半七捕物帳 鷹のゆくえ4

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第15話

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問題文

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(「いらっしゃいまし。おあつらえは」 「そうさな」)

「いらっしゃいまし。おあつらえは」 「そうさな」

(いいながらはんしちはいえのなかをみまわした。このこぎたないみせつきでは)

云いながら半七は家のなかを見まわした。この小ぎたない店付きでは

(どうでろくなものはできまいとおもったので、かれはあたりさわりのないように)

どうで碌なものは出来まいと思ったので、彼は当り障りのないように

(はなまきのそばをちゅうもんすると、おくからごじゅうばかりのていしゅがでてきて、)

花巻の蕎麦を註文すると、奥から五十ばかりの亭主が出て来て、

(なにかせじをいいながらかままえへまわっていった。すすけたかべをうしろにして、)

なにか世辞を云いながら釜前へまわって行った。すすけた壁をうしろにして、

(はんしちはだまってたばこをのんでいると、そとのしぐれはひとしきりつよくなって)

半七は黙って煙草をのんでいると、外の時雨はひとしきり強くなって

(きたらしく、おうらいのさびしいかいどうにもに、さんにんのかけてゆくあしおとがきこえた。)

来たらしく、往来のさびしい街道にも二、三人の駈けてゆく足音がきこえた。

(とおもううちに、ひとりのおとこがこのあめにおわれたようにかけこんできた。)

と思ううちに、一人の男がこの雨に追われたように駈け込んで来た。

(「やあ、ふる、ふる。こんなあめになろうとはおもわなかった」)

「やあ、降る、降る。こんな雨になろうとは思わなかった」

(おとこのすげがさからはしずくがながれていた。かれはてっこうきゃはんのみがるな)

男の菅笠からはしずくが流れていた。かれは手甲脚絆の身軽な

(いでたちで、ながいたけのつぎざおをもっていたが、そのさおに)

扮装(いでたち)で、長い竹の継竿(つぎざお)を持っていたが、その竿に

(たくさんのとりもちがついているのをみて、それがとりさしであることを)

たくさんの鳥黐(とりもち)が付いているのを見て、それが鳥さしであることを

(はんしちはすぐにさとった。かれはときどきここはくるとみえて、そばやのふうふとも)

半七はすぐに覚(さと)った。彼は時々ここは来ると見えて、蕎麦屋の夫婦とも

(こんいであるらしく、たがいになれなれしくなにかあいさつしていた。)

懇意であるらしく、たがいに馴れなれしくなにか挨拶していた。

(せまいみせであるから、かれははんしちのすぐまえにこしをおろして、ぬれたかさをぬぎながら)

狭い店であるから、彼は半七のすぐ前に腰をおろして、濡れた笠をぬぎながら

(えしゃくした。 「わるいおてんきですね」)

会釈した。 「悪いお天気ですね」

(「そうでございます」と、はんしちもえしゃくした。「とりわけおまえさんがたは)

「そうでございます」と、半七も会釈した。「とりわけお前さん方は

(おこまりでしょう」)

お困りでしょう」

(「まったくですよ。もちをぬらしてしまうのでね」と、とりさしはこしにつけていた)

「まったくですよ。黐をぬらしてしまうのでね」と、鳥さしは腰につけていた

(とりかごをみかえりながらいった。)

鳥籠(とりかご)を見返りながら云った。

など

(「おまえさんはせんだぎですか、それともぞうしがやですかえ」)

「おまえさんは千駄木ですか、それとも雑司ヶ谷ですかえ」

(「せんだぎのほうですよ」)

「千駄木の方ですよ」

(とくがわけのおたかじょはせんだぎとぞうしがやのにかしょにある。とりさしはそれにふぞくする)

徳川家の御鷹所は千駄木と雑司ヶ谷の二ヵ所にある。鳥さしはそれに付属する

(えとりというやくでまいにちしちゅうやしがいをめぐって、たかのえさにするこすずめを)

餌取(えと)りという役で毎日市中や市外をめぐって、鷹の餌にする小雀を

(とってあるくのである。たかのゆくえをせんぎしているおりからに、あたかもとりさしに)

捕ってあるくのである。鷹のゆくえを詮議している折柄に、あたかも鳥さしに

(であって、しかもそれがせんだぎであるということがなにかのいんねんであるように)

出合って、しかもそれが千駄木であるということが何かの因縁であるように

(おもわれたが、もちろん、このとりさしはおたかふんしつのことをしらないにそういない。)

思われたが、勿論、この鳥さしはお鷹紛失のことを知らないに相違ない。

(うっかりしたことをしゃべってよいかわるいかと、はんしちはしばらくちゅうちょしていた。)

うっかりしたことをしゃべって善いか悪いかと、半七はしばらく躊躇していた。

(とりさしはもうごじゅうをふたつもみっつもこえているらしいが、せのたかい、いろのくろい、)

鳥さしはもう五十を二つも三つも越えているらしいが、背の高い、色の黒い、

(みるからにじょうぶそうなろうじんであった。)

見るからに丈夫そうな老人であった。

(とりさしはかけそばをちゅうもんしてくった。はんしちもじぶんのまえにはこばれたぜんに)

鳥さしはかけ蕎麦を註文して食った。半七も自分のまえに運ばれた膳に

(むかって、あさくさがみのようなのりをかけたそばをがまんしてくった。)

むかって、浅草紙のような海苔(のり)をかけた蕎麦を我慢して食った。

(そのいかにもまずそうなくいかたをよこめにみて、とりさしのろうじんは)

そのいかにも不味(まず)そうな食い方を横目に視て、鳥さしの老人は

(わらいながらいった。)

笑いながら云った。

(「ここらのそばはえどのひとのくちにはあいますまいよ。わたしたちはごようですから)

「ここらの蕎麦は江戸の人の口には合いますまいよ。わたし達は御用ですから

(ここらへもときどきまわってくるので、しかたなしにこんなところへもはいりますが、)

ここらへも時々廻って来るので、仕方無しにこんなところへもはいりますが、

(それでもあさからかけあるいて、はらがすいているときには、ふしぎとうまく)

それでも朝から駈けあるいて、腹が空いている時には、不思議と旨く

(くえますよ。ははははは」)

食えますよ。ははははは」

(「そうですね。えどものはつまらないぜいたくをいってはいけませんよ」)

「そうですね。江戸者は詰まらない贅沢(ぜいたく)を云ってはいけませんよ」

(こんなところからくちがほぐれて、はんしちととりさしとはうちとけてはなしだした。)

こんなところから口がほぐれて、半七と鳥さしとは打ち解けて話し出した。

(そとのあめはまだやまないので、ふたりはあまやどりのはなしあいてというような)

外の雨はまだ止(や)まないので、二人は雨やどりの話し相手というような

(わけで、たばこをすいながらいろいろのせけんばなしなどをしているうちに、)

訳で、煙草を喫(す)いながらいろいろの世間話などをしているうちに、

(はんしちはふとおもいだしたようにきいた。)

半七はふと思い出したように訊いた。

(「おまえさんはせんだぎだとおっしゃるが、おくみちゅうにみついさんという)

「おまえさんは千駄木だと仰(おっ)しゃるが、御組ちゅうに光井さんという

(かたがありますかえ」)

方がありますかえ」

(「みついさんというのはあります。やざえもんさんにきんのすけさん、どちらもぶじに)

「光井さんというのはあります。弥左衛門さんに金之助さん、どちらも無事に

(つとめていますよ。おまえさんはごぞんじかね」)

勤めていますよ。おまえさんは御存じかね」

(「そのきんのすけさんというおかたにいちどおめにかかったことがありました。)

「その金之助さんというお方に一度お目にかかったことがありました。

(まだわかい、おとなしいおかたで・・・・・・」と、はんしちはいいかげんにこたえた。)

まだ若い、おとなしいお方で……」と、半七はいい加減に答えた。

(「はあ、おとなしいひとですよ」と、ろうじんはうなずいた。「くみじゅうでもひょうばんが)

「はあ、おとなしい人ですよ」と、老人はうなずいた。「組中でも評判が

(いいので、ゆくゆくはおやくづきになるかもしれません」)

いいので、ゆくゆくはお役付きになるかも知れません」

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