吾輩は猫である12

(「いったいくるまやときょうしとはどっちがえらいだろう」)

「一体車屋と教師とはどっちがえらいだろう」

(「くるまやのほうがつよいにきまっていらあな。おめえのうちのしゅじんをみねえ、まるでほね)

「車屋の方が強いに極っていらあな。御めえのうちの主人を見ねえ、まるで骨

(とかわばかりだぜ」)

と皮ばかりだぜ」

(「きみもくるまやのねこだけにだいぶつよそうだ。くるまやにいるとごちそうがくえるとみえる)

「君も車屋の猫だけに大分強そうだ。車屋にいると御馳走が食えると見える

(ね」)

ね」

(「なあにおれなんざ、どこのくにへいったってくいものにふじゆうはしねえつもりだ。)

「何に俺なんざ、どこの国へ行ったって食い物に不自由はしねえつもりだ。

(おめえなんかもちゃばたけばかりぐるぐるまわっていねえで、ちっとおれのあとへくっつい)

御めえなんかも茶畠ばかりぐるぐる廻っていねえで、ちっと己の後へくっつい

(てきてみねえ。ひとつきとたたねえうちにみちがえるようにふとれるぜ」)

て来て見ねえ。一と月とたたねえうちに見違えるように太れるぜ」

(「おってそうねがうことにしよう。しかしうちはきょうしのほうがくるまやよりおおきいのにすん)

「追ってそう願う事にしよう。しかし家は教師の方が車屋より大きいのに住ん

(でいるようにおもわれる」)

でいるように思われる」

(「べらぼうめ、うちなんかいくらおおきくたってはらのたしになるもんか」)

「箆棒め、うちなんかいくら大きくたって腹の足しになるもんか」

(かれはおおいにかんしゃくにさわったようすで、かんちくをそいだようなみみをしきりとぴくつかせ)

彼は大に癇癪に触った様子で、寒竹をそいだような耳をしきりとぴく付かせ

(てあららかにたちさった。わがはいがくるまやのくろとちきになったのはこれからであ)

てあららかに立ち去った。吾輩が車屋の黒と知己になったのはこれからであ

(る。)

る。

(そのごわがはいはたびたびくろとかいこうする。かいこうするごとにかれはくるまやそうとうのきえんをはく。)

その後吾輩は度々黒と邂逅する。邂逅する毎に彼は車屋相当の気焰を吐く。

(さきにわがはいがみみにしたというふとくじけんもじつはくろからきいたのである。)

先に吾輩が耳にしたという不徳事件も実は黒から聞いたのである。