半七捕物帳 鷹のゆくえ9
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問題文
(「うそつきやろうめ、ふてえやつだ、われにはなんどだまされたかしれねえぞ。)
「嘘つき野郎め、ふてえ奴だ、われには何度だまされたか知れねえぞ。
(もうそのてをくうものか、みみをそろえてすぐにわたせ」と、)
もうその手を食うものか、耳をそろえて直(す)ぐに渡せ」と、
(まごはかさにかかってたけりたった。)
馬子は嵩(かさ)にかかって哮(たけ)り立った。
(「うそをつくわけじゃねえ。いまここにねえからがまんしてくれというのだ。)
「嘘をつく訳じゃねえ。今ここにねえから我慢してくれと云うのだ。
(きんじょとなりのてまえもあらあ。むやみにおおきなこえをするな」と、)
近所隣りの手前もあらあ。無暗(むやみ)に大きな声をするな」と、
(たつぞうはきもののえりをかきあわせながらいった。)
辰蔵は着物の襟を搔き合わせながら云った。
(「なんの、えんりょがあるものか。きさまがおうちゃくのうそつきやろうということは)
「なんの、遠慮があるものか。貴様が横着の嘘つき野郎ということは
(ふどうさまもごぞんじで、きんじょとなりでもみんなしっているんだ。)
不動様も御存じで、近所隣りでもみんな知っているんだ。
(それがくやしければぜにをだせ」)
それが口惜しければ銭を出せ」
(「だから、すこしまてというのだ」と、たつぞうはそらうそぶいていた。)
「だから、少し待てと云うのだ」と、辰蔵はそらうそぶいていた。
(「たかがぼんのうえのかしかりだ。まさかになぬしやだいかんしょへもちだすわけにも)
「多寡が盆の上の貸し借りだ。まさかに名主や代官所へ持ち出すわけにも
(いくめえ。いくらさわいだってはじまらねえりくつだ。まあ、おとなしくあしたまで)
いくめえ。いくら騒いだって始まらねえ理窟だ。まあ、おとなしくあしたまで
(まつがいい。きょうじゅうにはきっとかねのはいるあてがあるんだから」)
待つがいい。きょう中にはきっと金のはいるあてがあるんだから」
(「そのうそはもうききあきた。きさまのようなやつにいっぱいくわされて、)
「その嘘はもう聞き飽きた。貴様のような奴に一杯食わされて、
(べんべんとまっているおれじゃねえ。さあ、すぐにだせ。これだけのやたいぼねを)
べんべんと待っている俺じゃねえ。さあ、すぐに出せ。これだけの屋台骨を
(はっていて、いっかんとにひゃくばかりのぜにがねえとはいわせねえぞ」)
張っていて、一貫と二百ばかりの銭がねえとは云わせねえぞ」
(まごはたつぞうのむなぐらをひっつかんでこづきまわすと、たつぞうもはんてんをぬいで)
馬子は辰蔵の胸ぐらを引っ摑んで小突きまわすと、辰蔵も半纏を脱いで
(たちあがった。そばにじゅうしごのしょうじょがぼんやりつったっているが、)
起ち上がった。そばに十四五の少女がぼんやり突っ立っているが、
(あいてのけんまくがはげしいのでとりしずめるすべもないらしい。)
相手の権幕が激しいので取り鎮めるすべもないらしい。
(ろうぼらしいおんなのすがたはみえなかった。)
老母らしい女のすがたは見えなかった。
(ふたりのもんどうによってそうぞうすると、まごはばくちのかしをさいそくにきたらしい。)
二人の問答によって想像すると、馬子は博奕の貸しを催促に来たらしい。
(このいきがかりではどうでもひとそうどうなくてはおさまるまいと、)
この行きがかりではどうでも一と騒動なくては納まるまいと、
(はんしちはだまっておもてからのぞいていると、はたしてふたりのげんこがいりみだれて)
半七は黙って表から覗いていると、果たして二人の拳固が入り乱れて
(うちあいをはじめた。ちからずくではまごのほうがつよいらしく、)
打ち合いをはじめた。力ずくでは馬子の方が強いらしく、
(たつぞうはたちまちそのききうでをねじまげられて、しょうぎのうえに)
辰蔵は忽(たちま)ちその利き腕を捻じ曲げられて、床几の上に
(おしつけられると、しょうぎはかたむいてたおれて、まごもたつぞうにおりかさなって)
押し付けられると、床几はかたむいて倒れて、馬子も辰蔵に折りかさなって
(どまにころげた。もうみてもいられないので、はんしちはみせへはいってこえをかけた。)
土間にころげた。もう見てもいられないので、半七は店へはいって声をかけた。
(「おい、おい、どうしたんだ。おれたちはさっきからまっているじゃねえか。)
「おい、おい、どうしたんだ。おれ達はさっきから待っているじゃねえか。
(けんかはあとにして、おきゃくさまのほうをどうかしてくれ」)
喧嘩はあとにして、お客様の方をどうかしてくれ」
(たけりくるっているふたりのみみには、そのこえがよういにきこえないらしいので、)
哮り狂っている二人の耳には、その声が容易に聞えないらしいので、
(はんしちはしたうちをしながらすすみよって、まずまごのうでをおさえつけた。)
半七は舌打ちをしながら進み寄って、まず馬子の腕を押え付けた。
(とりものになれているはんしちにききうでをつかまれて、あばれくるっているまごも)
捕物に馴れている半七に利き腕をつかまれて、暴れ狂っている馬子も
(いたずらにみをもがくばかりであった。)
いたずらに身をもがくばかりであった。
(「まあ、しずかにするがいい。ここのいえのしょうばいのじゃまにもなる。)
「まあ、静かにするがいい。ここの家の商売の邪魔にもなる。
(いまきいていりゃあぼんのうえのかしかりだというじゃあねえか。そんなやぼに)
今聞いていりゃあ盆の上の貸し借りだというじゃあねえか。そんな野暮に
(さいそくするにもおよばねえ。ここのていしゅもきょうじゅうにはかねがきっとはいると)
催促するにも及ばねえ。ここの亭主もきょう中には金がきっとはいると
(いうんだから、わたしがなこうどだ。まあまってやるがよかろうぜ」)
いうんだから、わたしが仲人だ。まあ待ってやるがよかろうぜ」
(まごはだまってはんしちのかおをながめていたが、うでをつかんだてぎわといい、)
馬子は黙って半七の顔をながめていたが、腕をつかんだ手際といい、
(そのふうぞくといい、そのくちぶりといい、なんだかうすきみわるくもかんじたらしく、)
その風ぞくといい、その口振りといい、なんだか薄気味悪くも感じたらしく、
(むごんのままで、のそのそとおもてへでていってしまった。)
無言のままで、のそのそと表へ出て行ってしまった。
(「やい、まて。やろう」)
「やい、待て。野郎」
(はねおきてそのあとをおおうとするたつぞうを、はんしちはまたおさえた。)
跳ね起きてそのあとを追おうとする辰蔵を、半七はまた押さえた。
(「おめえもおとなげねえ。まあ、おちつくがよかろう。)
「おめえも大人気(おとなげ)ねえ。まあ、落ち着くがよかろう。
(こうして、おきゃくさまがふたりはいってきたんだ」)
こうして、お客様が二人はいって来たんだ」
(ならずものでもばくちうちでも、さすがにきゃくしょうばいのたつぞうはきゃくにたいして)
無頼漢(ならずもの)でも博奕打ちでも、さすがに客商売の辰蔵は客に対して
(にがいかおをしているわけにもいかなかった。ことにあいてのまごはつないである)
苦い顔をしているわけにも行かなかった。殊に相手の馬子は繋いである
(うまをほどいて、そのままでていってしまったので、かれはめのまえのきゃくを)
馬を解(ほど)いて、そのまま出て行ってしまったので、彼は眼の前の客を
(かきのけてそれをおってゆくこともできないので、きもののどろをはたきながら)
かき退けてそれを追ってゆくことも出来ないので、着物の泥をはたきながら
(きゅうにえがおをつくった。)
急に笑顔を作った。
(「どうもあいすみません。とんだところをおめにかけまして・・・・・・」)
「どうも相済みません。飛んだところをお目にかけまして……」
(「おめえはくろうにんらしい。あんなまごをあいてにしてどたばたしちゃあいけねえ」)
「おめえは苦労人らしい。あんな馬子を相手にしてどたばたしちゃあいけねえ」
(と、はんしちはわらいながらしょうぎにこしをかけた。)
と、半七は笑いながら床几に腰をかけた。
(「まことにおそれいりますが・・・・・・」と、たつぞうはつんまがったまげのさきを)
「まことに恐れ入りますが……」と、辰蔵は突ん曲がった髷(まげ)の先を
(なおしながらいった。)
直しながら云った。
(「こんいさきにきゅうびょうにんができたというので、おふくろはそのてつだいにいきましてね。)
「懇意先に急病人が出来たというので、おふくろはその手伝いに行きましてね。
(もうひるすぎだというのに、まだなんにもしたくがしてねえのでございますが・・・・・・。)
もう午過ぎだというのに、まだなんにも支度がしてねえのでございますが……。
(まあ、おちゃでもあがって、どこかよそへおいでなすってください」)
まあ、お茶でも上がって、どこかよそへお出でなすってください」
(かれはこおんなにさしずして、たばこぼんとちゃとをはこばせると、)
かれは小女に指図して、煙草盆と茶とを運ばせると、
(はんしちはおもてをみかえってこえをかけた。)
半七は表を見かえって声をかけた。
(「もし、おまえさんもここへきて、ちゃでもおあがんなさい。ここのいえじゃ)
「もし、お前さんもここへ来て、茶でもお上がんなさい。ここの家じゃ
(なにもできねえそうだから」)
何も出来ねえそうだから」
(とりさしのろうじんは、のきさきにもちざおをたてかけてはいってきた。)
鳥さしの老人は、軒さきに黐竿を立てかけてはいって来た。
(そのひとをみると、たつぞうのめはきゅうにひかった。)
その人をみると、辰蔵の眼は急に光った。