半七捕物帳 勘平の死3

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第三話
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1 りく 5581 A 5.7 97.4% 365.7 2095 54 31 2024/10/08

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問題文

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(こんどのきょうげんはちゅうしんぐらのさんだんめ、よだんめ、ごだんめ、ろくだんめ、くだんめのいつまくで、)

今度の狂言は忠臣蔵の三段目、四段目、五段目、六段目、九段目の五幕で、

(いずみやのそうりょうむすこのかくたろうがはやのかんぺいをつとめることになった。)

和泉屋の総領息子の角太郎が早野勘平を勤めることになった。

(かくたろうはことしじゅうくのきゃしゃなおとこで、ふだんからきんじょのわかいむすめたちには)

角太郎はことし十九の華奢な男で、ふだんから近所の若い娘たちには

(やくしゃのようだなどとうわさされていた。わかだんなのかんぺいははまりやくだと、)

役者のようだなどと噂されていた。若旦那の勘平は嵌り役だと、

(けんぶつのひとたちにもきたいされた。)

見物の人たちにも期待された。

(ぶたいではけんかばからやまざきかいどうまでのみまくをとどこおりなくえんじおわって、)

舞台では喧嘩場から山崎街道までの三幕をとどこおりなく演じ終わって、

(ろくだんめのまくをあけたのはふゆのよるのいつつ(ごごはちじ)すぎであった。)

六段目の幕をあけたのは冬の夜の五ツ(午後八時)過ぎであった。

(いくぶんはおついしょうもまじっているであろうが、わかだんなのかんぺいを)

幾分はお追従もまじっているであろうが、若旦那の勘平を

(ぜひはいけんしたいというので、このまえのまくがあくころからおくればせのけんぶつにんが)

ぜひ拝見したいというので、この前の幕があく頃から遅れ馳せの見物人が

(だんだんにつめかけてきた。しょくだいやひばちのおきどころもないほどに)

だんだんに詰めかけて来た。燭台や火鉢の置き所もないほどに

(ぎっしりおしつめられたけんぶつせきには、おんなのおしろいやあぶらのにおいがむせるように)

ぎっしり押し詰められた見物席には、女の白粉や油の匂いが咽せるように

(よどんでいた。たばこのけむりもうずをまいてみなぎっていた。おとこやおんなのわらいごえが)

よどんでいた。煙草のけむりも渦をまいてみなぎっていた。男や女の笑い声が

(そとまでもれて、しわすのおうらいのひとのあしをとめさせるほどはなやかにきこえた。)

外まで洩れて、師走の往来の人の足を停めさせるほど華やかにきこえた。

(しかしこのかんらくのさざめきはたちまちあいしゅうのなみだにかわった。かくたろうのかんぺいがはらをきると)

併しこの歓楽のさざめきは忽ち哀愁の涙に変った。角太郎の勘平が腹を切ると

(なまなましいちしおがかれのいしょうをまっかにそめた。それはよういののりべにではなかった。)

生々しい血潮が彼の衣裳を真っ赤に染めた。それは用意の糊紅ではなかった。

(くつうのひょうじょうがすごいほどにしんにせまっているのをきょうたんしていたけんぶつは、)

苦痛の表情が凄いほどに真に迫っているのを驚嘆していた見物は、

(かれがせりふをいいきらぬうちにぶたいにがっくりたおれたのをみて、)

かれが台詞を云いきらぬうちに舞台にがっくり倒れたのを見て、

(さらにおどろいてさわいだ。かんぺいのかたなはぶたいでもちいるかながいばりとおもいのほか、)

更におどろいて騒いだ。勘平の刀は舞台で用いる金貝張りと思いのほか、

(さやにはほんみのかたながはいっていたので、かくたろうのせっぷくはしばいではなかった。)

鞘には本身の刀がはいっていたので、角太郎の切腹は芝居ではなかった。

(むちゅうでちからいっぱいつきたてたかたなのきっさきは、ほんとうにかれのわきばらをふかく)

夢中で力一ぱい突き立てた刀の切っ先は、ほんとうに彼の脇腹を深く

など

(つらぬいたのであった。くるしんでいるやくしゃはすぐにがくやへかつぎこまれた。)

貫いたのであった。苦しんでいる役者はすぐに楽屋へ担ぎ込まれた。

(もうしばいどころのさたではない。おどろきとおそれとのうちにこんやの)

もう芝居どころの沙汰ではない。驚きと怖れとのうちに今夜の

(としわすれのえんかいはくずれてしまった。)

年忘れの宴会はくずれてしまった。

(かくたろうはぶたいのかおをそのままでいしゃのてあてをうけた。あおじろくつくったかおは)

角太郎は舞台の顔をそのままで医者の手当てをうけた。蒼白く粧った顔は

(さらにあおくなった。おびただしくしゅっけつしたきずぐちはすぐにいくはりもぬわれたが、)

更に蒼くなった。おびただしく出血した傷口はすぐに幾針も縫われたが、

(そのけいかはおもわしくなかった。かくたろうはそれからふつかふたばんくるしみとおして、)

その経過は思わしくなかった。角太郎はそれから二日二晩苦しみ通して、

(にじゅういちにちのよなかにもがきじにのむごたらしいおわりをとげた。)

二十一日の夜なかに悶き死のむごたらしい終りを遂げた。

(そのとむらいはにじゅうさんにちのひるすぎにいずみやのみせをでた。)

その葬式は二十三日の午すぎに和泉屋の店を出た。

(きょうはそのよくじつである。)

きょうはその翌日である。

(しかしこのもじきよといずみやとのあいだに、どんなかんけいがむすびつけられて)

併しこの文字清と和泉屋とのあいだに、どんな関係が結び付けられて

(いるのか、それははんしちにもそうぞうがつかなかった。)

いるのか、それは半七にも想像が付かなかった。

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