半七捕物帳 朝顔屋敷11(終)

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第11話

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問題文

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(おんなのあさいちえとちゅうごしょうのこさいかくとがひとつになって、くみあげられたのが)

女の浅い知恵と中小姓の小才覚とが一つになって、組み上げられたのが

(こんかいのきょうげんであった。またぞうもこのじけんにはかんけいがあるので、)

今回の狂言であった。又蔵もこの事件には関係があるので、

(いやおうなしにだきこまれた。おとなしいだいざぶろうにはよくいんがをいいふくめて、)

否応なしに抱き込まれた。おとなしい大三郎にはよく因果を云い含めて、

(とちゅうからそっとひっかえしてきて、よのあけないうちにへいすけのながやへ)

途中からそっと引っ返して来て、夜のあけないうちに平助の長屋へ

(つれこんだのである。そうしていいころをみはからってふたたびだいざぶろうを)

連れ込んだのである。そうして好い頃を見計らって再び大三郎を

(ひっぱりだして、れいのかみかくしといつわってないがいのめをくらまそうという)

引っ張り出して、例の神隠しといつわって内外の眼を晦(くら)まそうという

(こんたんであった。そのひみつのしごとをうけおったふたりにたいして、)

魂胆であった。その秘密の仕事を請け負った二人に対して、

(おくさまのてもとからは25りょうのかねづつみがさがったのであるが、)

奥様の手もとからは二十五両の金包みが下がったのであるが、

(こうかつなへいすけはまずそのうちから15りょうをてんびきにしてしまって、)

狡猾な平助はまずそのうちから十五両を天引きにしてしまって、

(のこりの10りょうをまたぞうとふたりでやまわけにしたのであった。)

残りの十両を又蔵と二人で山分けにしたのであった。

(「これだけのしおきをさしておいて、ふたりあたまに10りょうはひどい」と、)

「これだけの仕置をさしておいて、二人あたまに十両はひどい」と、

(またぞうはふへいらしくいった。)

又蔵は不平らしく云った。

(「でもしかたがねえ。おおねはきさまからおこったことだ」と、)

「でも仕方がねえ。大根(おおね)は貴様から起ったことだ」と、

(へいすけはなだめた。)

平助はなだめた。

(それでもまたぞうはへいすけのちゃくふくをうすうすさっしているので、いろいろの)

それでも又蔵は平助の着服をうすうす察しているので、いろいろの

(こうじつをつくってあとねだりをしたが、かれよりもやくしゃがいちまいうえであるだけに、)

口実を作って後ねだりをしたが、彼よりも役者が一枚上であるだけに、

(へいすけははねつけてとりあわなかった。またぞうはいまいましいのと、)

平助は刎(は)ね付けて取り合わなかった。又蔵は忌々(いまいま)しいのと、

(いっぽうにはさげじゅうのおんなからいじめられるくるしさとで、だんだんこわもてに)

一方には提重の女からいじめられる苦しさとで、だんだん強面(こわもて)に

(へいすけにせまるので、こちらもうるさくなってきた。)

平助に迫るので、こちらもうるさくなって来た。

(「なにしろながやでがあがあいっちゃあめんどうだ。こんやおほりばたであうことにしよう」)

「なにしろ長屋でがあがあ云っちゃあ面倒だ。今夜お堀端で逢うことにしよう」

など

(ふたりはひのくれるのをあいずにほりばたでであった。そのけっかはかのつかみあいに)

二人は日の暮れるのを合図に堀端で出逢った。その結果はかの摑み合いに

(なったのである。はんしちはそれからまたぞうをだましてきんじょのこりょうりやの2かいへ)

なったのである。半七はそれから又蔵をだまして近所の小料理屋の二階へ

(つれこんで、かまをかけてきいてみると、またぞうはくやしまぎれに)

連れ込んで、カマをかけて訊いてみると、又蔵は口惜しまぎれに

(なにもかもべらべらとしゃべってしまった。)

何もかもべらべらとしゃべってしまった。

(「まあ、こういうわけなんでございますから、どうかそのおぼしめしで・・・・・・」)

「まあ、こういう訳なんでございますから、どうかその思し召しで……」

(と、はんしちはいった。)

と、半七は云った。

(「なにしろおくさまもごしょうちのことですから、あまりあらだてるとまた)

「なにしろ奥様も御承知のことですから、あまり荒立てると又

(めんどうでございましょう。なんとかあなたのおとりはからいで、)

面倒でございましょう。なんとかあなたのお取り計らいで、

(そこをまるくすみますように・・・・・・」)

そこを円く済みますように……」

(「いや、いろいろありがとうござった」と、かくえもんはゆめのさめたように)

「いや、いろいろ有難うござった」と、角右衛門は夢の醒めたように

(ほっといきをついた。「それでなにもかもわかりました。ついてはあとの)

ほっと息をついた。「それで何もかもわかりました。就いてはあとの

(しまつでござるが、どういうふうにとりはからうのがいちばんおんびんでござろうかな」)

始末でござるが、どういうふうに取り計らうのが一番穏便でござろうかな」

(そうだんをかけられて、まきはらもかんがえた。)

相談をかけられて、槇原もかんがえた。

(「さあ、やはりかみかくしでしょうかな」)

「さあ、やはり神隠しでしょうかな」

(このひみつをしゅじんのみみにいれるのはよくない。どこまでもおくがたのけいかくを)

この秘密を主人の耳に入れるのは良くない。どこまでも奥方の計画を

(じょうじゅさせて、かみかくしとしてばんじをあいまいのうちにほうむってしまうほうが)

成就させて、神隠しとして万事をあいまいのうちに葬ってしまう方が

(むしろおいえのためであろうと、まきはらはちゅういした。)

むしろ御家の為であろうと、槇原は注意した。

(「なるほど」)

「成程」

(かくえもんはあつくれいをのべてかえった。それからみっかほどたって、)

角右衛門は厚く礼を述べて帰った。それから三日ほど経って、

(かれはそうとうのれいもつをたずさえてまきはらのやしきへたずねきて、)

かれは相当の礼物をたずさえて槇原の屋敷へたずね来て、

(わかとのだいざぶろうどのはぶじにもどられたとほうこくした。)

若殿大三郎殿は無事に戻られたと報告した。

(「では、すぎののしゅじんはけっきょくなんにもしらずにしまったのですか」)

… 「では、杉野の主人は結局なんにも知らずにしまったのですか」

(と、わたしはきいた。)

と、わたしは訊いた。

(「やはりかみかくしということになってしまったのでしょう」と、)

「やはり神隠しということになってしまったのでしょう」と、

(はんしちろうじんはいった。「しかしようにんややまざきににらまれて、またぞうはどうも)

半七老人は云った。「しかし用人や山崎に睨まれて、又蔵はどうも

(いごこちがわるくなったとみえて、なにかやしきのものをもちだして、)

居ごこちが悪くなったと見えて、なにか屋敷の物を持ち出して、

(さげじゅうのおやすというおんなとかけおちをしてしまったそうですよ」)

提重のお安という女と駈け落ちをしてしまったそうですよ」

(「やまざきのほうはぶじにつとめていたんですか」)

「山崎の方は無事に勤めていたんですか」

(「それがね。なんでも1ねんばかりたってから、しゅじんにてうちにされた)

「それがね。なんでも一年ばかり経ってから、主人に手討ちにされた

(ということです」)

ということです」

(「かみかくしのひみつがろけんしたんですか」)

「神隠しの秘密が露顕したんですか」

(「そればかりじゃありますまい」と、はんしちろうじんはにがわらいをした。)

「そればかりじゃありますまい」と、半七老人は苦笑いをした。

(「はたもとやしきのわたりぼうこうなんぞしているものはどうもわるいやつがおおうござんすからね。)

「旗本屋敷の渡り奉公なんぞしている者はどうも悪い奴が多うござんすからね。

(こいつらによわみをつかまれて、しゅうねんぶかくくいこまれると、とんだことに)

こいつらに弱味を摑まれて、執念ぶかく食い込まれると、飛んだことに

(なります。やまざきはてうちになって、おくさまはさとへかえされたそうです。)

なります。山崎は手討ちになって、奥様は里へ帰されたそうです。

(こゆえのやみからわるいやつにみこまれて、おくさまもいっしょうひかげのみになって)

子ゆえの闇から悪い奴に魅(み)こまれて、奥様も一生日陰の身になって

(しまったんです。かんがえてみるとかわいそうじゃありませんか」)

しまったんです。考えてみると可哀そうじゃありませんか」

(「そうすると、あさがおはむすこよりおっかさんにたたったわけですかね」)

「そうすると、朝顔は息子より阿母(おっか)さんに祟った訳ですかね」

(「そうかもしれません。そのやしきはいしんごまでのこっていましたが、)

「そうかも知れません。その屋敷は維新後まで残っていましたが、

(いつのまにかとりこわされてしまって、いまじゃこまかいかしいえが)

いつの間にか取り毀(こわ)されてしまって、今じゃ細かい貸家が

(たくさんたっています」)

たくさん建っています」

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