嫁取婿取 20
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問題文
(「あれはゆだやじんのでんせつですが、あらびやじんはそうかんがえていないんですって。)
「あれはユダヤ人の伝説ですが、アラビヤ人はそう考えていないんですって。
(かみさまがえばをこしらえようとおもってあだむのあばらぼねをとったところへ)
神様がエバを拵えようと思ってアダムの肋骨を取ったところへ
(いぬがきて、それをくわえていったんですって。)
犬が来て、それを銜えて行ったんですって。
(かみさまはおっかけて、いぬのしっぽをとらえたんですって。)
神様は追っかけて、犬のしっぽを捉えたんですって。
(しかしいぬがにげたものですから、しっぽがてにのこったですって。)
しかし犬が逃げたものですから、尻尾が手に残ったですって。
(かみさまはしかたなしに、そのしっぽでえばをこしらえたのですから)
神様は仕方なしに、その尻尾でエバを拵えたのですから
(おんなってものはすぐにたいくつするんですって」「まあ、なぜ?」)
女ってものは直ぐに退屈するんですって」「まあ、何故?」
(「いぬのしっぽはうごきどおしでしょう?ちっともじっとしていませんわ。)
「犬の尻尾は動き通しでしょう?ちっともじっとしていませんわ。
(そのいぬのしっぽでこしらえたんですから、おんなってものはよほどしゅうようをしないと)
その犬の尻尾で拵えたんですから、女ってものは余程修養をしないと
(おちつかないんですって」)
落ち着かないんですって」
(「がくしゃってものはなんでもとおまわしにいうものね。)
「学者ってものは何でも遠回しに言うものね。
(それからまだなにかありました?」)
それからまだ何かありました?」
(「おかあさんはおわかりになるようなおはなしはもございませんわ」)
「お母さんはお分かりになるようなお話はもございませんわ」
(「おやおや」「てつがくのおはなしばかりですもの」)
「おやおや」「哲学のお話ばかりですもの」
(「それじゃしかたありませんね。どれさいとうさんへおれいにあがって)
「それじゃ仕方ありませんね。どれ斎藤さんへお礼に上って
(ごしゅじんやおくさんのおかんがえをうかがってみましょう」と)
御主人や奥さんのお考えを伺ってみましょう」と
(おかあさんはもうそのうえ、ついきゅうしなかった。)
お母さんはもうその上、追及しなかった。
(はるこさんはおさふねくんがきにいったのだ。)
春子さんは長船君が気に入ったのだ。
(おさふねくんがじぶんをもらいたがっているていどもすっかりわかった。)
長船君が自分を貰いたがっている程度もすっかり分かった。
(それでしぜんにまかせておけばつごうどおりにことがはこぶとおもっているから)
それで自然に任せておけば都合通りに事が運ぶと思っているから
(わざわざ、くちにだしていうひつようをみとめない。)
態々、口に出して云う必要を認めない。
(「どうだったい?」とにいさんのしゅんいちくんがきいたとき)
「どうだったい?」と兄さんの俊一君が訊いた時
(「ぞんじませんよ」とこたえた。)
「存じませんよ」と答えた。
(いもうとのやすこさんがちらりとかおをみてわらったとき、ぎっとにらみつけた。)
妹の安子さんがチラリと顔を見て笑った時、ギッと睨みつけた。
(「うっかりなにかいうとしかられてよ」とやすこさんはよしこさんにけいかいした。)
「うっかり何か言うと叱られてよ」と安子さんは芳子さんに警戒した。
(それいかのきょうだいはもののかずではない。えんだんのあることをしらずにいた。)
それ以下の弟妹は物の数ではない。縁談のあることを知らずにいた。
(おかあさんはよくじつ、さっそくさいとうふじんをおとずれた。)
お母さんは翌日、早速斎藤夫人を訪れた。
(「あらまあ、おくさま、これからうかがおうとおもっていたところでございました」と)
「あらまあ、奥様、これから伺おうと思っていたところでございました」と
(さいとうふじんは、なるほど、したくをしていた。「どうもおそれいります」)
斎藤夫人は、成程、支度をしていた。「どうも恐れ入ります」
(「さ。どうぞ」「は」とやましたふじんはきゃくまへあんないされて)
「さ。どうぞ」「は」と山下夫人は客間へ案内されて
(「せんじつはわざわざ、おでましくださいまして、きのうははるこがまた・・・」)
「先日は態々、お出まし下さいまして、昨日は春子が又・・・」
(とおれいをもうしのべた。)
とお礼を申し述べた。
(「おくさま、だいぶんおはなしがあうようでございますよ」と)
「奥様、大分お話が合うようでございますよ」と
(さいとうふじんはかいつまんでほうこくした。)
斎藤夫人は掻い摘んで報告した。
(えんだんというものはかんけいしてみるとみょうにひきこまれてむやみにまとめたくなる。)
縁談というものは関係して見ると妙に引き込まれて無暗に纏めたくなる。
(にんげんのもっているけんせつてきほんのうにつよくうったえる。)
人間の持っている建設的本能に強く訴える。
(ことにりょうえんとしんじているから、おくさんはいちいせんしんだった。)
殊に良縁と信じているから、奥さんは一意専心だった。
(「いろいろとありがとうございます」とやましたふじんはあんしんした。)
「色々と有り難うございます」と山下夫人は安心した。
(「なこうどって、なかなかたいへんなものね」)
「仲人って、なかなか大変なものね」
(「おさっしもうしあげますわ。はるこはとくべつわがままでございますから」)
「お察し申し上げますわ。春子は特別我儘でございますから」
(「ごおんにきせるにはまだはようございますけれど。おほほ」「おほほ」)
「御恩に着せるにはまだ早うございますけれど。オホホ」「オホホ」
(「おかげさまでしゅじんもわたしもかぜをひいてしまいましたの」「あらまあ」)
「お陰さまで主人も私も風邪をひいてしまいましたの」「あらまあ」
(「わたし、じゃまになっちゃいけないとおもって、にわへおりて)
「私、邪魔になっちゃいけないと思って、庭へ下りて
(にじかんもぼんさいのていれをしていましたわ」「まあまあ」)
二時間も盆栽の手入れをしていましたわ」「まあまあ」
(「まだおさむいんでございますからね。そのなかにわたし)
「まだお寒いんでございますからね。その中に私
(くしゃみがでてまいりましたの。おさふねさんとおふたりでわたしのわるくちを)
クシャミが出て参りましたの。長船さんとお二人で私の悪口を
(おっしゃっていたのかもしれませんわ」「まさか」)
仰っていたのかも知れませんわ」「まさか」
(「しゅじんはしゅじんで、あさからはずしまして、おともだちのところへうかがったんですが)
「主人は主人で、朝から外しまして、お友達のところへ伺ったんですが
(きのにちようですからどこもおるすで、さんよんけんあるくなかにやっぱりくしゃみが)
稀の日曜ですから何処もお留守で、三四軒歩く中にやっぱりクシャミが
(ではじめたんですって」「おほほ」)
出始めたんですって」「オホホ」
(「それでこのうえはわたしたち、もうごめんこうむりたいんでございますのよ。おほほ」)
「それでこの上は私達、もう御免蒙りたいんでございますのよ。オホホ」
(「おくさま、いまてばなされてはこまりますわ」)
「奥様、今手放されては困りますわ」
(「おはなしにはいくらでものりますが、あれぐらいおしたしくなれば)
「お話には幾らでも乗りますが、あれぐらいお親しくなれば
(もうだいじょうぶでしょうから、これからはおたくさまへちょくせつあげるようにって)
もう大丈夫でしょうから、これからはお宅さまへ直接上るようにって
(わたし、おさふねさんにもうしあげましたのよ」「けっこうでございますわ」)
私、長船さんに申し上げましたのよ」「結構でございますわ」
(「はるこさんもそれにごいぎはないようでございましたのよ。)
「春子さんもそれに御異議はないようでございましたのよ。
(なんとかおっしゃいませんでしたこと?」「いいえ、いっこう」)
何とか仰いませんでしたこと?」「いいえ、一向」