宮沢賢治 ざしき童子のはなし
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問題文
(ぼくらのほうの、ざしきぼっこのはなしです。 )
ぼくらの方の、ざしき童子のはなしです。
(あかるいひるま、みんながやまへはたらきにでて、こどもがふたり、)
あかるいひるま、みんなが山へはたらきに出て、こどもがふたり、
(にわであそんでおりました。おおきないえにはだれもおりませんでしたから、)
庭であそんでおりました。大きな家にはだれもおりませんでしたから、
(そこらはしんとしています。)
そこらはしんとしています。
(ところがいえの、どこかのざしきで、ざわっざわっとほうきのおとがしたのです。)
ところが家の、どこかのざしきで、ざわっざわっと箒の音がしたのです。
(ふたりのこどもは、おたがいかたにしっかりとてをくみあって、)
ふたりのこどもは、おたがい肩にしっかりと手を組みあって、
(こっそりいってみましたが、どのざしきにもたれもいず、)
こっそり行ってみましたが、どのざしきにもたれもいず、
(かたなのはこもひっそりとして、かきねのひのきが、いよいよあおくみえるきり、)
刀の箱もひっそりとして、かきねの檜が、いよいよ青く見えるきり、
(たれもどこにもいませんでした。)
たれもどこにもいませんでした。
(ざわっざわっとほうきのおとがきこえます。)
ざわっざわっと箒の音がきこえます。
(とおくのもずのこえなのか、きたかみがわのせのおとか、どこかでまめをみにかけるのか、)
とおくの百舌の声なのか、北上川の瀬の音か、どこかで豆を箕にかけるのか、
(ふたりでいろいろかんがえながら、だまってきいてみましたが、)
ふたりでいろいろ考えながら、だまって聴いてみましたが、
(やっぱりどれでもないようでした。)
やっぱりどれでもないようでした。
(たしかにどこかで、ざわっざわっとほうきのおとがきこえたのです。)
たしかにどこかで、ざわっざわっと箒の音がきこえたのです。
(もいちどこっそり、ざしきをのぞいてみましたが、どのざしきにもたれもいず、)
も一どこっそり、ざしきをのぞいてみましたが、どのざしきにもたれもいず、
(ただおひさまのひかりばかりそこらいちめん、あかるくふっておりました。)
ただお日さまの光ばかりそこらいちめん、あかるく降っておりました。
(こんなのがざしきぼっこです。 )
こんなのがざしき童子です。
(「だいどうめぐり、だいどうめぐり」)
「大道めぐり、大道めぐり」
(いっしょうけんめい、こうさけびながら、ちょうどじゅうにんのこどもらが、)
一生けん命、こう叫びながら、ちょうど十人の子供らが、
(りょうてをつないでまるくなり、ぐるぐるぐるぐるざしきのなかをまわっていました。)
両手をつないでまるくなり、ぐるぐるぐるぐる座敷のなかをまわっていました。
(どのこもみんな、そのうちのおふるまいによばれてきたのです。)
どの子もみんな、そのうちのお振舞によばれて来たのです。
(ぐるぐるぐるぐる、まわってあそんでおりました。)
ぐるぐるぐるぐる、まわってあそんでおりました。
(そしたらいつか、じゅういちにんになりました。)
そしたらいつか、十一人になりました。
(ひとりもしらないかおがなく、ひとりもおんなじかおがなく、)
ひとりもしらない顔がなく、ひとりもおんなじ顔がなく、
(それでもやっぱり、どうかぞえてもじゅういちにんだけおりました。)
それでもやっぱり、どう数えても十一人だけおりました。
(そのふえたひとりがざしきぼっこなのだぞと、おとながでてきていいました。)
そのふえた一人がざしきぼっこなのだぞと、大人が出て来て言いました。
(けれどもたれがふえたのか、とにかくみんな、じぶんだけは、)
けれどもたれがふえたのか、とにかくみんな、自分だけは、
(どうしてもざしきぼっこでないと、いっしょうけんめいめをはって、)
どうしてもざしきぼっこでないと、一生けん命眼を張って、
(きちんとすわっておりました。)
きちんとすわっておりました。
(こんなのがざしきぼっこです。 )
こんなのがざしきぼっこです。
(それからまたこういうのです。)
それからまたこういうのです。
(あるおおきなほんけでは、いつもきゅうのはちがつのはじめに、)
ある大きな本家では、いつも旧の八月のはじめに、
(にょらいさまのおまつりでぶんけのこどもらをよぶのでしたが、あるとしそのひとりのこが、)
如来さまのおまつりで分家の子供らをよぶのでしたが、ある年その一人の子が、
(はしかにかかってやすんでいました。)
はしかにかかってやすんでいました。
(「にょらいさんのまつりへいきたい。にょらいさんのまつりへいきたい」と、)
「如来さんの祭りへ行きたい。如来さんの祭りへ行きたい」と、
(そのこはねていて、まいにちまいにちいいました。)
その子は寝ていて、毎日毎日言いました。
(「まつりのばすからはやくよくなれ」ほんけのおばあさんがみまいにいって、)
「祭り延ばすから早くよくなれ」本家のおばあさんが見舞いに行って、
(そのこのあたまをなでていいました。)
その子の頭をなでて言いました。
(そのこはくがつによくなりました。)
その子は九月によくなりました。
(そこでみんなはよばれました。ところがほかのこどもらは、)
そこでみんなはよばれました。ところがほかの子供らは、
(いままでまつりをのばされたり、なまりのうさぎをみまいにとられたりしたので、)
いままで祭りを延ばされたり、鉛の兎を見舞いにとられたりしたので、
(なんともおもしろくなくてたまりませんでした。)
なんともおもしろくなくてたまりませんでした。
(「あいつのためにひどいめにあった。もうきょうはきても、)
「あいつのためにひどいめにあった。もう今日は来ても、
(どうしたってあそんでやらないぞ」とやくそくしました。)
どうしたってあそんでやらないぞ」と約束しました。
(「おお、きたぞ、きたぞ」みんながざしきであそんでいたときに、)
「おお、来たぞ、来たぞ」みんながざしきであそんでいたときに、
(にわかにひとりがさけびました。)
にわかに一人が叫びました。
(「ようし、かくれろ」みんなはつぎの、ちいさなざしきへかけこみました。)
「ようし、かくれろ」みんなは次の、小さなざしきへかけ込みました。
(そしたらどうです。そのざしきのまんなかに、いまやっときたばっかりのはずの、)
そしたらどうです。そのざしきのまん中に、今やっと来たばっかりのはずの、
(あのはしかをやんだこが、まるっきりやせてあおざめて、)
あのはしかをやんだ子が、まるっきりやせて青ざめて、
(なきだしそうなかおをして、あたらしいくまのおもちゃをもって、)
泣きだしそうな顔をして、新しい熊のおもちゃを持って、
(きちんとすわっていたのです。)
きちんとすわっていたのです。
(「ざしきぼっこだ」ひとりがさけんでにげだしました。)
「ざしきぼっこだ」一人が叫んでにげだしました。
(みんなもわあっとにげました。ざしきぼっこはなきました。)
みんなもわあっとにげました。ざしきぼっこは泣きました。
(こんなのがざしきぼっこです。 )
こんなのがざしきぼっこです。
(また、きたかみがわのろうみょうじのふちのわたしもりが、あるひわたしにいいました。)
また、北上川の朗妙寺の淵の渡し守が、ある日わたしに言いました。
(「きゅうれきはちがつじゅうしちにちのばん、おらはさけのんではやくねた。)
「旧暦八月十七日の晩、おらは酒のんで早く寝た。
(おおい、おおいとむこうでよんだ。おきてこやからでてみたら、)
おおい、おおいと向こうで呼んだ。起きて小屋から出てみたら、
(おつきさまはちょうどそらのてっぺんだ。おらはいそいでふねだして、)
お月さまはちょうどそらのてっぺんだ。おらは急いで舟だして、
(むこうのきしにいってみたらば、もんつきをきてかたなをさし、)
向こうの岸に行ってみたらば、紋付を着て刀をさし、
(はかまをはいたきれいなこどもだ。たったひとりで、しろおのぞうりもはいていた。)
袴をはいたきれいな子供だ。たった一人で、白緒のぞうりもはいていた。
(わたるかといったら、たのむといった。こどもはのった。)
渡るかと言ったら、たのむと言った。子どもは乗った。
(ふねがまんなかごろにきたとき、おらはみないふりしてよくこどもをみた。)
舟がまん中ごろに来たとき、おらは見ないふりしてよく子供を見た。
(きちんとひざにてをおいて、そらをみながらすわっていた。)
きちんと膝に手を置いて、そらを見ながらすわっていた。
(おまえさんいまからどこへいく、どこからきたってきいたらば、)
お前さん今からどこへ行く、どこから来たってきいたらば、
(こどもはかあいいこえでこたえた。そこのささだのうちにずいぶんながくいたけれど、)
子供はかあいい声で答えた。そこの笹田のうちにずいぶんながくいたけれど、
(もうあきたからほかへいくよ。なぜあきたねってきいたらば、)
もうあきたから他へ行くよ。なぜあきたねってきいたらば、
(こどもはだまってわらっていた。どこへいくねってまたきいたらば、)
子供はだまってわらっていた。どこへ行くねってまたきいたらば、
(さらきのさいとうへいくよといった。きしについたらもうこどもはいず、)
更木の斎藤へ行くよと言った。岸についたらもう子供はいず、
(おらはこやのいりぐちにこしかけていた。ゆめだかなんだかわからない。)
おらは小屋の入口にこしかけていた。夢だかなんだかわからない。
(けれどもきっとほんとうだ。それからささだがおちぶれて、)
けれどもきっと本当だ。それから笹田がおちぶれて、
(さらきのさいとうではびょうきもすっかりなおったし、むすこもだいがくをおわったし、)
更木の斎藤では病気もすっかり直ったし、むすこも大学を終わったし、
(めきめきりっぱになったから」)
めきめき立派になったから」
(こんなのがざしきぼっこです。)
こんなのがざしき童子です。