半七捕物帳 山祝いの夜5
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問題文
(「しかしだんなはりっぱなかくごだ。それよりほかにしようはあるめえ。)
「しかし旦那は立派な覚悟だ。それよりほかにしようはあるめえ。
(おまえさんもじんじょうにかくごをきめたらどうだね」と、はんしちはいった。)
おまえさんも尋常に覚悟を決めたらどうだね」と、半七は云った。
(「そんなことをいわねえで、ごしょうだからたすけておくんなせえ。このとおりだ」と、)
「そんなことを云わねえで、後生だから助けておくんなせえ。この通りだ」と、
(しちぞうはりょうてをあわせてはんしちをおがんだ。ねがさしたるあくとうでもないかれは、)
七蔵は両手をあわせて半七を拝んだ。根が差したる悪党でもない彼は、
(もうこうなるといきているがんしょくはなかった。)
もうこうなると生きている顔色はなかった。
(「それほどいのちがおしけりゃあしかたがねえ、おめえはこれからにげだしてしまえ」)
「それほど命が惜しけりゃあ仕方がねえ、おめえはこれから逃げ出してしまえ」
(「にげてもようがすかえ」)
「逃げてもようがすかえ」
(「おめえがいなければだんなをたすけるくふうもある。すぐににげなせえ。)
「おめえがいなければ旦那を助ける工夫もある。すぐに逃げなせえ。
(これはすこしだがろようのたしだ」)
これは少しだが路用の足しだ」
(はんしちはふとんのしたからかみいれをだして、にぶきんをにまいほうってやった。)
半七は蒲団の下から紙入れを出して、二分金を二枚ほうってやった。
(そうして、じぶんのざしきへはもどらずに、すぐにどこへかすがたをかくせとおしえると、)
そうして、自分の座敷へは戻らずに、すぐに何処へか姿をかくせと教えると、
(しちぞうはそのかねをいただいてそうそうにでていった。)
七蔵はその金をいただいて早々に出て行った。
(はんしちはきものをきかえて、おくのしもざしきへたずねていこうとすると、したの)
半七は着物を着換えて、奥の下座敷へたずねて行こうとすると、階下の
(おりくちでやどのじょちゅうのうろうろしているのにあった。)
降り口で宿の女中のうろうろしているのに逢った。
(「おい。おやくにんしゅうはもうおひきあげになったかえ」)
「おい。お役人衆はもうお引き揚げになったかえ」
(「いいえ」と、じょちゅうはふるえながらささやいた。「みなさんはまだちょうばに)
「いいえ」と、女中はふるえながらささやいた。「皆さんはまだ帳場に
(いらっしゃいます」)
いらっしゃいます」
(「そうかしもざしきにじょうげさんにんづれのおぶけがとまっているだろう。)
「そうか下座敷に上下三人づれのお武家が泊っているだろう。
(そのざしきはどこだえ」 「え」と、じょちゅうはためらっていた。)
その座敷はどこだえ」 「え」と、女中はためらっていた。
(そのようすで、はんしちはたいていさとった。やくにんたちもいちのすけしゅじゅうに)
その様子で、半七はたいてい覚った。役人たちも市之助主従に
(めをつけたのであるが、あいてがぶしだけにすこしえんりょしているらしい。)
眼をつけたのであるが、相手が武士だけに少し遠慮しているらしい。
(それをじょちゅうももううすうすしっているので、そのざしきへあんないするのを)
それを女中ももう薄々知っているので、その座敷へ案内するのを
(ちゅうちょしているのであろう。はんしちはきがせくのでかさねてさいそくした。)
躊躇しているのであろう。半七は気が急くので重ねて催促した。
(「え、どのざしきだ。はやくおしえてくんねえ」)
「え、どの座敷だ。早く教えてくんねえ」
(じょちゅうはしかたなしにゆびさしておしえた。このえんがわをまっすぐにいって、)
女中は仕方なしに指さして教えた。この縁側をまっすぐに行って、
(ひだりへまがるとふろばがある。そのまえをとおっておくへゆくと、ちいさいなかにわを)
左へまがると風呂場がある。その前を通って奥へゆくと、小さい中庭を
(へだてたふたまのざしきがそれである、といった。)
隔てたふた間の座敷がそれである、と云った。
(「や、ありがとう」)
「や、ありがとう」
(おしえられたとおりにえんがわをつたってゆくと、そのざしきのまえにでた。)
教えられた通りに縁側を伝ってゆくと、その座敷の前に出た。
(「ごめんくださいまし」)
「ごめん下さいまし」
(しょうじのそとからこえをかけても、うちにはなんのへんじもないので、はんしちはしょうじを)
障子の外から声をかけても、内にはなんの返事もないので、半七は障子を
(そっとほそめにあけてのぞくと、かやのつりてはにほんばかりきれておちていた。)
そっと細目にあけて覗くと、蚊帳の釣手は二本ばかり切れて落ちていた。
(かやのなかにはちだらけのおとこがひとりたおれているらしかった。)
蚊帳のなかには血だらけの男が一人倒れているらしかった。
(「もうせっぷくしたのか」)
「もう切腹したのか」
(もうえんりょはしていられないので、はんしちはおもいきってしょうじをあけてはいると、)
もう遠慮はしていられないので、半七は思いきって障子をあけてはいると、
(ざしきのすみのほうにかたよせてあるあんどんのあかりはくずれかかっているかやの)
座敷の隅の方に片寄せてある行燈の光りはくずれかかっている蚊帳の
(あおいなみをてらして、そのなみのそこによこたわっているのは、かのしちぞうの)
青い波を照らして、その波の底に横たわっているのは、かの七蔵の
(しがいであった。まだぐずぐずしていて、とうとうてうちにあったのかと)
死骸であった。まだぐずぐずしていて、とうとう手討ちに逢ったのかと
(おもったが、そこらにしゅじんらしいひとのかげはみえなかった。しゅじんはかれをせいばいして、)
思ったが、そこらに主人らしい人の影は見えなかった。主人は彼を成敗して、
(どこへすがたをかくしたのであろう。はんしちはさしあたってしあんにまよった。)
どこへ姿を隠したのであろう。半七は差し当って思案に迷った。
(このとたんに、えんがわでひとのうかがっているようなけはいがきこえたので、)
この途端に、縁側で人の窺っているような気配がきこえたので、
(みみのさといはんしちはすぐにからだをねじむけて、うすぐらいしょうじのそとをすかして)
耳のさとい半七はすぐにからだを捻じ向けて、うす暗い障子の外を透かして
(みると、かれにこのざしきのありかをおしえてくれたわかいじょちゅうがえんがわにこひざをついて、)
みると、彼にこの座敷のありかを教えてくれた若い女中が縁側に小膝をついて、
(うちのようすをうかがっているらしかった。はんしちはゆうよなくとびだして、そのじょちゅうの)
内の様子を窺っているらしかった。半七は猶予なく飛び出して、その女中の
(うでをつかんでざしきへぐいぐいとひきずりこんだ。じょちゅうははたちぐらいで、)
腕をつかんで座敷へぐいぐいと引き摺り込んだ。女中は二十歳ぐらいで、
(いろじろのまるがおのおんなであった。)
色白の丸顔の女であった。