半七捕物帳 山祝いの夜8(終)

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第14話

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問題文

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(「まあ、おはなしはそこまでですよ」と、はんしちろうじんはいった。)

「まあ、お話はそこまでですよ」と、半七老人は云った。

(「しちぞうもさいしょからきさぶろうとぐるではなかったのですが、おせきにおこされて)

「七蔵も最初から喜三郎と同腹ではなかったのですが、お関に起こされて

(めをさましかかったところへ、ちょうどにきさぶろうがしごとをしてかえってきたもんですから、)

眼をさましかかった所へ、丁度に喜三郎が仕事をして帰って来たもんですから、

(きさぶろうもわるいところをみられたとおもって、くちふさげにじゅうごりょうやって)

喜三郎も悪いところを見られたと思って、口ふさげに十五両やって

(そっとにがしてもらったんです。しちぞうもそれでしらんかおをしているつもり)

そっと逃がして貰ったんです。七蔵もそれで知らん顔をしている積り

(だったんでしょうが、だんだんことめんどうになってきて、しゅじんがせっぷくするの)

だったんでしょうが、だんだん事面倒になって来て、主人が切腹するの

(てうちにするのといいだしたので、やつもおどろいてわたしたちのところへ)

手討ちにするのと云い出したので、奴もおどろいて私たちのところへ

(かけこんできたんです。それですぐににげればいいものを、じぶんのざしきへ)

駈け込んで来たんです。それですぐに逃げればいいものを、自分の座敷へ

(にもつをとりにひっかえしてくると、しゅじんがちょうどいなかったもんですから、)

荷物を取りに引っ返して来ると、主人が丁度いなかったもんですから、

(きゅうにまたよくしんをおこして、いきがけのだちんにしゅじんのどうまきまでひっさらって)

急にまた慾心を起こして、行き掛けの駄賃に主人の胴巻まで引っさらって

(いこうとしたのがうんのつきで、とうとうこんなことになってしまったんです。)

行こうとしたのが運の尽きで、とうとうこんなことになってしまったんです。

(いったんはいきをふきかえしましたけれども、なにぶんにもきずがおもいので、)

一旦は息を吹き返しましたけれども、なにぶんにも傷が重いので、

(よるのひきあけにはやはりめをつむってしまいました」)

夜の引明けにはやはり眼を瞑ってしまいました」

(「それでしゅじんはどうしました」とわたしはきいた。)

「それで主人はどうしました」とわたしは訊いた。

(「わたくしがいいようにちえをつけて、わるいことはみんなしちぞうに)

「わたくしがいいように知恵をつけて、悪いことはみんな七蔵に

(かぶせてしまいました。まったくとうにんがわるいのだからしかたがありません。)

かぶせてしまいました。まったく当人が悪いのだから仕方がありません。

(つまりそのきさぶろうというやつがしちぞうのしんるいだというので、しゅじんはそれをしんようして)

つまりその喜三郎というやつが七蔵の親類だというので、主人はそれを信用して

(りんじのにかつぎにやとったのだということにこしらえて、まずどうにかぶじに)

臨時の荷かつぎに雇ったのだということにこしらえて、まずどうにか無事に

(すみました。ふだんのときならば、それでもしゅじんにそうとうのおとがめが)

済みました。ふだんの時ならば、それでも主人に相当のお咎めが

(あるんでしょうが、なにしろもうばくまつでばくふのほうでもじきさんのけらいを)

あるんでしょうが、なにしろもう幕末で幕府の方でも直参の家来を

など

(たいせつにするときでしたから、なにごともみんなしちぞうのつみになってしまって、)

大切にする時でしたから、何事もみんな七蔵の罪になってしまって、

(いちのすけというひとにはなんにもきずがつかずにすみました」)

市之助という人にはなんにも瑕がつかずに済みました」

(「それで、そのきさぶろうというやつのゆくえはしれないんですか」と、)

「それで、その喜三郎という奴のゆくえは知れないんですか」と、

(わたしは、またきいた。)

私は、又きいた。

(「いや、それがふしぎないんねんで、やっぱりわたくしのてにかかったんですよ。)

「いや、それが不思議な因縁で、やっぱりわたくしの手にかかったんですよ。

(おだわらのほうはまずそれですんで、わたくしはたきちをつれてはこねへいくと、)

小田原の方はまずそれで済んで、わたくしは多吉をつれて箱根へ行くと、

(となりのおんせんやどにとまっているやつがどうもおかしいとたきちがいうので、)

となりの温泉宿にとまっている奴がどうもおかしいと多吉が云うので、

(わたくしもきをつけてだんだんさぐってみると、そいつはひだりあしをくじいて)

わたくしも気をつけてだんだん探ってみると、そいつは左足を挫いて

(いるんです。ねんのためにおだわらのやどのものをよんですきみをさせると、)

いるんです。念のために小田原の宿の者をよんで透き見をさせると、

(このあいだのばんにとまったきゃくにそういないというので、すぐにふみこんで)

このあいだの晩にとまった客に相違ないというので、すぐに踏み込んで

(めしとりました。やどやのへいをのりこしてにげるときに、ふみはずして、)

召し捕りました。宿屋の塀を乗り越して逃げるときに、踏みはずして、

(ころげおちて、ひだりのあしをひっくじいたので、とおくへにげることができなくなって、)

転げ落ちて、左の足を引っ挫いたので、遠くへ逃げることができなくなって、

(そのちりょうながらゆもとにかくれていたんだそうです。これはわたくしのてがらでも)

その治療ながら湯本に隠れていたんだそうです。これはわたくしの手柄でも

(なんでもない、ふいのひろいものでした。えどへかえってから、こもりいちのすけという)

なんでもない、不意の拾い物でした。江戸へ帰ってから、小森市之助という

(さむらいはわたくしのところへれいながらたずねてくれましたから、そのはなしをして)

侍はわたくしのところへ礼ながら尋ねてくれましたから、その話をして

(きかせると、たいそうよろこんでいました。なんでもそのいちのすけというひとは、)

聞かせると、大層よろこんでいました。なんでもその市之助という人は、

(ごいっしんのときに、おうしゅうのしらかわあたりでうちじにをしたとかいうことですが、)

御維新のときに、奥州の白河あたりで討死にをしたとかいうことですが、

(おだわらのやどやでつめたいはらをきるよりも、いくとしかいきのびてはなばなしく)

小田原の宿屋で冷たい腹を切るよりも、幾年か生きのびて花々しく

(うちじにしたほうがましでしたろう」)

討死にした方がましでしたろう」

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