半七捕物帳 弁天娘5
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問題文
(ばんとうのせつめいによると、せけんのうわさはみなねもはもないことで、)
二 番頭の説明によると、世間の噂はみな根も葉もないことで、
(やましろやのむすめはたんにふうんというにすぎないのであった。)
山城屋の娘は単に不運というに過ぎないのであった。
(おこのはひとりむすめであるので、おさないときからしんるいのおとこのこをもらって、)
お此はひとり娘であるので、幼い時から親類の男の児を貰って、
(ゆくゆくはふたりをいっしょにするこころぐみであった。)
ゆくゆくは二人を一緒にする心組みであった。
(ところが、そのおとこのこはあるとしのなつ、おおかわへおよぎにいってできしした。)
ところが、その男の児はある年の夏、大川へ泳ぎに行って溺死した。
(それはそのこがじゅうしで、おこのがじゅういちのとしのできごとであったが、)
それはその児が十四で、お此が十一の年の出来事であったが、
(それがふうんのはじまりで、そのごおこのとこんれいのやくそくをしたものは、)
それが不運のはじまりで、その後お此と婚礼の約束をしたものは、
(まだゆいのうのとりかわせもすまないうちに、どれもみなへんしをとげたのである。)
まだ結納の取りかわせも済まないうちに、どれもみな変死を遂げたのである。
(それがさいしょからかぞえるとよんにんで、しかもさいごのおとこはじゅうくのとしにらんしんして、)
それが最初から数えると四人で、しかも最後の男は十九の年に乱心して、
(じぶんのうちのものおきでくびをくくってしんだ。)
自分の家の物置で首をくくって死んだ。
(こういうふしぎなめぐりあわせがおこのをえんどおくしてしまったので、)
こういう不思議な廻(めぐ)りあわせがお此を縁遠くしてしまったので、
(ほかにはなんのしさいもない。しかしせけんのくちはうるさいもので、)
ほかには何の仔細もない。しかし世間の口はうるさいもので、
(それらのじじょうをしっているものはおこのにはいっしゅのたたりがあるといい、)
それらの事情を知っているものはお此には一種の祟りがあると云い、
(じじょうをしらないものはおこのがろくろくびであるとか、)
事情を知らないものはお此が轆轤首(ろくろくび)であるとか、
(あんどんのあぶらをなめるとかいいふらすので、)
行燈(あんどん)の油をなめるとか云い触らすので、
(さなきだにえんどおいかのじょをいよいよすたりものにしてしまったのである。)
さなきだに縁遠い彼女をいよいよ廃(すた)りものにしてしまったのである。
(そのなかでももっともたすうのひとにしんじられているのは、かのじょがべんてんさまの)
そのなかでも最も多数の人に信じられているのは、彼女が弁天様の
(もうしごであるというせつで、べんてんむすめのあだなはそれからつくられたのであった。)
申し子であるという説で、弁天娘のあだ名はそれから作られたのであった。
(やましろやのふうふはいつまでもこのないのをかなしんで、)
山城屋の夫婦はいつまでも子のないのを悲しんで、
(きんじょのしのばずのべんてんどうにさんしちにちのあいだにっさんして、)
近所の不忍(しのばず)の弁天堂に三七日(さんしちにち)のあいだ日参して、
(はじめてもうけたのがおこのであった。べんてんさまからさずけられたこであるから、)
初めて儲けたのがお此であった。弁天様から授けられた子であるから、
(やはりべんてんさまとおなじようにいつまでもひとりみでいなければならない。)
やはり弁天様と同じようにいつまでも独り身でいなければならない。
(それがおとこをもとめようとするために、べんてんさまのしっとのいかりにふれて、)
それが男を求めようとするために、弁天様の嫉妬の怒りに触れて、
(あいてのおとこはことごとくほろぼされてしまうのであるというので、)
相手の男はことごとく亡(ほろ)ぼされてしまうのであるというので、
(べんてんむすめのうつくしそうないみょうもかのじょにとってはおそろしいのろいのなであった。)
弁天娘の美しそうな異名も彼女に取っては恐ろしい呪いの名であった。
(よもやとそれをうちけすひとたちも、おこのがべんてんさまのもうしごであるというじじつを)
よもやとそれを打ち消す人たちも、お此が弁天様の申し子であるという事実を
(ひにんするわけにはいかなかった。で、べんてんどうへにっさんをはじめてから、)
否認するわけには行かなかった。で、弁天堂へ日参をはじめてから、
(やましろやのにょうぼうがかいたいしておこのをうみおとしたのはじじつであると、)
山城屋の女房が懐胎してお此をうみ落としたのは事実であると、
(りへえはいった。)
利兵衛は云った。
(「なにしろこまったものでございます」と、かれはかたりおわってためいきをついた。)
「なにしろ困ったものでございます」と、彼は語り終って溜息をついた。
(「こうはなちゃのゆからことしゃみせんのゆうげいまで、みなひととおりは)
「香花(こうはな)茶の湯から琴三味線の遊芸まで、みな一と通りは
(こころえていますし、きりょうはよし、うまれつきはおとなしく、)
心得ていますし、容貌(きりょう)はよし、生まれ付きはおとなしく、
(まずもうしぶんはないのでございますが、みぎのいっけんでどうにもなりません。)
まず申し分はないのでございますが、右の一件でどうにもなりません。
(あけてもうにじゅうしちになります。ひとりむすめではあり、そういうわけで)
明けてもう二十七になります。ひとり娘ではあり、そういう訳で
(ございますから、おやたちもひとしおふびんがくわわりまして、)
ございますから、親たちもひとしお不憫(ふびん)が加わりまして、
(それはそれはたいせつにかわいがっているのでございます。)
それはそれは大切に可愛がっているのでございます。
(それでもとうにんはひとでいりのおおいみせのほうにいるのをいやがりまして、)
それでも当人は人出入りの多い店の方にいるのを忌(いや)がりまして、
(このごろではうらのいんきょじょのほうにひっこんで、ことしはちじゅういちになりますおんないんきょと)
この頃では裏の隠居所の方に引っ込んで、今年八十一になります女隠居と
(ふたりでくらしております」)
二人で暮しております」
(「そのいんきょじょには、いんきょさんとむすめのほかにだれもいないんですか」と、)
「その隠居所には、隠居さんと娘のほかに誰もいないんですか」と、
(はんしちはきいた。)
半七は訊いた。
(「さんどのたべものはみせのほうからはこばせますが、ほかにこおんなをひとり)
「三度のたべものは店の方から運ばせますが、ほかに小女(こおんな)を一人
(やってございます。それはおくまともうしまして、まだじゅうごのやまだしで、)
やってございます。それはお熊と申しまして、まだ十五の山出しで、
(いっこうにやくにたちません」)
いっこうに役に立ちません」
(「いんきょさんも、はちじゅういちとはずいぶんちょうめいですね」)
「隠居さんも、八十一とは随分長命ですね」
(「はい。めでたいかたでございます。しかしなにぶんにもとしでございますから、)
「はい。めでたい方でございます。しかし何分にも年でございますから、
(このごろはみみもめもうとくなりまして、みみのほうはつんぼうどうようでございます」)
この頃は耳も眼もうとくなりまして、耳の方はつんぼう同様でございます」
(「そうでしょうね」)
「そうでしょうね」