半七捕物帳 猫騒動12

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第12話

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問題文

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(それからまたはんときもたったとおもうころに、ぬれたわらじのおとが)

四 それから又半晌(とき)も経ったと思う頃に、濡れた草鞋の音が

(このまえをとおって、となりのうちのかどぐちにとまった。ねこばばのむすこがかえってきたなと)

この前を通って、隣りの家の門口に止まった。猫婆の息子が帰って来たなと

(おもっていると、はたしてかごやばんだいをおろすようなおとがきこえた。)

思っていると、果たして籠や盤台を卸すような音がきこえた。

(「しちちゃん、かえったの」)

「七ちゃん、帰ったの」

(おはつがとなりからそっとでてきたらしかった。そうして、どまにたって)

お初が隣りからそっと出て来たらしかった。そうして、土間に立って

(なにかいきもつかずにささやいているらしかった。それにこたえるしちのすけのこえも)

何か息もつかずに囁いているらしかった。それに答える七之助の声も

(ひくいので、どっちのはなしもはんしちのみみにききとれなかったが、それでもかべごしに)

低いので、どっちの話も半七の耳に聴き取れなかったが、それでも壁越しに

(みみをひきたてていると、しちのすけはないているらしく、ときどきは)

耳を引き立てていると、七之助は泣いているらしく、時々は

(はなをすするようなこえがもれた。)

洟(はな)をすするような声が洩れた。

(「そんなきのよわいことをいわないでさ。はやくさんちゃんのところへいって)

「そんな気の弱いことを云わないでさ。早く三ちゃんのところへ行って

(そうだんしておいでよ。いいえ、もうひととおりのことはわたしが)

相談しておいでよ。いいえ、もう一と通りのことはわたしが

(はなしてあるんだから」と、おはつはこごえにちからをこめて、)

話してあるんだから」と、お初は小声に力を籠(こ)めて、

(なにかしきりにしちのすけにすすめているらしかった。)

なにか切(しき)りに七之助に勧めているらしかった。

(「さあ、はやくいっておいでよ。じれったいひとだねえ」と、)

「さあ、早く行っておいでよ。じれったい人だねえ」と、

(おはつはしぶっているしちのすけのてをとって、ひきだすようにしておもてへおいやった。)

お初は渋っている七之助の手を取って、曳き出すようにして表へ追いやった。

(しちのすけはだまってでていったらしく、おもそうなわらじのおとがろじのそとへ)

七之助は黙って出て行ったらしく、重そうな草鞋の音が路地の外へ

(だんだんにとおくなった。それをみおくって、おはつはじぶんのうちへはいろうとすると、)

だんだんに遠くなった。それを見送って、お初は自分の家へはいろうとすると、

(はんしちはあきやのなかからふいにこえをかけた。)

半七は空家の中から不意に声をかけた。

(「おかみさん」)

「おかみさん」

(おはつはぎょっとしてたちすくんだ。あきやのとをあけてぬっとでてきた)

お初はぎょっとして立ちすくんだ。空家の戸をあけてぬっと出て来た

など

(はんしちのかおをみたときに、かのじょのかおはもうはいいろにかわっていた。)

半七の顔を見た時に、彼女の顔はもう灰色に変っていた。

(「そとじゃあはなしができねえ。まあ、ちょいとここへはいってくんねえ」と、)

「外じゃあ話ができねえ。まあ、ちょいと此処へはいってくんねえ」と、

(はんしちはさきにたってねこばばのうちへはいった。おはつもむごんでついてきた。)

半七は先に立って猫婆の家へはいった。お初も無言でついて来た。

(「おかみさん。おまえはわたしのしょうばいをしっているのかえ」と、)

「おかみさん。お前はわたしの商売を知っているのかえ」と、

(はんしちはまずきいた。)

半七はまず訊いた。

(「いいえ」と、おはつはかすかにこたえた。)

「いいえ」と、お初は微かに答えた。

(「おれのみぶんはしらねえでも、くまのやろうがゆやのほかにしょうばいをもっていることは)

「おれの身分は知らねえでも、熊の野郎が湯屋のほかに商売をもっていることは

(しっているだろう。いや、しっているはずだ。おまえのていしゅはあのくまと)

知っているだろう。いや、知っているはずだ。お前の亭主はあの熊と

(ちかづきだというじゃあねえか。まあ、それはそれとして、)

昵近(ちかづき)だというじゃあねえか。まあ、それはそれとして、

(おまえはいまのさかなやとなにをこそこそはなしていたんだ」)

お前は今の魚商(さかなや)と何をこそこそ話していたんだ」

(おはつはうつむいてたっていた。)

お初は俯向いて立っていた。

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