半七捕物帳 お文の魂9

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ
半七捕物帳シリーズの第一作目です。

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問題文

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(「わたくしもそのくさぞうしをよんだことがあります。きのうあなたにゆうれいの)

「わたくしもその草双紙を読んだことがあります。きのうあなたに幽霊の

(おはなしをうかがったときに、ふいとそれをおもいだしたんですよ」と、)

お話をうかがった時に、ふいとそれを思い出したんですよ」と、

(おうらいへでてからはんしちがいった。)

往来へ出てから半七が云った。

(「してみると、このくさぞうしのえをみて、こわいこわいとおもったもんだから、)

「して見ると、この草双紙の絵を見て、怖い怖いと思ったもんだから、

(とうとうそれをゆめにみるようになったのかもしれない」)

とうとうそれを夢に見るようになったのかも知れない」

(「いいえ、まだそればかりじゃありますまい。まあ、これからしたやへいって)

「いいえ、まだそればかりじゃありますまい。まあ、これから下谷へ行って

(ごらんなさい」)

御覧なさい」

(はんしちはさきにたってあるいた。ふたりはあんどうざかをのぼって、ほんごうからしたやの)

半七は先に立って歩いた。二人は安藤坂をのぼって、本郷から下谷の

(いけのはたへでた。きょうはあさからちっともかぜのないひで、ぼしゅんのそらはあおいたまを)

池の端へでた。きょうは朝からちっとも風のない日で、暮春の空は碧い玉を

(みがいたようにはれかがやいていた。)

磨いたように晴れかがやいていた。

(ひのみやぐらのうえにはとんびがねむったようにとまっていた。すこしあせばんでいるうまを)

火の見櫓の上には鳶が眠ったように止まっていた。少し汗ばんでいる馬を

(いそがせてゆく、とおのりらしいわかざむらいのじんがさのひさしにも、もうなつらしい)

急がせてゆく、遠乗りらしい若侍の陣笠のひさしにも、もう夏らしい

(ひかりがきらきらとひかっていた。)

光りがきらきらと光っていた。

(おばたがぼだいしょのじょうえんじは、かなりにおおきいてらであった。もんをはいると、)

小幡が菩提所の浄円寺は、かなりに大きい寺であった。門をはいると、

(やまぶきがいっぱいにさいているのがめについた。ふたりはじゅうしょくにあった。)

山吹が一ぱいに咲いているのが目についた。ふたりは住職に逢った。

(じゅうしょくはしじゅうぜんごで、いろのしろい、ひげのあとのあおいひとであった。きゃくのひとりはさむらい、)

住職は四十前後で、色の白い、髯のあとの青い人であった。客の一人は侍、

(ひとりはごようききというので、じゅうしょくはそりゃくにあつかわなかった。)

一人は御用聞きというので、住職は疎略に扱わなかった。

(ここへくるとちゅうで、ふたりはじゅうぶんにうちあわせをしてあるので、おじさんは)

ここへ来る途中で、二人は十分に打合わせをしてあるので、おじさんは

(まずくちをきって、おばたのやしきにはこのごろあやしいことがあるといった。)

先ず口を切って、小幡の屋敷にはこの頃怪しいことがあると云った。

(おくさんのまくらもとにおんなのゆうれいがでるとはなした。そうして、そのゆうれいを)

奥さんの枕もとに女の幽霊が出ると話した。そうして、その幽霊を

など

(たいさんさせるためになにかかじきとうのすべはあるまいかとそうだんした。)

退散させるために何か加持祈禱のすべはあるまいかと相談した。

(じゅうしょくはだまってきいていた。)

住職は黙って聴いていた。

(「して、それはとのさまおくさまのおたのみでござりまするか。またあなたがたの)

「して、それは殿さま奥さまのお頼みでござりまするか。又あなた方の

(ごそうだんでござりまするか」 と、じゅうしょくはじゅずをつまぐりながらふあんらしくきいた。)

御相談でござりまするか」 と、住職は数珠を爪繰りながら不安らしく訊いた。

(「それはいずれでもよろしい。とにかくごしょうちくださるか。どうでしょう」)

「それはいずれでもよろしい。とにかく御承知下さるか。どうでしょう」

(おじさんとはんしちとはするどいひとみのひかりをじゅうしょくになげつけると、)

おじさんと半七とは鋭い瞳のひかりを住職に投げ付けると、

(かれはあおくなってすこしふるえた。)

彼は蒼くなって少しふるえた。

(「しゅぎょうのあさいわれわれでござれば、はたしてきどくのあるなしはおうけあい)

「修行の浅い我々でござれば、果たして奇特の有る無しはお受け合い

(もうされぬが、ともかくもいっしんをこらしてとくだつのきとうをつかまつると)

申されぬが、ともかくも一心を凝らして得脱の祈禱をつかまつると

(いたしましょう」 「なにぶんおねがいもうす」)

致しましょう」 「なにぶんお願い申す」

(やがてじぶんどきだというので、ねんのいったしょうじんりょうりがでた。さけもでた。)

やがて時分どきだというので、念の入った精進料理が出た。酒も出た。

(じゅうしょくはいっぱいものまなかったが、ふたりはたらふくにのんでくった。)

住職は一杯も飲まなかったが、二人は鱈腹に飲んで食った。

(かえるときにじゅうしょくは、「おかごでももうしつけるのでござるが・・・・・・」といって、)

帰る時に住職は、「御駕籠でも申し付けるのでござるが……」と云って、

(かみにつつんだものをはんしちにそっとわたしたが、かれはつきもどしてでてきた。)

紙につつんだものを半七にそっと渡したが、彼は突き戻して出て来た。

(「だんな、もうこれでよろしゅうございましょう。おしょうめ、ふるえていた)

「旦那、もうこれで宜しゅうございましょう。和尚め、ふるえていた

(ようですから」と、はんしちはわらっていた。じゅうしょくのかおいろのかわったのも、)

ようですから」と、半七は笑っていた。住職の顔色の変わったのも、

(じぶんたちにていちょうなちそうをしたのも、むごんのうちにかれのこうふくをじゅうぶんに)

自分たちに鄭重な馳走をしたのも、無言のうちに彼の降伏を十分に

(しょうめいしていた。それでもおじさんは、まだよくふにおちないことがあった。)

証明していた。それでもおじさんは、まだよく腑に落ちないことがあった。

(「それにしてもちいさいこがどうして、ふみがきたなんていうんだろう。)

「それにしても小さい児がどうして、ふみが来たなんて云うんだろう。

(わからないね」)

判らないね」

(「それはわたくしにもわかりませんよ」と、はんしちはやはりわらっていた。)

「それはわたくしにも判りませんよ」と、半七はやはり笑っていた。

(「こどもはしぜんにそんなことをいうきづかいはないから、いずれだれかが)

「子供は自然にそんなことを云う気遣いはないから、いずれ誰かが

(おしえたんでしょうよ。ただ、ねんのためにもうしておきますが、あのぼうずは)

教えたんでしょうよ。唯、念のために申して置きますが、あの坊主は

(わるいやつで・・・・・・えんめいいんのにのまいで、これまでにもわるいうわさがたびたびあったんですよ。)

悪い奴で……延命院の二の舞で、これまでにも悪い噂が度々あったんですよ。

(それですから、あなたとわたくしとがおしかけていけば、こっちでなにも)

それですから、あなたとわたくしとが押掛けて行けば、こっちで何も

(いわなくっても、せんぽうはすねにきずでふるえあがるんです。こうしてくぎを)

云わなくっても、先方は脛に疵でふるえあがるんです。こうして釘を

(さしておけば、もうつまらないことはしないでしょう。わたくしのおやくは)

さして置けば、もう詰まらないことはしないでしょう。わたくしのお役は

(これですみました。これからさきはあなたのおかんがえしだいで、おばたのとのさまへは)

これで済みました。これから先はあなたのお考え次第で、小幡の殿様へは

(よろしきようにおはなしなすってくださいまし。では、これでごめんをこうむります」)

宜しきようにお話しなすって下さいまし。では、これで御免を蒙ります」

(ふたりはいけのはたでわかれた。)

二人は池の端で別れた。

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