半七捕物帳 お文の魂11(終)

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ
半七捕物帳シリーズの第一作目です。

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問題文

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(おばたのいえではいつかのひにひなをかたづけた。いまさらではないがひなのわかれは)

小幡の家では五日の日に雛をかたづけた。今更ではないが雛の別れは

(さびしかった。そのひのひるすぎにおみちがかしほんやからかりたくさぞうしをよんでいると、)

寂しかった。その日の午すぎにお道が貸本屋から借りた草双紙を読んでいると、

(おはるはははのひざにとりつきながらそのさしえをむしんにのぞいていた。)

お春は母の膝に取りつきながらその挿絵を無心にのぞいていた。

(くさぞうしは、かのうすずみぞうしで、むごいしゅじんのてうちにあって、かきつばたのさくふるいけに)

草双紙は、かの薄墨草紙で、むごい主人の手討に逢って、杜若の咲く古池に

(しずめられたおふみというこしもとのたましいが、おくがたのまえにかたちをあらわして)

沈められたお文という腰元の魂が、奥方のまえに形をあらわして

(そのうらみをうったえるというところで、そのゆうれいがものすごくえがいてあった。)

その恨みを訴えるというところで、その幽霊が物凄く描いてあった。

(おさないおはるもこれにはよほどおびやかされたらしく、そのえをさして)

稚いお春もこれには余ほどおびやかされたらしく、その絵を指して

(「これ、なに」と、こわごわきいた。)

「これ、なに」と、こわごわ訊いた。

(「それはおふみというおんなのおばけです。おまえもおとなしくしないと、)

「それはお文という女のお化けです。お前もおとなしくしないと、

(にわのおいけからこういうこわいおばけがでますよ」)

庭のお池からこういう怖いお化けが出ますよ」

(おどすつもりでもなかったが、おみちはなにごころなくこういってきかせると、)

嚇すつもりでもなかったが、お道は何心なくこう云って聞かせると、

(それがおはるのしんけいをつよくしげきしたらしく、ひきつけたようにまっさおになって)

それがお春の神経を強く刺戟したらしく、ひきつけたように真っ蒼になって

(ははのひざにひしとしがみついてしまった。)

母の膝にひしとしがみ付いてしまった。

(そのばんにおはるはおそわれたようにさけんだ。 「ふみがきた!」)

その晩にお春はおそわれたように叫んだ。 「ふみが来た!」

(あくるばんもまたさけんだ。 「ふみがきた!」)

明くる晩もまた叫んだ。 「ふみが来た!」

(とんだことをしたとこうかいして、おみちはそうそうにかのくさぞうしをかえしてしまった。)

飛んだことをしたと後悔して、お道は早々にかの草双紙を返してしまった。

(おはるはみばんつづいておふみのなをよんだ。こうかいとしんぱいとで、おみちもろくろくに)

お春は三晩つづいてお文の名を呼んだ。後悔と心配とで、お道も碌々に

(ねむられなかった。そうしてかのおそろしいわざわいのくるまえぶれではないかとも)

眠られなかった。そうして彼の恐ろしい禍いの来る前触れではないかとも

(おそれられた。かのじょのめのまえにも、おふみのすがたがまぼろしのようにあらわれた。)

恐れられた。彼女の眼の前にも、お文の姿がまぼろしのように現われた。

(おみちもとうとうけっしんした。じぶんのしんじているじゅうしょくのおしえにしたがって、)

お道もとうとう決心した。自分の信じている住職の教えにしたがって、

など

(ここのやしきをたちのくよりほかはないとけっしんした。むしんのおさなごが)

ここの屋敷を立ち退くよりほかはないと決心した。無心の幼児が

(おふみのなをよびつづけるのをりようして、かれはにわかにかいだんのさくしゃとなった。)

お文の名を呼びつづけるのを利用して、かれは俄に怪談の作者となった。

(そのいつわりのかいだんをこうじつにして、おっとのいえをさろうとしたのであった。)

その偽りの怪談を口実にして、夫の家を去ろうとしたのであった。

(「ばかなやつめ」と、おばたはじぶんのまえになきふしているつまをあきれるようにしかった。)

「馬鹿な奴め」と、小幡は自分の前に泣き伏している妻を呆れるように叱った。

(しかし、こんなあさはかなおんなのたくみのそこにも、ひとのははとしてわがこをおもう)

しかし、こんな浅はかな女の巧みの底にも、人の母として我が子を思う

(あいのいずみがひそんでながれていることを、kのおじさんもみとめないわけには)

愛の泉がひそんで流れていることを、Kのおじさんも認めないわけには

(いかなかった。おじさんのとりなしで、おみちはようようにおっとのゆるしをうけた。)

行かなかった。おじさんの取りなしで、お道はようように夫のゆるしを受けた。

(「こんなことはあにのまつむらにもきかしたくない。しかし、あにのてまえ、)

「こんなことは義兄の松村にも聞かしたくない。しかし、義兄の手前、

(やしきじゅうのものどものてまえ、なんとかおさまりをつけなければなるまいが、)

屋敷中の者どもの手前、なんとかおさまりを付けなければなるまいが、

(どうしたものでござろう」)

どうしたものでござろう」

(おばたからそうだんをうけてkのおじさんもかんがえた。けっきょく、おじさんのぼだいじの)

小幡から相談を受けてKのおじさんも考えた。結局、おじさんの菩提寺の

(そうをたのんで、おもてむきはえたいのしれないおふみのたましいのためのついぜんくようを)

僧を頼んで、表向きは得体の知れないお文の魂のための追善供養を

(いとなむということにした。おはるはいしのりょうじをうけてよなきをやめた。)

営むということにした。お春は医師の療治をうけて夜啼きをやめた。

(ついぜんくようのくりきによって、おふみのゆうれいもそののちはかたちをあらわさなくなったと、)

追善供養の功力によって、お文の幽霊もその後は形を現わさなくなったと、

(まことしやかにつたえられた。)

まことしやかに伝えられた。

(そのひみつをしらないまつむらひこたろうは、よのなかにはりくつでせつめいのできない)

その秘密を知らない松村彦太郎は、世の中には理窟で説明のできない

(ふしぎなこともあるものだとくびをかしげて、ひごろじぶんとしたしいに、さんのひとたちに)

不思議なこともあるものだと首をかしげて、日頃自分と親しい二、三の人達に

(ひそかにはなした。わたしのおじもそれをきいたひとりであった。)

ひそかに話した。わたしの叔父もそれを聴いた一人であった。

(おふみのゆうれいをくさぞうしのなかからみつけだしたはんしちのするどいがんりきを、kのおじさんは)

お文の幽霊を草双紙のなかから見つけ出した半七の鋭い眼力を、Kのおじさんは

(いまさらのようにかんぷくした。じょうえんじのじゅうしょくはなんのもくてきでおみちにおそろしいうんめいを)

今更のように感服した。浄円寺の住職はなんの目的でお道に恐ろしい運命を

(よげんしたか、それについてははんしちもあまりくわしいちゅうしゃくをくわえるのを)

予言したか、それに就いては半七も余り詳しい註釈を加えるのを

(はばかっているらしかったが、それからはんとしののちにそのじゅうしょくはにょぼんのつみで)

憚っているらしかったが、それから半年の後にその住職は女犯の罪で

(じしゃかたのてにとらわれたのをきいて、おみちはまたぞっとした。)

寺社方の手に捕われたのを聴いて、お道はまたぞっとした。

(かのじょはあやういだんがいのうえにたっていたのを、さいわいにはんしちのために)

彼女は危うい断崖の上に立っていたのを、幸いに半七のために

(すくわれたのであった。)

救われたのであった。

(「いまもいうとおり、このひみつはおばたふうふとわたしのほかにはだれもしらないことだ。)

「今も云う通り、この秘密は小幡夫婦と私のほかには誰もしらないことだ。

(おばたふうふはまだいきている。おばたはいしんごにかんりになっていまはそうとうの)

小幡夫婦はまだ生きている。小幡は維新後に官吏になって今は相当の

(ちいにのぼっている。わたしがこんやはなしたことはだれにもふいちょうしないほうがいいぞ」)

地位にのぼっている。わたしが今夜話したことは誰にも吹聴しない方がいいぞ」

(と、kのおじさんははなしのおわりにこうつけくわえた。)

と、Kのおじさんは話の終わりにこう付け加えた。

(このはなしのすむころにはよるのあめもだんだんこぶりになって、にわのやつでのはの)

この話の済む頃には夜の雨もだんだん小降りになって、庭の八つ手の葉の

(ざわめきもねむったようにしずまった。)

ざわめきも眠ったように鎮まった。

(おさないわたしのあたまには、このはなしがひじょうにきょうみあるものとしてきざみこまれた。)

幼いわたしのあたまには、この話が非常に興味あるものとして刻み込まれた。

(しかし、あとでかんがえると、これらのたんていだんははんしちとしてはあさめしまえのしごとに)

併し、あとで考えると、これらの探偵談は半七としては朝飯前の仕事に

(すぎないので、そのいじょうのひとをしょうどうするようなかれのぼうけんしごとは)

過ぎないので、その以上の人を衝動するような彼の冒険仕事は

(まだまだほかにたくさんあった。かれはえどじだいにおける)

まだまだほかにたくさんあった。彼は江戸時代に於ける

(かくれたしゃあろっくほーむずであった。)

隠れたシャアロック・ホームズであった。

(わたしがはんしちによくあうようになったのは、それからじゅうねんののちで、)

わたしが半七によく逢うようになったのは、それから十年の後で、

(あたかもにっしんせんそうがおわりをつげたころであった。kのおじさんは、)

あたかも日清戦争が終りを告げた頃であった。Kのおじさんは、

(もうこのよにいなかった。はんしちはしちじゅうをみっつこしたとかいっていたが、)

もう此の世にいなかった。半七は七十を三つ越したとか云っていたが、

(まだげんきのいい、ふしぎなくらいにみずみずしいおじいさんであった。)

まだ元気の好い、不思議なくらいに水々しいお爺さんであった。

(ようしにとうぶつやをひらかせて、じぶんはらくいんきょでぶらぶらあそんでいた。)

養子に唐物商を開かせて、自分は楽隠居でぶらぶら遊んでいた。

(わたしはあるきかいから、このはんしちろうじんとこんいになって、あかさかのいんきょじょへ)

わたしは或る機会から、この半七老人と懇意になって、赤坂の隠居所へ

(たびたびあそびにいくようになった。ろうじんはなかなかぜいたくで、)

たびたび遊びに行くようになった。老人はなかなか贅沢で、

(じょうとうのちゃをいれてうまいかしをくわせてくれた。)

上等の茶を淹れて旨い菓子を食わせてくれた。

(そのちゃばなしのあいだに、わたしはかれのむかしがたりをいろいろきいた。)

その茶話のあいだに、わたしは彼の昔語りをいろいろ聴いた。

(いっさつのてちょうはほとんどかれのたんていものがたりでうずめられてしまった。)

一冊の手帳は殆ど彼の探偵物語でうずめられてしまった。

(そのなかからわたしがもっともきょうみをかんじたものをだんだんに)

その中から私が最も興味を感じたものをだんだんに

(ひろいだしていこうとおもう、じだいのぜんごをとわずに--。)

拾い出して行こうと思う、時代の前後を問わずに--。

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