度でもさ。黙って睨み合っていたんじゃございますまい?」
(「はあ」「おはなしもうしあげたんでしょう?」「ええ」)
「はあ」「お話申し上げたんでしょう?」「ええ」
(「それじゃなに?」「すごくかたいほうらしいのよ」)
「それじゃ何?」「極く堅い方らしいのよ」
(「それはほしょうつきですが、どんなおはなしをなすって?」)
「それは保証つきですが、どんなお話をなすって?」
(「これってことはございませんわ」)
「これってことはございませんわ」
(「さいとうさんもごいっしょ?」「いいえ」「おくさんは?」)
「斎藤さんも御一緒?」「いいえ」「奥さんは?」
(「おにわでぼんさいのおていれをしていなさいましたわ」)
「お庭で盆栽のお手入れをしていなさいましたわ」
(「それじゃこまったでしょう?」「そうでもございませんでしたわ」)
「それじゃ困ったでしょう?」「そうでもございませんでしたわ」
(「でもおはなしがなかったでしょう?「ございましたわ」「せけんばなし?」)
「でもお話がなかったでしょう?「ございましたわ」「世間話?」
(「いいえ、がくもんのおはなしよ」「むずかしいのね」)
「いいえ、学問のお話よ」「むずかしいのね」
(「あだむとえばのおはなしもなさいましたわ」「おとぎばなし?」)
「アダムとエバのお話もなさいましたわ」「お伽噺?」
(「ええ。わたしがすこしたいくつしたとおもったんでしょう」)
「ええ。私が少し退屈したと思ったんでしょう」
(「こどもだましのようね」「けれどもなかなかおもしろいのよ。)
「子供だましのようね」「けれどもなかなか面白いのよ。
(かみさまがあだむのあばらぼねでえばをこしらえたというのは)
神様がアダムの肋骨でエバを拵えたというのは
(がんらい、まちがっているんですって」「へえ」)
元来、間違っているんですって」「へえ」