半七捕物帳 槍突き9
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問題文
(「きのどくだが、しがいをそのかごにのせてくれ」)
「気の毒だが、死骸をその駕籠に乗せてくれ」
(しがいをはこばせて、かたのとおりにけんしをうけると、おんなはりょうごくのならびぢゃやのおんなで)
死骸を運ばせて、型の通りに検視をうけると、女は両国の列び茶屋の女で
(おあきというものとわかった。むねのきずはやはりやりでつかれたものであった。)
お秋というものと判った。胸の疵はやはり槍で突かれたものであった。
(「またやりつきか」と、けんしのやくにんはいった。せけんのものもそうみとめて、)
「また槍突きか」と、検視の役人は云った。世間の者もそう認めて、
(おあきのしがいはそのままひきわたされた。しかししちべえにはそうらしく)
お秋の死骸はそのまま引き渡された。併し七兵衛にはそうらしく
(おもわれなかった。これまでのてぐちからかんがえても、またじぶんのけいけんからかんがえても、)
思われなかった。これまでの手口から考えても、また自分の経験から考えても、
(やりつきのくせものはえのながいやりでえんぽうからつくのである。おんなをだきすくめて)
槍突きの曲者は柄の長い槍で遠方から突くのである。女を抱きすくめて
(そのおんなのくちをおさえてむねをつくようなやりくちはいちどもない。これはやりつきの)
其の女の口をおさえて胸を突くような遣り口は一度もない。これは槍突きの
(はやるのをさいわいに、やりのほでおんなをつきころして、これもやりつきのしわざであるらしく)
はやるのを幸いに、槍の穂で女を突き殺して、これも槍突きの仕業であるらしく
(せけんのめをくらますしゅだんにそういないとかんていした。)
世間の眼をくらます手段に相違ないと鑑定した。
(おんなのくちにくわえていたこゆびにあいのいろがしみているのをしょうこに、しちべえは)
女の口にくわえていた小指に藍の色が浸みているのを証拠に、七兵衛は
(こぶんどもにいいつけてこうやのしょくにんをさがさせた。むこうりょうごくのこうやにいる)
子分どもに云いつけて紺屋の職人を探させた。向う両国の紺屋にいる
(ちょうざぶろうということしじゅうくのしょくにんが、すぐにめしとられた。ちょうざぶろうはならびぢゃやのおあきに)
長三郎という今年十九の職人が、すぐに召捕られた。長三郎は列び茶屋のお秋に
(あつくなって、このなつごろからまいばんのようにいりこんでいたが、じぶんよりとししたで、)
熱くなって、この夏頃から毎晩のように入り込んでいたが、自分より年下で、
(しかもきのうきょうのねんきあがりのしょくにんを、おあきはまるであいてにも)
しかもきのう今日の年季あがりの職人を、お秋はまるで相手にも
(しなかったので、かれはひどくしつぼうした。ことにおあきにははまちょうあたりのあるおとこが)
しなかったので、彼はひどく失望した。ことにお秋には浜町辺のある情夫が
(ついているのをしって、としのわかいかれはしっとにみをもやした。)
付いているのを知って、年のわかい彼は嫉妬に身を燃やした。
(そうして、けっきょくおあきをころそうとけっしんしたが、それでもじぶんのいのちは)
そうして、結局お秋を殺そうと決心したが、それでも自分の命は
(おしいとみえて、かれはひとしれずおんなをころしてしまうほうほうをかんがえた。)
惜しいとみえて、かれは人知れず女を殺してしまう方法をかんがえた。
(しちべえのそうぞうどおり、かれはやりのほをかってきて、それをふところにして)
七兵衛の想像通り、かれは槍の穂を買って来て、それをふところにして
(おあきのでいりをつけねらっているうちに、そのよはかのじょがはまちょうのおとこのところへ)
お秋の出入りを付け狙っているうちに、その夜は彼女が浜町の情夫のところへ
(あいにいったのをしったので、かえるとちゅうをまちうけていて、うしろからふいに)
逢いに行ったのを知ったので、帰る途中を待ち受けていて、うしろから不意に
(だきすくめてそのむねをついた。こうしてしまえば、じぶんのつみをかのやりつきに)
抱きすくめてその胸を突いた。こうしてしまえば、自分の罪を彼の槍突きに
(ぬりつけることができるとおもったのであるが、おんなにかみきられたこゆびが)
塗り付けることが出来ると思ったのであるが、女にかみ切られた小指が
(しょうこになって、ひだりこゆびをまいているかれはひとことのいいときもできずに)
証拠になって、左小指をまいている彼はひと言の云い解きも出来ずに
(なわをうけた。)
縄をうけた。
(「とんだおけいぶつだ」と、しちべえはおもった。しかしそのおけいぶつのくちからしちべえは)
「とんだお景物だ」と、七兵衛は思った。しかしそのお景物の口から七兵衛は
(ひとつのてがかりをみつけだした。それはちょうざぶろうのきんじょのももんじいやへときどきに)
一つの手がかりを見つけ出した。それは長三郎の近所の獣肉屋へときどきに
(さるやおおかみをうりにくるこうしゅうあたりのりょうしが、このころもえどへでてきて、はなまちあたりの)
猿や狼を売りにくる甲州辺の猟師が、この頃も江戸へ出て来て、花町辺の
(きちんやどにとまっている。かれはこばくとのすきなおとこで、みずぢゃやばいりのもとでを)
木賃宿に泊っている。かれは小博奕の好きな男で、水茶屋ばいりの資本を
(かせごうとしたちょうざぶろうが、かえってかれにいくたびかまきあげられたという)
稼ごうとした長三郎が、かえって彼に幾たびか巻き上げられたという
(ことであった。)
ことであった。