半七捕物帳 猫騒動1

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第12話

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(はんしちろうじんのうちにはちいさいみけねこがかってあった。にがつのあたたかいひに、)

一 半七老人の家には小さい三毛猫が飼ってあった。二月のあたたかい日に、

(わたしがぶらりとたずねてゆくと、ろうじんはみなみむきのぬれえんにでて、)

私がぶらりと訪ねてゆくと、老人は南向きの濡縁(ぬれえん)に出て、

(じぶんのひざのうえにうずくまっているちいさいどうぶつのやわらかそうなせをなでていた。)

自分の膝の上にうずくまっている小さい動物の柔らかそうな背をなでていた。

(「かわいらしいねこですね」)

「可愛らしい猫ですね」

(「まだこどもですから」と、ろうじんはわらっていた。「ねずみをとるちえも)

「まだ子供ですから」と、老人は笑っていた。「鼠を捕る知恵も

(まだでないんです」)

まだ出ないんです」

(あかるいまひるのひがとなりのやねのふるいかわらをてらして、)

あかるい白昼(まひる)の日が隣りの屋根の古い瓦を照らして、

(どこやらでねこのいがみあうこえがやかましくきこえた。)

どこやらで猫のいがみ合う声がやかましく聞えた。

(ろうじんはこえのするほうをみあげてわらった。)

老人は声のする方をみあげて笑った。

(「こいつもいまにああなって、ねこのこいとかいうなをつけられて、)

「こいつも今にああなって、猫の恋とかいう名を付けられて、

(あなたがたのほっくのたねになるんですよ。ねこもまあこのくらいのちいさいうちが)

あなた方の発句の種になるんですよ。猫もまあこの位の小さいうちが

(いちばんかわいいんですね。これがばけそうにおおきくなると、もうかわいいどころか、)

一番可愛いんですね。これが化けそうに大きくなると、もう可愛いどころか、

(にくらしいのをとおりこしてなんだかうすきみがわるくなりますよ。)

憎らしいのを通り越して何だか薄気味が悪くなりますよ。

(むかしからねこがばけるということをよくいいますが、)

むかしから猫が化けるということをよく云いますが、

(ありゃあほんとうでしょうか」)

ありゃあほんとうでしょうか」

(「さあ、ばけねこのはなしはむかしからたくさんありますが、うそかほんとうか、)

「さあ、化け猫の話は昔からたくさんありますが、嘘かほんとうか、

(よくわかりませんね」と、わたしはあいまいなへんじをしておいた。)

よく判りませんね」と、わたしはあいまいな返事をして置いた。

(あいてがはんしちろうじんであるから、どんないきたしょうこをもっていないともかぎらない。)

相手が半七老人であるから、どんな生きた証拠をもっていないとも限らない。

(うかつにそれをひにんして、とんだあげあしをとられるのもくやしいと)

迂闊にそれを否認して、飛んだ揚げ足を取られるのも口惜しいと

(おもったからであった。)

思ったからであった。

など

(しかしろうじんもさすがにねこのばけたというじつれいをしっていないらしかった。)

しかし老人もさすがに猫の化けたという実例を知っていないらしかった。

(かれはみけねこをひざからおろしながらいった。)

彼は三毛猫を膝からおろしながら云った。

(「そうでしょうね。むかしからいろいろのはなしはつたわっていますが、)

「そうでしょうね。昔からいろいろの話は伝わっていますが、

(だれもほんとうにみたというものはないんでしょうね。けれども、)

誰もほんとうに見たという者はないんでしょうね。けれども、

(わたしはたったいちど、へんなことにでっくわしましたよ。)

わたしはたった一度、変なことに出っくわしましたよ。

(なに、これもわたしがちょくせつにみたというわけじゃないんですけれど、)

なに、これもわたしが直接に見たという訳じゃないんですけれど、

(どうもうそじゃないらしいんです。なにしろそのねこそうどうのために)

どうも嘘じゃないらしいんです。なにしろ其の猫騒動のために

(にんげんがふたりしんだんですからねえ。かんがえてみると、おそろしいこってす」)

人間が二人死んだんですからねえ。考えてみると、恐ろしいこってす」

(「ねこにくいころされたのですか」)

「猫に啖(く)い殺されたのですか」

(「いや、くいころされたというわけでもないんです。それがじつにへんなおはなしでね、)

「いや、啖い殺されたというわけでもないんです。それが実に変なお話でね、

(まあ、きいてください」)

まあ、聴いてください」

(いつまでもひざにからみついているこねこをおいやりながら、)

いつまでも膝にからみ付いている小猫を追いやりながら、

(ろうじんはしずかにはなしだした。)

老人はしずかに話し出した。

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