嫁取婿取 21
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問題文
(「おうちへおかえりになると、やっぱりはにかんでいらっしゃいますのね」)
「お家へお帰りになると、やっぱりハニかんでいらっしゃいますのね」
(「にんげんのせいかくはいっちょういっせきにわからないなんて、むずかしいことをもうしますのよ」)
「人間の性格は一朝一夕に分からないなんて、難しいことを申しますのよ」
(「なかなかけんきゅうてきね」「わたしたちのころとはちがっていますわ」)
「なかなか研究的ね」「私達の頃とは違っていますわ」
(「それはそうでございますよ。がっこうのきょういくがすすんでいますから)
「それはそうでございますよ。学校の教育が進んでいますから
(じかくがでてまいりました。しゅじんもかんしんしていますわ。)
自覚が出て参りました。主人も感心していますわ。
(なるほど、あれじゃこのごろのわかいものはにょうぼうにあたまがあがらないはずですって」と)
成程、あれじゃこの頃の若い者は女房に頭が上らない筈ですって」と
(さいとうふじんもはるこさんのたいどにけいいをあらわしていた。)
斎藤夫人も春子さんの態度に敬意を表していた。
(えんだんはまもなくまとって、はるこさんはそのなつからおさふねけのひとになった。)
縁談は間もなく纏って、春子さんはその夏から長船家の人になった。
(にゅうねんにぎんみしただけあって、まちがいなかった。)
入念に吟味しただけあって、間違いなかった。
(おさふねくんはもうしぶんないおむこさんである。じつにかたい。)
長船君は申し分ないお婿さんである。実に堅い。
(つきのだいいちにちようにあいたずさえておさとへあそびにくる。いちにちはなしたあと)
月の第一日曜に相携えてお里へ遊びに来る。一日話した後
(「おとうさん、おかあさん、はるこをみっかかんおあずかりください」といって)
「お父さん、お母さん、春子を三日間お預かりください」と言って
(じぶんだけかえっていく。「さぶろうさん、どうかしたんですか?」とやましたさんは)
自分だけ帰って行く。「三郎さん、どうかしたんですか?」と山下さんは
(だいいっかいのおり、しょうしょうふあんをもよおした。「いや、おやくそくです。」「ははあ」)
第一回の折、少々不安を催した。「いや、お約束です。」「ははあ」
(「きょしきまえのおはなしに、はるこがひゃくぱーせんとまで)
「挙式前のお話に、春子が百パーセントまで
(よめいりさきのひとにはなりきれないともうしたのです。)
嫁入り先の人にはなり切れないと申したのです。
(わたしもどうりとおもって、きゅうじゅっぱーせんとだけにおねがいいたしました」「なるほど」)
私も道理と思って、九十パーセントだけにお願い致しました」「成程」
(「かならずむかいにまいります」とおさふねくんはみっかめにまたきてつれもどる。)
「必ず迎いに参ります」と長船君は三日目に又来て連れ戻る。
(「はるこや、さぶろうさんはどう?」とおかあさんがきく。)
「春子や、三郎さんはどう?」とお母さんが訊く。
(「こちこちよ」「たいせつにしてくだすって?」「それはおやくそくよ」)
「コチコチよ」「大切にして下すって?」「それはお約束よ」
(「おかあさんは?」「よいひとよ。ごしんせつにしてくださるわ」とはるこさんも)
「お母さんは?」「良い人よ。ご親切にしてくださるわ」と春子さんも
(まんぞくしているしょうこに、つきづきのみっかがふつかとなり、いちにちとなり)
満足している証拠に、月々の三日が二日となり、一日となり
(ことにこどもがうまれてからはひゃくぱーせんとになりきってしまって)
殊に子供が生まれてからは百パーセントになり切ってしまって
(いっこうすがたをみせないこともある。)
一向姿を見せないこともある。
(ちょうなんのしゅんいちくんははるこさんのけっこんととしをどううしてていだいをでた。)
長男の俊一君は春子さんの結婚と年を同うして帝大を出た。
(やましたふさいはいちじおもにをおろしたようなきがしたが、いらいあしかけさんねん)
山下夫妻は一時重荷を下ろしたような気がしたが、以来足かけ三年
(じじょのやすこさんがにじゅうさん、さんじょのよしこさんがにじゅうに)
次女の安子さんが二十三、三女の芳子さんが二十二
(ちょっとゆだんしているあいだにまた、えんだんにおいつかれた。)
一寸油断している間に又、縁談に追いつかれた。
(「あなた」とやましたふじんのさいそくはねんがあけてからさらにきびしくなった。)
「あなた」と山下夫人の催促は年が明けてから更に厳しくなった。
(「はるこもにじゅうさんでいったんだからこのねんじゅうにかたづければいいんだよ」と)
「春子も二十三で行ったんだから此年中に片付ければいいんだよ」と
(やましたさんはもうきかなくてもわかっている。)
山下さんはもう聞かなくても分かっている。
(「わたし、きょうやすことよしこをつれてぎんざへかいものにまいりましたのよ」)
「私、今日安子と芳子をつれて銀座へ買い物に参りましたのよ」
(「ふうん」「つくづくかんじましたわ」「なにを?」)
「ふうん」「つくづく感じましたわ」「何を?」
(「でんしゃのなかでよそのおくさんかたがめひきそでひきしているじゃありませんか?」)
「電車の中で余所の奥さん方が目引き袖引きしているじゃありませんか?」
(「ふうん」「ふうんじゃございませんわ」「なにだい?それじゃ」)
「ふうん」「ふうんじゃございませんわ」「何だい?それじゃ」
(「やすことよしこをふたごとおもったんでございますよ」「なるほど、はっは・・・」)
「安子と芳子を双子と思ったんでございますよ」「成程、ハッハ・・・」
(「わらいごとじゃございませんわ」)
「笑い事じゃございませんわ」
(「としごでよくにているからそうみえるのさ。おれだってまちがうことがあるよ」)
「年子でよく似ているからそう見えるのさ。俺だって間違うことがあるよ」
(「わたし、きまりがわるうございましたわ」「それはしかたないさ」)
「私、キマリが悪うございましたわ」「それは仕方ないさ」
(「うかうかしちゃいられませんわ」)
「ウカウカしちゃいられませんわ」
(「え?いっそくとびだね。ちっともはなしのすじがちがうようじゃないかい?」)
「え?一足飛びだね。ちっとも話の筋が違うようじゃないかい?」
(「あなたはそれだからだめでございますよ」とふじんはあらゆるできごとを)
「あなたはそれだから駄目でございますよ」と夫人はあらゆる出来事を
(えんだんにむすびつけて、むあんにくれいそぐ。)
縁談に結び付けて、無案に呉れ急ぐ。
(やすこさんはねえさんのはるこさんどうよう、こうとうじょがっこうのほんかをそつぎょうしたうえに)
安子さんは姉さんの春子さん同様、高等女学校の本科を卒業した上に
(せんしゅうかをでている。よしこさんもあと、いちがっきでねえさんたちとおなじがくれきになる。)
専修科を出ている。芳子さんも後、一学期で姉さん達と同じ学歴になる。
(おやのしんけんなこころもちにもかかわらず、このころのむすめさんたちはのんきだ。)
親の真剣な心持にも拘らず、この頃の娘さん達は呑気だ。
(はやくとつぎたがらない。それでもいちねんにさんにんやよにん、しまいのどうきゅうせいが)
早く嫁ぎたがらない。それでも一年に三人や四人、姉妹の同級生が
(それぞれかたづいていく。「きじまさんがおきまりになったそうよ」と)
それぞれ片付いていく。「木島さんがお決まりになったそうよ」と
(やすこさんはそれがおかあさんのしったひとのばあい、はなしのなかにだす。)
安子さんはそれがお母さんの知った人の場合、話の中に出す。
(「まあまあ、それはおめでとうございましたね」とおかあさんは)
「まあまあ、それはおめでとうございましたね」とお母さんは
(いわったあとがはなはだたいらかでない。)
祝った後が甚だ平かでない。
(「やすこや、おまえもうかうかしちゃいられませんよ」とかならずくる。)
「安子や、お前もウカウカしちゃいられませんよ」と必ず来る。
(「でもかたづいたほうはごくすくないのよ」「なんにんぐらい?」)
「でも片付いた方は極く少ないのよ」「何人ぐらい?」
(「さあ、まだじゅうにんぐらいのものでしょう」とやすこさんは)
「さあ、まだ十人ぐらいのものでしょう」と安子さんは
(なるべくうちわにほうこくすることをおぼえた。「ほんとう?」)
成るべく内輪に報告することを覚えた。「本当?」
(「ごこうさいのないほうはぞんじませんけれど」「あんがいおちついていますのね」と)
「御交際のない方は存じませんけれど」「案外落ちついていますのね」と
(おかあさんはしょうしょうあんどのからだだ。しかしつぎによしこさんのおともだちがけっこんして)
お母さんは少々安堵の体だ。しかし次に芳子さんのお友達が結婚して
(そのうわさがつたわってくるともういけない」)
その噂が伝わってくるともういけない」
(「やすこや、ほんとうにうかうかしちゃいられませんよ」)
「安子や、本当にウカウカしちゃいられませんよ」
(「おかあさん、よしこのはなしよ」「よしこのおはなしでもさ」「よしこのおともだちですもの」)
「お母さん、芳子の話よ」「芳子のお話でもさ」「芳子のお友達ですもの」
(「よしこのおともだちならなおさらのことじゃありませんか。)
「芳子のお友達なら尚更のことじゃありませんか。
(ぼんやりしてちゃこまりますよ」「わたし、どうしていればよいんでしょう?」と)
ボンヤリしてちゃ困りますよ」「私、どうしていれば良いんでしょう?」と
(やすこさんはもてあます。ふたりぶんのおともだちだから、えんだもふたりぶんあるにそういない。)
安子さんは持て余す。二人分のお友達だから、縁だも二人分あるに相違ない。
(それをおかあさんはどうにもひんぱんのようにかんじて、そのつどこみあげる。)
それをお母さんは如何にも頻繁のように感じて、その都度込み上げる。
(じじょとさんじょをえんづけるうえに、ちょうなんのしゅんいちくんにもらってやらねばならない。)
次女と三女を縁付ける上に、長男の俊一君にもらってやらねばならない。
(しかしこれはよいのがあるまでまたせておけるとして)
しかしこれは良いのがあるまで待たせて置けるとして
(もうひとつのとうめんのきゅうむがある。それはじなんぼうのじろうくんだ。)
もう一つの当面の急務がある。それは次男坊の二郎君だ。
(こうとうがっこうをにどしくじって、こんどはさんどめになる。)
高等学校を二度しくじって、今度は三度目になる。