緋のエチュード 29
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問題文
(こころをかきたてられるようなぼうけんがあれば、)
心を掻き立てられるような冒険があれば、
(じぇふぁーそんほーぷはそれをさがしにでかけていった。)
ジェファーソン・ホープはそれを探しに出かけていった。
(ろうのうふはかれをすぐにきにいり、そのゆうきをほめたたえた。こういうとき、)
老農夫は彼をすぐに気に入り、その勇気を褒め称えた。こういう時、
(るーしーはくちをはさまなかった。)
ルーシーは口を挟まなかった。
(ただあからんだほおとかがやくしあわせそうなめによって、)
ただ赤らんだ頬と輝く幸せそうな目によって、
(かのじょのわかいこころはもうひとりだけのものでないことを)
彼女の若い心はもう一人だけのものでない事を
(はっきりとつたえるだけだった。)
はっきりと伝えるだけだった。
(じっちょくなちちはこういうきざしをみおとしたかもしれない。)
実直な父はこういう兆しを見落としたかもしれない。
(しかしかのじょのかんしんをかちとったおとこが、それをみのがすはずはなかった。)
しかし彼女の関心を勝ち取った男が、それを見逃すはずはなかった。
(あるなつのゆうぐれ、かれはうまをぜんそくりょくではしらせてやってきて、)
ある夏の夕暮れ、彼は馬を全速力で走らせてやって来て、
(もんのところでとまった。とぐちにいたるーしーはかれにあいにでてきた。)
門のところで止まった。戸口にいたルーシーは彼に会いに出てきた。
(かれはたづなをさくのむこうになげ、おおまたでこみちをあがってきた。)
彼は手綱を柵の向こうに投げ、大股で小道を上がってきた。
(「おれはいく、るーしー」かれはりょうてをにぎっていった。)
「俺は行く、ルーシー」彼は両手を握って言った。
(そしてやさしくかおをのぞきこんだ。「いまいっしょにきてくれとはたのまない。)
そして優しく顔を覗き込んだ。「今一緒に来てくれとは頼まない。
(しかしもういちどもどってきたときにこれるように)
しかしもう一度戻ってきた時に来れるように
(じゅんびしておいてくれるかい?」)
準備しておいてくれるかい?」
(「それはいつのことなの?」かのじょはかおをあかくしてわらいながらたずねた。)
「それはいつのことなの?」彼女は顔を赤くして笑いながら尋ねた。
(「にかげつまちをはなれる。それからもどってきてきみをつれていく。)
「二ヶ月街を離れる。それから戻ってきて君を連れて行く。
(おれたちふたりをじゃまするものはだれもいない」)
俺達二人を邪魔するものは誰もいない」
(「おとうさんはどうなるの?」かのじょはたずねた。)
「お父さんはどうなるの?」彼女は尋ねた。
(「このこうざんのしごとがうまくいくというじょうけんで、)
「この鉱山の仕事が上手く行くという条件で、
(おとうさんはどういしてくれた。おれはそのことはしんぱいしていない」)
お父さんは同意してくれた。俺はその事は心配していない」
(「そうなの。もちろん、おとうさんとあなたがなっとくしていれば、)
「そうなの。もちろん、お父さんとあなたが納得していれば、
(もうなにもいうことはないわ」かのじょはかれのひろいむねにほおをよせ、)
もう何も言う事はないわ」彼女は彼の広い胸に頬を寄せ、
(ちいさなこえでつぶやいた。)
小さな声でつぶやいた。
(「ありがとう!」かれはかすれたこえでいうと、おおいかぶさってきすした。)
「ありがとう!」彼はかすれた声で言うと、覆い被さってキスした。
(「ではこれできまった。ここにながくいればいるほど、)
「ではこれで決まった。ここに長くいればいるほど、
(いくのがつらくなる。たにでなかまがまっている。さようなら。さいあいのひとよ、)
行くのが辛くなる。谷で仲間が待っている。さようなら。最愛の人よ、
(さようなら。にかげつたったらまたあえる」)
さようなら。二ヶ月経ったらまた会える」
(はなしながらかれはからだをはなして、うまにひらりとまたがり、)
話しながら彼は体を離して、馬にひらりとまたがり、
(あたりをみまわすこともなくもうれつにうまをかってさっていった。あたかも、)
あたりを見回すこともなく猛烈に馬を駆って去って行った。あたかも、
(あとにしたばしょをほんのすこしでもふりかえれば、)
後にした場所をほんの少しでも振り返れば、
(けついがにぶるとおそれているようだった。かのじょはもんのところにたったまま、)
決意が鈍ると恐れているようだった。彼女は門のところに立ったまま、
(かれがしかいからきえるまでじっとみおくっていた。)
彼が視界から消えるまでじっと見送っていた。
(かのじょはそのあといえのなかにもどった。ゆたでいちばんしあわせなおんなだった。)
彼女はそのあと家の中に戻った。ユタで一番幸せな女だった。
(だいさんしょうじょんふぇりあーとよげんしゃのたいだん)
第三章 ジョン・フェリアーと預言者の対談
(じぇふぁーそんほーぷとかれのなかまが)
ジェファーソン・ホープと彼の仲間が
(そるとれいくしてぃをしゅっぱつしてからさんしゅうかんがすぎた。)
ソルトレイクシティを出発してから三週間が過ぎた。
(あのせいねんがかえってきてむすめをうばわれるひがせまってくるとかんがえると)
あの青年が帰って来て娘を奪われる日が迫って来ると考えると
(じょんふぇりあーのこころはいたんだ。しかしむすめのあかるくしあわせそうなかおは、)
ジョン・フェリアーの心は痛んだ。しかし娘の明るく幸せそうな顔は、
(どんなせっとくにもましてきょうりょくで、あきらめるほかなかった。)
どんな説得にも増して強力で、諦めるほかなかった。
(かれはずっとこころのおくふかくで、だれになにをいわれても、)
彼はずっと心の奥深くで、誰に何を言われても、
(けっしてむすめともるもんきょうとのけっこんをゆるさないと、かたくけついしていた。)
決して娘とモルモン教徒の結婚を許さないと、堅く決意していた。
(かれは、そんなけっこんはまったくけっこんとみなしていなかった。)
彼は、そんな結婚は全く結婚とみなしていなかった。
(それははじとふめいよいがいのなにものでもない。)
それは恥と不名誉以外の何物でもない。
(かれがそれいがいのもるもんきょうのきょうぎについてどうかんがえていたにしても、)
彼がそれ以外のモルモン教の教義についてどう考えていたにしても、
(このいってんにかんしてはゆずらなかった。)
この一点に関しては譲らなかった。
(しかしこれをこうがいすることはできなかった。きんねんでは、)
しかしこれを口外する事はできなかった。近年では、
(このせいじゃのちでひせいとうてきないけんをかたるのはきけんなことだった。)
この聖者の地で非正統的な意見を語るのは危険な事だった。
(そう、きけんなことだ、・・・・・あまりにもきけんだったので、)
そう、危険な事だ、・・・・・あまりにも危険だったので、
(もっともこうとくなにんげんでも、しゅうきょうじょうのいけんをひょうめいすれば、)
最も高徳な人間でも、宗教上の意見を表明すれば、
(そのことばがごかいされてじんそくなちょうばつをうけかねなかったので、)
その言葉が誤解されて迅速な懲罰を受けかねなかったので、
(こえをひそめてささやくのがせいいっぱいだった。)
声を潜めてささやくのが精一杯だった。
(はくがいのひがいしゃだったきょうとたちは、)
迫害の被害者だった教徒たちは、
(いまやじぶんたちのきじゅんではくがいするたちばへとかわった。それも、)
今や自分たちの基準で迫害する立場へと変わった。それも、
(もっともおそろしいしゅるいのはくがいしゃになったのである。)
最も恐ろしい種類の迫害者になったのである。
(せびりあのしゅうきょうさいばんじょでも、どいつのふぇーめさいばんしょでも、)
セビリアの宗教裁判所でも、ドイツのフェーメ裁判所でも、
(いたりあのひみつけっしゃでも、)
イタリアの秘密結社でも、
(ゆたしゅうをおおうあんうんいじょうにおそろしいそしきを)
ユタ州を覆う暗雲以上に恐ろしい組織を
(きのうさせることはけっしてできなかった。)
機能させることは決してできなかった。
(このそしきがにじゅうにおそろしいのは、)
この組織が二重に恐ろしいのは、
(ふかしせいとしんぴせいをともなっていたことだ。)
不可視性と神秘性を伴なっていたことだ。
(それはまるでぜんちぜんのうのようにおもえるのに、めにもふれず、)
それはまるで全知全能のように思えるのに、目にも触れず、
(みみにもきこえなかった。きょうかいにたてつくおとこはきえた。)
耳にも聞こえなかった。教会にたてつく男は消えた。
(そしてかれがそこをたちさったのか、あるいはなにかがおこったのか、)
そして彼がそこを立ち去ったのか、あるいは何かが起こったのか、
(だれもしるものはない。つまとこどもたちはかれをいえでまっていた。)
誰も知る者はない。妻と子供達は彼を家で待っていた。
(しかしこのひみつさいばんのてによって、どのようなたいかをしはらわされたか、)
しかしこの秘密裁判の手によって、どのような対価を支払わされたか、
(もどってきてかたるちちはいなかった。たんきなことばやせいきゅうなこういには、)
戻ってきて語る父はいなかった。短気な言葉や性急な行為には、
(つづいてはめつがおとずれた。しかしかれらのうえにたれこめている、)
続いて破滅が訪れた。しかし彼らの上に垂れ込めている、
(このおそるべきけんりょくのしょうたいがどんなものか、だれもしらなかった。)
この恐るべき権力の正体がどんなものか、誰も知らなかった。
(ひとびとがおそれ、ふるえあがってこのうわさがぱっとひろまり、)
人々が恐れ、震え上がってこの噂がぱっと広まり、
(たとえこうやのまんなかであっても、)
たとえ荒野の真中であっても、
(はくがいそしきにたいするぎねんをあえてくちにしなかったのも)
迫害組織に対する疑念をあえて口にしなかったのも
(むりのないことだった。)
無理のないことだった。
(とうしょ、このぼんやりとしたおそるべきちからは、ただ、)
当初、このぼんやりとした恐るべき力は、ただ、
(もるもんのしんこうをほうじたあと、それをすてたりべつのみちにいこうとする、)
モルモンの信仰を奉じた後、それを捨てたり別の道に行こうとする、
(はんこうてきなにんげんにのみむけられた。しかしすぐに、はんいがかくだいした。)
反抗的な人間にのみ向けられた。しかしすぐに、範囲が拡大した。
(せいじんじょせいのきょうきゅうがふそくしはじめていた。)
成人女性の供給が不足し始めていた。
(たよりとするじょせいのじんこうがえられないいっぷたさいは、)
頼りとする女性の人口が得られない一夫多妻は、
(じっさいはふもうのきょうぎだった。きみょうなうわさがながれはじめた・・・)
実際は不毛の教義だった。奇妙な噂が流れ始めた・・・・
(これまでいんでぃあんがもくげきされたことのないばしょで、)
これまでインディアンが目撃されたことのない場所で、
(にゅうしょくしゃがころされたりやえいちがじゅうげきされた・・・)
入植者が殺されたり野営地が銃撃された・・・・
(ちょうろうたちのはーれむにあたらしいおんなたちがあらわれた・・・)
長老たちのハーレムに新しい女たちが現われた・・・・
(なきやつれたじょせいたちのかおには)
泣きやつれた女性たちの顔には
(ぬぐいされないきょうふのこんせきがのこっていた・・・。)
拭い去れない恐怖の痕跡が残っていた・・・・。
(さんがくちたいでひがくれたたびびとは、ぶそうしてますくをかぶり、)
山岳地帯で日が暮れた旅人は、武装してマスクを被り、
(こそこそとおともなく、やみのなかをすばやくとおりすぎたいちだんのことをかたった。)
コソコソと音もなく、闇の中を素早く通り過ぎた一団のことを語った。
(こういううわさは、たんなるうわさではなく、)
こういう噂は、単なる噂ではなく、
(じったいとかたちをもっていることがなんどもなんどもうらづけられ、)
実体と形を持っていることが何度も何度も裏付けられ、
(やがてぐたいてきななまえをかくとくした。このとうじ、ひとざとはなれたせいぶのぼくじょうで、)
やがて具体的な名前を獲得した。この当時、人里離れた西部の牧場で、
(そのじゃあくでふきつなものは、だないとだん、)
その邪悪で不吉なものは、ダナイト団、
(または、ふくしゅうのてんしたち、となづけられていた。)
または、復讐の天使達、と名づけられていた。
(これほどおそろしいけっかをもたらすとうわさされる)
これほど恐ろしい結果をもたらすと噂される
(そしきのでんぶんがふえることは、)
組織の伝聞が増えることは、
(ひとのこころにうまれるきょうふをへらすよりもふやすはたらきをした。)
人の心に生まれる恐怖を減らすよりも増やす働きをした。
(このひじょうなしゅうだんにだれがぞくしているのか、しるひとはなかった。)
この非情な集団に誰が属しているのか、知る人はなかった。
(しんこうのなのもとにさつじんやぼうりょくをおこなうこうせいいんのなまえは、)
信仰の名のもとに殺人や暴力を行う構成員の名前は、
(かたくひみつにされていた。よげんしゃやかれのしめいにかんして、)
堅く秘密にされていた。預言者や彼の使命に関して、
(ひじょうにしたしいゆうじんにふしんをもらしたら、)
非常に親しい友人に不信を漏らしたら、
(そのうちのひとりがたいまつとけんをもってもうれつなつぐないをせまるため、)
そのうちの一人がたいまつと剣を持って猛烈な償いを迫るため、