半七捕物帳 筆屋の娘3

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ

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問題文

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(「おれのかんがえじゃあどうもいもうとらしくねえな。ほかのやつがなにかさいくを)

「おれの考えじゃあどうも妹らしくねえな。ほかの奴が何か細工を

(したんじゃあねえか」 「そうでしょうか」と、げんじはすこしふへいらしいかおを)

したんじゃあねえか」 「そうでしょうか」と、源次は少し不平らしい顔を

(していた。「そんならとうざんどうではなぜそれをおもてむきにしねえで、)

していた。「そんなら東山堂ではなぜそれを表向きにしねえで、

(おんみつにかたづけてしまおうとしたのでしょう。それがおかしいじゃありませんか。)

隠密に片付けてしまおうとしたのでしょう。それがおかしいじゃありませんか。

(わっしのかんていじゃあ、おやたちもうすうすそれをきづいているが、おもてむきにすりゃあ)

わっしの鑑定じゃあ、親達も薄々それを気付いているが、表向きにすりゃあ

(いもうとのくびになわがつく。かんばんむすめがいちどにふたりもなくなって、おまけにみせから)

妹の首に縄がつく。看板娘が一度に二人も無くなって、おまけに店から

(ひきまわしがでちゃあ、もうこのとちでしょうばいをしちゃあいられねえ。)

引き廻しが出ちゃあ、もうこの土地で商売をしちゃあいられねえ。

(そこをかんがえて、もうしんだものはしかたがねえとあきらめて、とがにんをださねえように)

そこを考えて、もう死んだものは仕方がねえと諦めて、科人を出さねえように

(そっとかたづけようとしたんだろうとおもいます」)

そっと片付けようとしたんだろうと思います」

(「それもりくつだ。じゃあ、ともかくもおめえはいもうとのほうをねんいりに)

「それも理窟だ。じゃあ、ともかくもおめえは妹の方を念入りに

(しらべあげてくれ。おれはまた、べつのほうがくへてをいれてみるから」)

調べ上げてくれ。おれは又、別の方角へ手を入れて見るから」

(「ようごぜえます」)

「ようごぜえます」

(ふたりはやくそくしてわかれた。そのあくるあさ、はんしちがあさめしをくって、これからもういちど)

二人は約束して別れた。その明くる朝、半七が朝飯を食って、これからもう一度

(したやへいってみようかとおもっているところへ、げんじがあせをふきながら)

下谷へ行ってみようかと思っているところへ、源次が汗を拭きながら

(かけこんできた。)

駈け込んで来た。

(「おやぶん、あやまりました。わっしはまるでけんとうちがいをしていました。)

「親分、あやまりました。わっしはまるで見当違いをしていました。

(なめふでのむすめは、じぶんでどくをくったんですよ」 「どうしてわかった」)

舐め筆の娘は、自分で毒を食ったんですよ」 「どうして判った」

(「こういうわけです。あのみせからご、ろっけんさきのころもやのすじむこうに)

「こういう訳です。あの店から五、六軒先の法衣屋の筋向こうに

(とくほうじというてらがあります。そこのなっしょあがりにぜんしゅうというわかいぼうずがいる。)

徳法寺という寺があります。そこの納所あがりに善周という若い坊主がいる。

(むすめのしんだあくるあさにやっぱりとんししたんだそうで・・・・・・。それがおなじように)

娘の死んだ明くる朝にやっぱり頓死したんだそうで……。それが同じように

など

(とけつして、なにかどくをくったにそういないということがけさになって)

吐血して、なにか毒を食ったに相違ないということが今朝になって

(はじめてわかりました。そのぜんしゅうというのはいろのこじろいやつで、なんでもふだんから)

初めて判りました。その善周というのは色の小白い奴で、なんでもふだんから

(ふでやのむすめたちとこころやすくして、まいにちのようにとうざんどうのみせにこしをかけていたと)

筆屋の娘たちと心安くして、毎日のように東山堂の店に腰をかけていたと

(いいますから、いつのまにかあねむすめとおかしくなっていて、ふたりがいいあわせて)

云いますから、いつの間にか姉娘とおかしくなっていて、二人が云いあわせて

(どくをのんだのだろうとおもいます。なにしろあいてがぼうずじゃあ、とても)

毒を飲んだのだろうと思います。なにしろ相手が坊主じゃあ、とても

(いっしょにはなれませんからね」 「すると、しんじゅうだな」)

一緒にはなれませんからね」 「すると、心中だな」

(「つまりそういうりくつになるんですね。おとことおんなとがぶたいをかえて、)

「つまりそういう理窟になるんですね。男と女とが舞台を変えて、

(べつべつにどくをのんで、なむあみだぶつをきめたんでしょう。そうなると、)

別々に毒をのんで、南無阿弥陀仏を極めたんでしょう。そうなると、

(もうてのつけようがありませんね」と、げんじはがっかりしたようにいった。)

もう手の着けようがありませんね」と、源次はがっかりしたように云った。

(わかいそうとふでやのむすめとがしたしくなっても、おとこがころもをまとっているみのうえでは)

若い僧と筆屋の娘とが親しくなっても、男が法衣をまとっている身の上では

(とてもおもてむきにそいとげられるまとはない。おとこからいいだしたか、)

とても表向きに添い遂げられる的はない。男から云い出したか、

(おんなからすすめたか、ともかくもしんじゅうのやくそくがなりたって、ふたりがわかれわかれの)

女から勧めたか、ともかくも心中の約束が成り立って、二人が分かれ分かれの

(ばしょでどくをのんだ。それはありそうなことである。ふたりがおなじばしょで)

場所で毒を飲んだ。それは有りそうなことである。二人がおなじ場所で

(しななかったのは、おとこのみぶんをはばかったからであろう。そうりょのみぶんで)

死ななかったのは、男の身分を憚ったからであろう。僧侶の身分で

(おんなとしんじゅうしたとうたわれては、じぶんのしごのはじばかりでなく、ひいては)

女と心中したと謳われては、自分の死後の恥ばかりでなく、ひいては

(しのぼうにもめいわくをかけ、てらのなまえにもきずがつく。はかいのわかそうもさすがに)

師の坊にも迷惑をかけ、寺の名前にも疵が付く。破戒の若僧もさすがに

(それをけねんして、ふたりはしにばしょをかえたのであろう。)

それを懸念して、ふたりは死に場所を変えたのであろう。

(こうせんじつめてゆくと、ふたりがほんもうどおりにしんでしまったいじょう、)

こう煎じつめてゆくと、二人が本望通りに死んでしまった以上、

(ほかにせんぎのつるはのこらないはずである。げんじがらくたんするのもむりはなかった。)

ほかに詮議の蔓は残らない筈である。源次が落胆するのも無理はなかった。

(「そこで、そのぼうずにはべつにかきおきもなかったらしいか」と、はんしちはきいた。)

「そこで、その坊主には別に書置きもなかったらしいか」と、半七は訊いた。

(「そんなはなしはべつにききませんでした。あとがめんどうだとおもって、)

「そんな話は別に聞きませんでした。あとが面倒だと思って、

(なんにもかいておかなかったんでしょう」)

なんにも書いて置かなかったんでしょう」

(「そうかもしれねえ。それからいもうとのほうにはべつにかわったはなしはねえのか」)

「そうかも知れねえ。それから妹の方には別に変った話はねえのか」

(「いもうとはせんげつごろからよめにいくそうだんがあるんだそうです。うまみちのじょうしゅうやという)

「妹は先月頃から嫁に行く相談があるんだそうです。馬道の上州屋という

(しちやのむすこがひどくいもうとのほうにほれこんでしまって、さんびゃくりょうのしたくきんで)

質屋の息子がひどく妹の方に惚れ込んでしまって、三百両の支度金で

(ぜひよめにもらいたいと、しきりにいいこんできているんです。さんびゃくりょうのかねも)

ぜひ嫁に貰いたいと、しきりに云い込んで来ているんです。三百両の金も

(ほしいがかんばんむすめをつれていかれるのもこまる。いたしかゆしというわけで、)

ほしいが看板娘を連れて行かれるのも困る。痛し痒しというわけで、

(おやたちもまだまよっているうちに、むことりのあねのほうがこんなことに)

親達もまだ迷っているうちに、婿取りの姉の方がこんなことに

(なってしまったから、いもうとをよそへやるというわけにはいきますめえ。)

なってしまったから、妹をよそへやるという訳には行きますめえ。

(どうなりますかね」 「いもうとにはないしょのおとこなんぞなかったのか」と、)

どうなりますかね」 「妹には内証の情夫なんぞ無かったのか」と、

(はんしちはまたきいた。 「さあ、そいつはわかりませんね。そこまではまだ)

半七は又訊いた。 「さあ、そいつは判りませんね。そこまではまだ

(てがとどきませんでしたが・・・・・・」と、げんじはあたまをかいた。)

手が達きませんでしたが……」と、源次は頭を掻いた。

(「めんどうでも、それをもういちどよくつきとめてくれ」)

「面倒でも、それをもう一度よく突き留めてくれ」

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