魯迅 阿Q正伝その27

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(そのばん、みやばんのおやじもいがいのしたしみをみせてあきゅうにおちゃをすすめた。)

その晩、廟祝の親父も意外の親しみを見せて阿Qにお茶を薦めた。

(あきゅうはかれににまいのせんべいをねだり、)

阿Qは彼に二枚の煎餅をねだり、

(たべてしまうとよんじゅうもんめろうそくのあまりものをもとめてしょくだいをかりてひをうつし、)

食べてしまうと四十匁め蝋燭の剰あまり物を求めて燭台を借りて火を移し、

(じぶんのこべやへもっていってひとりねた。)

自分の小部屋へ持って行ってひとり寝た。

(かれはいいしれぬあたらしみとげんきがあった。)

彼は言い知れぬ新しみと元気があった。

(ろうそくのひはげんしょう(しょうがつ)のばんのようにぱちぱちとはねほとばしったが、)

蝋燭の火は元宵(正月)の晩のようにパチパチと撥ね迸ったが、

(かれのしそうもひのようにはねほとばしった。)

彼の思想も火のように撥ね迸った。

(「むほん?おもしろいな、きたぞきたぞ。)

「謀反?面白いな、来たぞ来たぞ。

(いちじんのしろはちまき、しろかぶと、かくめいとうはみなだんびらをひっさげて)

一陣の白鉢巻、白兜、革命党は皆ダンビラをひっさげて

(こうてつのむち、ばくだん、たいほう、ひしがたにとがったもろばのけん、くさりがま。)

鋼鉄の鞭、爆弾、大砲、菱形に尖った両刃の劒、鎖鎌。

(おいなりさまのまえをとおりすぎて)

土穀祠の前を通り過ぎて

(「あきゅう、いっしょにこい」)

『阿Q、一緒に来い』

(とさけんだ。そこでおれはいっしょにおこなゆく、)

と叫んだ。そこで乃公は一緒に行ゆく、

(このときみしょうのむらがらす、)

この時未荘の村烏、

(いちぐんのだんじょこそは、いかにもきのどくせんばんだぜ。)

一群の男女こそは、いかにも気の毒千万だぜ。

(「あきゅう、いのちだけはどうぞおゆるしくださいまし」)

『阿Q、命だけはどうぞお赦ゆるし下さいまし』

(だれがゆるしてやるもんか。)

誰が赦してやるもんか。

(まずだいいちにしぬべきやつはしょうどんとちょうだんなだ。)

まず第一に死ぬべき奴は小Dと趙太爺だ。

(そのたしゅうさいもある。にせけとうもある。)

その他秀才もある。偽毛唐もある。

(のこるやつばらはなんぼんある?わんなんてやつはのこしてやるべきすじあいのものだが、)

残る奴ばらは何本ある?王なんて奴は残してやるべき筋合の者だが、

など

(まあどうでもいいや」)

まあどうでもいいや」

(「しなものは、すぐにはいりこんではこをあけるんだ。)

「品物は、すぐに入り込んで箱を開けるんだ。

(げんほう、ぎんか、もすりんのきもの、)

元宝、銀貨、モスリンの着物、

(しゅうさいふじんのしんだいをまずこのおみやのなかへうつして、)

秀才婦人の寝台をまずこの廟の中へ移して、

(そのほかせんけのですくといす。あるいはちょうけのものでもいい。)

そのほか錢家の卓と椅子。あるいは趙家の物でもいい。

(じぶんはふところてしてしょうどんなどはあごでつかい、おい、はやくやれ。)

自分は懐ろ手して小Dなどは顎でつかい、おい、早くやれ。

(ぐずぐずするとぶんなぐるぞ」)

愚図々々するとぶんなぐるぞ」

(「ちょうししんのいもうとはまずい。すうしちそうのこむすめはにさんねんたってからはなしをしよう。)

「趙司晨の妹はまずい。鄒七嫂の小娘は二三年たってから話をしよう。

(にせけとうのにょうぼうはべんつのないおとことねてやがる、)

偽毛唐の女房は辮子の無い男と寝てやがる、

(はっ、こいつはたちがよくねえぞ。)

はッ、こいつはたちが好くねえぞ。

(しゅうさいのにょうぼうはまぶたのうえにきずがある、)

秀才の女房は眼蓋の上に疵がある、

(しばらくあわないがうーまはどこへいったかしらんて、)

しばらく逢わないが呉媽はどこへ行ったかしらんて、

(おしいことにあいつすこしあしがふとすぎる」)

惜しいことにあいつ少し脚が太過ぎる」

(あきゅうはかれのむなざんようがすっかりかたづかぬうちにもういびきをかいた。)

阿Qは彼の胸算用がすっかり片づかぬうちにもう鼾をかいた。

(よんじゅうもんめろうそくはもえのこってごぶほどになり、)

四十匁蝋燭は燃え残って五分ほどになり、

(あかあかともえあげるかこうは、かれのあけはなしのくちをてらした。)

赤々と燃え上る火光は、彼の開け放しの口を照した。

(「すまねえ、すまねえ」あきゅうはたちまちおおごえあげておきあがった。)

「すまねえ、すまねえ」阿Qはたちまち大声上げて起き上った。

(あたまをあげてきょろきょろあたりをみまわしてよんじゅうもんめろうそくにめをつけると、)

頭を挙げてきょろきょろあたりを見廻して四十匁蝋燭に目をつけると、

(すぐにまたあたまをおろしてねむってしまった。)

すぐにまた頭をおろして睡ってしまった。

(つぎのひかれはおそくおきておうらいにでてみたが、なにもかももとのとおりであった。)

次の日彼は遅く起きて往来に出てみたが、何もかも元の通りであった。

(かれはやっぱりはらがへっていた。)

彼はやっぱり肚が耗っていた。

(かれはなにかおもっていながらおもいだすことができなかった。)

彼は何か想っていながら想い出すことが出来なかった。

(たちまちなにかきまりがついたようなふうで、のそりのそりとおおまたにあるきだした。)

たちまち何かきまりがついたような風で、のそりのそりと大跨に歩き出した。

(そうしてうやむやのうちにせいしゅうあんについた。)

そうして有耶無耶のうちに靜修庵についた。

(いおりははるのときとおなじようなしずけさであった。)

庵は春の時と同じような静けさであった。

(しらかべとくろもん、かれはちょっとしあんしてまえへいってもんをたたいた。)

白壁と黒門、彼はちょっと思案して前へ行って門を叩いた。

(いっぴきのいぬがなかでほえた。)

一疋いっぴきの狗が中で吠えた。

(かれはいそいでかわらのかけらをひろいあげ、もういちどまえへいって、)

彼は急いで瓦のカケラを拾い上げ、もう一度前へ行って、

(こんどはちからまかせにぶったたいてくろもんのうえにいくつもとうそうあばたができたとき、)

今度は力任せにぶっ叩いて黒門の上に幾つも痘瘡が出来た時、

(ようやくひとのでてくるあしおとがした。)

ようやく人の出て来る足音がした。

(あきゅうはあわててかわらをもちなおしうまのようにあしをふんばって、)

阿Qは慌てて瓦を持ちなおし馬のように足をふんばって、

(くろいぬとかいせんのじゅんびをした。)

黒狗と開戦の準備をした。

(だがいおりもんはただひとすじのすきまをあけたのみで、)

だが庵門はただ一すじの透間をあけたのみで、

(くろいぬがとびだすことはないとみたので、)

黒狗が飛び出すことはないと見たので、

(ちかよってゆくと、そこにひとりのおいたるあまがいた。)

近寄って行ゆくと、そこに一人の老いたる尼がいた。

(「おまえはまたこたのか。なんのようだえ」とあまはあきれかえっていた。)

「お前はまた来たのか。何の用だえ」と尼は呆れ返っていた。

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