落語 死神3
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問題文
(ところがこんなありさまでもしにがみのじゅつのちからですか、)
ところがこんな有り様でも死神の術の力ですか、
(よくじつにはおきゃくがきました。)
翌日にはお客が来ました。
(それもおおさわやというきんまんかのばんとうさんで)
それも大沢屋という金満家の番頭さんで
(あるじがごねんのながわずらい。なんとかおたすけをという。)
「主が五年の長患い。なんとかお助けを」と言う。
(よろこびいさんでおおさわやへのりこんで、さてびょうにんをみる)
喜び勇んで大沢屋へ乗り込んで、さて病人を見る
(...てぇと、いいあんばいにしにがみはあしもとにすわっている。)
...てぇと、いい案配に死神は足元に座っている。
(へへっ、こりゃぁありがてぇ)
八五郎「へへっ、こりゃぁありがてぇ」
(え?いま、なにかおっしゃいましたか?)
大沢屋番頭「え? 今、何かおっしゃいましたか?」
(い、いやいや、こ、こっちのことでござんす。)
八五郎「い、いやいや、こ、こっちのことでござんす。
(それより、おたくのだんなさん、)
それより、お宅の旦那さん、
(なんにんものいしゃにみてもらったんですって?)
何人もの医者に見てもらったんですって?
(で、なおらなかったんでしょ。)
で、治らなかったんでしょ。
(でもね、あたしのみたてでは、だんなさん、すぐなおりますよ)
でもね、あたしの見立てでは、旦那さん、すぐ治りますよ」
(す、すぐに?)
大沢屋番頭「す、すぐに?
(せ、せんせい、きやすめをおっしゃらなくてけっこうでございます。)
せ、先生、気休めをおっしゃらなくて結構でございます。
(このごねんのあいだ、えど、かみがたのめいいとなのつくせんせいがたに)
この五年の間、江戸、上方の名医と名のつく先生方に
(なんじゅうにんとなくみていただきましたが、いっこうによくならない、)
何十人となく見ていただきましたが、一向によくならない、
(ばかりでなくびょうめいさえわからない。)
ばかりでなく病名さえ分からない。
(もうどうにもしようがない、こうなったらもうなんでもいい、)
もうどうにも仕様が無い、こうなったらもうなんでもいい、
(いしゃとながつけばなんだろうと...)
「医者」と名が付けば何だろうと...
(いやいや、こ、これはしつれいをいたしました。)
いやいや、こ、これは失礼をいたしました。
(とにかくこまりはてまして)
とにかく困り果てまして
(せんせいにおすがりしたようなしだいでございまして...)
先生におすがりしたような次第でございまして...
(でございますから、きやすめはけっこうでございます。)
でございますから、気休めは結構でございます。
(しょうじきに、せんせいのおみたてをおっしゃってくださいまし)
正直に、先生のお見立てをおっしゃってくださいまし」
(いや、しんじられねぇおきもちぁわかりますがね、)
八五郎「いや、信じられねぇお気持ちァ分かりますがね、
(ま、あたしにまかせておきなさい。)
ま、あたしに任せておきなさい。
(あたしが、かならずなおしてあげますから)
あたしが、必ず治してあげますから」
(ほう、それは...よほどのこうきやくで)
大沢屋番頭「ほう、それは...よほどの高貴薬で」
(いやいや、あたしをそんじょそこらのなみのいしゃと)
八五郎「いやいや、あたしをそんじょそこらの並みの医者と
(いっしょにしちゃぁいけねぇ。)
いっしょにしちゃぁいけねぇ。
(やたらとくすりをだすのはやぶいしゃで。)
やたらと薬を出すのはヤブ医者で。
(あたしゃね、まじないでなおしますから、えぇ。)
あたしゃね、まじないで治しますから、えぇ。
(あたしがひとにらみすりゃぁやまいのほうでにげていっちまう。)
あたしがひと睨みすりゃぁ病いの方で逃げていっちまう。
(それについちゃぁばんとうさん、おまえさんにおねがいがある。)
それについちゃぁ番頭さん、お前さんにお願いがある。
(ちょっとひとばらいをしてもれぇてぇんで。)
ちょっと人払いをしてもれぇてぇんで。
(あたしがよぶまでだれもこないように。)
あたしが呼ぶまで誰も来ないように。
(びょうにんとふたりきりにしてくだせぇ...)
病人と二人きりにしてくだせぇ...」
(...へへっ、いっちゃった...)
「...へへっ、いっちゃった...
(さぁ、しにがみめ、かくごしやがれ...)
さぁ、死神め、覚悟しやがれ...
(あじゃらかもくれんきゅーらいそてけれっつのぱ)
アジャラカモクレン キューライソ テケレッツノパ」(パン、パンッ)
(まじないをする、とたんにしにがみのやつ、)
まじないをする、とたんに死神のやつ、
(うらめしそうなかおをしたかとおもうと)
うらめしそうな顔をしたかと思うと
(すーっとくうきにとけるようにきえてしまいました。)
スーッと空気に溶けるように消えてしまいました。
(すると、いままであおいかおをしてあえいでいたびょうにんが)
すると、今まで蒼い顔をしてあえいでいた病人が
(とつぜんからだをおこして、)
突然からだを起こして、
(ああ、よくねた、ばんとうさんや、おなかがすいた。)
「ああ、よく寝た、番頭さんや、お腹が空いた。
(うなじゅうとてんどんをたべたい!なんていいだしたものですから、)
鰻重と天丼を食べたい!」なんて言い出したものですから、
(もうたいへんですな)
もう大変ですな
(ああっ、だ、だんなさまがなおったぁぁぁぁ!)
大沢屋番頭「ああっ、だ、旦那様が治ったぁぁぁぁ!
(あああぁぁぁ......ああ、ああああぁぁぁ!)
あああぁぁぁ......ああ、ああああぁぁぁ!
(せ、せんせい、ありがとうございます!!!)
せ、先生、ありがとうございます!!!」
(いやいや、これもひとだすけですから。)
八五郎「いやいや、これも人助けですから。」
(もうおおさわやではおおさわぎでございます。)
もう大沢屋では大騒ぎでございます。
(そのひはさっそくあるじのかいきいわいのしゅくえんですな。)
その日はさっそく主の快気祝いの祝宴ですな。
(はちごろうだいせんせいはもちろんあるじとならんでかみざにすえられまして、)
八五郎大先生はもちろん主と並んで上座に据えられまして、
(それはもうげいしゃまであげてののみほうだいのたべほうだい。)
それはもう芸者まであげての呑み放題の食べ放題。
(よくじつはつきびとのぎょうれつにせんどうされて、)
翌日は付き人の行列に先導されて、
(おかごんのってながやへとかえってまいりました。)
お駕籠ン乗って長屋へと帰って参りました。
(もちろん、れいきんもどっさりと...)
もちろん、礼金もどっさりと...
(こうなってまいりますと、かみさんもてのひらをかえしたように)
こうなって参りますと、かみさんも掌を返したように
(おまえさんはたいしたものだねぇ、かいしょうがあるねぇ、)
女房「お前さんはたいしたものだねぇ、甲斐性があるねぇ、
(あたしゃおまえさんってひとはどっかみどころがあるとおもってたんだよ、)
あたしゃお前さんって人はどっか見所があると思ってたんだよ、
(だからさ、どんなくろうだってくろうだなんておもったことは)
だからさ、どんな苦労だって苦労だなんて思ったことは
(こっからさきもありゃしないんだよぉ~)
こっから先もありゃしないんだよぉ~」
(へっ、なにをいってやがんでぇ...)
八五郎「へっ、何を言ってやがんでぇ...」
(さて、おおさわやのものが)
さて、大沢屋のものが
(あのせんせいはめいいだなおるみこみのないびょうにんをなおした)
「あの先生は名医だ」「治る見込みの無い病人を治した」
(めいいがみはなしたびょうにんをなおしたれいきんとしてごじゅうりょうわたした)
「名医が見放した病人を治した」「礼金として五十両渡した」
(とふれてまわるものですから、)
とふれて回るものですから、
(みてほしいというひともそうとうにあったんですが、)
「診て欲しい」という人も相当にあったんですが、
(れいきんがごじゅうりょうというのにおじけづいてしまいまして、)
「礼金が五十両」というのに怖じ気づいてしまいまして、
(こうなりますとくるおきゃくはみなおおがねもちばかりですな。)
こうなりますと来るお客はみな大金持ばかりですな。
(しかも、ぼんぷさかんにしておにがみもこれをよくともうしますが、)
しかも、「凡夫盛んにして鬼神もこれを避く」と申しますが、
(そのとおりで、やっこさんがでかけていくと)
その通りで、やっこさんが出かけて行くと
(しにがみがあしもとにすわっている。)
死神が足元に座っている。
(ひとばらいをして、まじないいっぱつ、たちどころにびょうにんはぜんかい。)
人払いをして、まじない一発、たちどころに病人は全快。
(ああ、このせんせいはめいいだで、れいきんがぼーん。)
「ああ、この先生は名医だ」で、礼金がボーン。