津軽 序編 太宰治 3

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問題文

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(「わたしがさんねんせいになって、はるのあるあさ、とうこうのみちすがらにしゅでそめたはしの)

「私が三年生になって、春のあるあさ、登校の道すがらに朱で染めた橋の

(まるいらんかんへもたれかかって、わたしはしばらくぼんやりしていた。はしのしたには)

まるい欄干へもたれかかって、私はしばらくぼんやりしていた。橋の下には

(すみだがわににたひろいかわがゆるゆるとながれていた。まったくぼんやりしているけいけんなど、)

隅田川に似た広い川がゆるゆると流れていた。全くぼんやりしている経験など、

(それまでのわたしにはなかったのである。うしろでだれかみているようなきがして、)

それまでの私には無かったのである。後ろで誰か見ているような気がして、

(わたしはいつでもなにかのたいどをつくっていたのである。わたしのいちいちのこまかい)

私はいつでも何かの態度をつくっていたのである。私のいちいちのこまかい

(しぐさにも、かれはとうわくしててのひらをながめた、かれはみみのうらをかきながらつぶやいた、などと)

仕草にも、彼は当惑して掌を眺めた、彼は耳の裏を掻きながら呟いた、などと

(そばからそばからせつめいくをつけていたのであるから、わたしにとって、ふと、とか、)

傍から傍から説明句をつけていたのであるから、私にとって、ふと、とか、

(われしらず、とかいうどうさはありえなかったのである。はしのうえでのほうしんから)

われしらず、とかいう動作はあり得なかったのである。橋の上での放心から

(さめたのち、わたしはさびしさにわくわくした。そんなきもちのときには、わたしもまた、)

覚めたのち、私は寂しさにわくわくした。そんな気持ちのときには、私もまた、

(じぶんのこしかたぎょうまつをかんがえた。はしをかたかたわたりながら、いろんなことをおもいだし)

自分の来しかた行末を考えた。橋をかたかた渡りながら、いろんな事を思い出し

(またむそうした。そして、おしまいにためいきついてこうかんがえた。えらくなれるかしら)

また夢想した。そして、おしまいに溜息ついてこう考えた。えらくなれるかしら

(なにはさておまえはしゅうにすぐれていなければいけないのだ、というきょうはくめいた)

なにはさてお前は衆にすぐれていなければいけないのだ、という脅迫めいた

(かんがえからであったが、じじつわたしはべんきょうしていたのである。さんねんせいになってからは)

考えからであったが、じじつ私は勉強していたのである。三年生になってからは

(いつもくらすのしゅせきであった。てんとりむしといわれずにしゅせきとなることはこんなん)

いつもクラスの首席であった。てんとりむしと言われずに首席となることは困難

(であったが、わたしはそのようなあざけりをうけなかったばかりか、きゅうゆうをてならすじゅつまで)

であったが、私はそのような嘲りを受けなかった許りか、級友を手ならす術まで

(こころえていた。たこというあだなのじゅうどうのしゅしょうさえわたしにはじゅうじゅんであった。きょうしつの)

心得ていた。蛸というあだなの柔道の主将さえ私には従順であった。教室の

(すみにかみくずいれのおおきなつぼがあって、わたしはときたまそれをゆびさして、たこ、つぼへ)

隅に紙屑入の大きな壺があって、私はときたまそれを指さして、蛸、つぼへ

(はいらないかといえば、たこはそのつぼへあたまをいれてわらうのだ。わらいごえがつぼにひびいて)

はいらないかと言えば、蛸はその坪へ頭をいれて笑うのだ。笑い声が壺に響いて

(いようなおとをたてた。くらすのびしょうねんたちもたいていわたしになついていた。わたしがかおの)

異様な音をたてた。クラスの美少年たちもたいてい私になついていた。私が顔の

(ふきでものへ、さんかくけいやろっかくけいやはなのかたちにきったばんそうこうをてんてんとはりちらしても)

吹出物へ、三角形や六角形や花の形に切った絆創膏をてんてんと貼り散らしても

など

(だれもおかしがらなかったほどなのである。 わたしはこのふきでものにはこころをなやまされた)

誰も可笑しがらなかった程なのである。 私はこの吹出物には心をなやまされた

(そのじぶんにはいよいよかずもふえて、まいあさ、めをさますたびにてのひらでかおを)

そのじぶんにはいよいよ数も殖えて、毎朝、眼をさますたびに掌で顔を

(そのありさまをしらべた。いろいろなくすりをかってつけたが、ききめがないのである。)

その有様をしらべた。いろいろな薬を買ってつけたが、ききめがないのである。

(わたしはそれをくすりやへかいにいくときには、かみきれへそのくすりのなをかいて、こんな)

私はそれを薬屋へ買いに行くときには、紙きれへその薬の名を書いて、こんな

(くすりがありますかって、とたにんからたのまれたふうにしていわなければいけなかった)

薬がありますかって、と他人から頼まれたふうにして言わなければいけなかった

(のである。わたしはそのふきでものをよくじょうのしょうちょうとかんがえてめのさきがくらくなるほど)

のである。私はその吹出物を欲情の象徴と考えて眼の先が暗くなるほど

(はずかしかった。いっそしんでやったらとおもうことさえあった。わたしのかおについての)

恥しかった。いっそ死んでやったらと思うことさえあった。私の顔に就いての

(うちのひとたちのふひょうばんもぜっちょうにたっしていた。たけへとついでいたわたしのいちばん)

うちの人たちの不評判も絶頂に達していた。他家へとついでいた私のいちばん

(うえのあねは、おさむのところへはよめにくるひとがあるまい、とまでいっていたそうで)

上の姉は、治のところへは嫁に来るひとがあるまい、とまで言っていたそうで

(ある。わたしはせっせとくすりをつけた。 おとうともわたしのふきでものをしんぱいして、なんべんとなく)

ある。私はせっせと薬をつけた。 弟も私の吹出物を心配して、なんべんとなく

(わたしのかわりにくすりをかいにいってくれた。わたしとおとうととはこどものときからなかがわるくて、)

私の代りに薬を買いに行って呉れた。私と弟とは子供のときから仲がわるくて、

(おとうとがちゅうがくへじゅけんするおりにも、わたしはかれのしっぱいをねがったほどであったけれど、)

弟が中学へ受験する折にも、私は彼の失敗を願ったほどであったけれど、

(こうしてふたりでこきょうからはなれてみると、わたしにもおとうとのよいきしつがだんだんわかって)

こうしてふたりで故郷から離れて見ると、私にも弟のよい気質がだんだん判って

(きたのである。おとうとはおおきくなるにつれてむくちでうちきになっていた。わたしたちの)

来たのである。弟は大きくなるにつれて無口で内気になっていた。私たちの

(どうじんざっしにもときどきしょうひんぶんをだしていたが、みんなきのよわよわしたぶんしょうであった)

同人雑誌にもときどき小品文を出していたが、みんな気の弱々した文章であった

(わたしにくらべてがっこうのせいせきがよくないのをたえずくにしていて、わたしがなぐさめでも)

私にくらべて学校の成績がよくないのを絶えず苦にしていて、私がなぐさめでも

(するとかえってふきげんになった。また、じぶんのひたいのはえぎわがふじのかたちに)

するとかえって不機嫌になった。また、自分の額の生え際が富士のかたちに

(なっておんなみたいなのをいまいましがっていた。ひたいがせまいからかおがこんなに)

なって女みたいなのをいまいましがっていた。額がせまいから顔がこんなに

(わるいのだとかたくしんじていたのである。わたしはこのおとうとにだけはなにもかもゆるした。)

悪いのだと固く信じていたのである。私はこの弟にだけはなにもかも許した。

(わたしはそのころ、ひととたいするときには、みんなおしかくしてしまうか、)

私はその頃、人と対するときには、みんな押し隠して了うか、

(みんなさらけだしてしまうか、どちらかであったのである。わたしたちはなんでも)

みんなさらけ出して了うか、どちらかであったのである。私たちはなんでも

(うちあけてはなした。 あきのはじめのあるつきのないよるに、わたしたちはみなとのさんばしへ)

打ち明けて話した。 秋のはじめの或る月のない夜に、私たちは皆との桟橋へ

(でて、かいきょうをわたってくるいいかぜにはたはたとふかれながらあかいいとについて)

出て、海峡を渡ってくるいい風にはたはたと吹かれながら赤い糸について

(はなしあった。それはいつかがっこうのこくごのきょうしがじゅぎょうちゅうにせいとへかたってきかせたこと)

話合った。それはいつか学校の国語の教師が授業中に生徒へ語って聞かせたこと

(であって、わたしたちのみぎあしのこゆびにめにみえぬあかいいとがむすばれていて、)

であって、私たちの右足の小指に目に見えぬ赤い糸がむすばれていて、

(それがするするとながくのびていっぽうのはしがきっとあるおんなのこのおなじあしゆびにむすび)

それがするすると長く伸びて一方の端がきっと或る女の子のおなじ足指に結び

(つけられているのである。ふたりがどんなにはなれていてもそのいとはきれない、)

つけられているのである。ふたりがどんなに離れていてもその糸は切れない、

(どんなにちかづいても、たといおうらいであっても、そのいとはこんぐらかることがない)

どんなに近づいても、たとい往来で逢っても、その糸はこんぐらかることがない

(そうしてわたしたちはそのおんなのこをよめにもらうことにきまっているのである。わたしは)

そうして私たちはその女の子を嫁にもらうことにきまっているのである。私は

(このはなしをはじめてきいたときには、かなりこうふんして、うちへかえってからもすぐ)

この話をはじめて訊いたときには、かなり興奮して、うちへ帰ってからもすぐ

(おとうとにものがたってやったほどであった。わたしたちはそのよるも、なみのおとや、かもめのこえに)

弟に物語ってやったほどであった。私たちはその夜も、波の音や、かもめの声に

(みみかたむけつつ、そのはなしをした。おまえのわいふはいまごろどうしてるべなあ、と)

耳傾けつつ、その話をした。お前のワイフは今ごろどうしてるべなあ、と

(おとうとにきいたら、おとうとはさんばしのらんかんをにさんどりょうてでゆりうごかしてから、)

弟に聞いたら、弟は桟橋のらんかんを二三度両手でゆりうごかしてから、

(にわあるいてる、ときまりわるげにいった。おおきいにわげたをはいて、うちわをもって、)

庭あるいてる、ときまり悪げに言った。大きい庭下駄をはいて、団扇を持って、

(つきみそうをながめているしょうじょは、いかにもおとうととにつかわしくおもわれた。わたしのをかたるばん)

月見草を眺めている少女は、いかにも弟と似つかわしく思われた。私のを語る番

(であったが、わたしはまくらいうみにめをやったまま、あかいおびしめての、とだけいって)

であったが、私は真暗い海に眼をやったまま、赤い帯しめての、とだけ言って

(くちをつぐんだ。かいきょうをわたってくるれんらくせんが、おおきいやどやみたいにたくさんの)

口を噤んだ。海峡を渡って来る連絡船が、大きい宿屋みたいにたくさんの

(へやべやへきいろいあかりをともして、ゆらゆらとすいへいせんからうかんででた」)

部屋部屋へ黄色いあかりをともして、ゆらゆらと水平線から浮んで出た」

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