夜長姫と耳男8

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プレイ回数290難易度(4.2) 2529打 長文
坂口安吾の小説です。青空文庫から引用
底本:「坂口安吾全集 12」筑摩書房
   1999(平成11)年1月20日初版第1刷発行
底本の親本:「新潮 第四九巻第六号」
   1952(昭和27)年6月1日発行
初出:「新潮 第四九巻第六号」
   1952(昭和27)年6月1日発行
入力:砂場清隆
校正:田中敬三
2006年2月21日作成
青空文庫作成ファイル
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 饅頭餅美 5310 B++ 5.5 96.1% 457.2 2529 101 54 2024/10/30
2 もっちゃん先生 4771 B 5.0 94.3% 498.2 2528 151 54 2024/10/29
3 Par8 4321 C+ 4.4 97.5% 566.2 2511 64 54 2024/11/08

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問題文

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(おくのにわへみちびかれた。)

奥の庭へみちびかれた。

(えんさきのつちのうえにむしろがしかれていた。それがおれのせきであった。)

縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。

(おれとむかいあわせにえなこがひかえていた。)

オレと向い合せにエナコが控えていた。

(うしろでにいましめられて、じかにつちのうえにすわっていた。)

後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。

(おれのあしおとをききつけて、えなこはくびをあげた。)

オレの跫音をききつけて、エナコは首をあげた。

(そして、いましめをとけばとびかかるいぬのように)

そして、いましめを解けば跳びかかる犬のように

(おれをにらんでめをはなさなかった。)

オレを睨んで目を放さなかった。

(こしゃくなやつめ、とおれはおもった。)

小癪な奴め、とオレは思った。

(「みみをきりおとされたおれがおんなをにくむならわけはわかるが、)

「耳を斬り落されたオレが女を憎むならワケは分るが、

(おんながおれをにくむとはわけがわからないな」)

女がオレを憎むとはワケが分らないな」

(こうかんがえておれはふときがついたが、)

こう考えてオレはふと気がついたが、

(みみのいたみがとれてからは、このおんなをおもいだしたこともなかった。)

耳の痛みがとれてからは、この女を思いだしたこともなかった。

(「かんがえてみるとふしぎだな。おれのようなかんしゃくもちが、)

「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、

(おれのみみをきりおとしたおんなをのろわないとはきみょうなことだ。)

オレの耳を斬り落した女を咒わないとは奇妙なことだ。

(おれはだれかにみみをきりおとされたことはかんがえても、)

オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、

(きりおとしたのがこのおんなだとかんがえたことはめったにない。)

斬り落したのがこの女だと考えたことはめッたにない。

(あべこべに、おんなのやつめがおれをかたきのようににくみきっている)

あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっている

(というのがふにおちないぞ」)

というのが腑に落ちないぞ」

(おれののろいのいちねんはあげてまじんをきざむことにこめられているから、)

オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、

(こしゃくなおんないっぴきをかんがえるひまがなかったのだろう。)

小癪な女一匹を考えるヒマがなかったのだろう。

など

(おれはじゅうごのとしになかまのひとりにやねからつきおとされて)

オレは十五の歳に仲間の一人に屋根から突き落されて

(てとあしのほねをおったことがある。)

手と足の骨を折ったことがある。

(このなかまはささいなことでおれにうらみをもっていたのだ。)

この仲間はササイなことでオレに恨みを持っていたのだ。

(おれはほねをおったのでさんかげつほどだいくのしごとはできなかったが、)

オレは骨を折ったので三ヵ月ほど大工の仕事はできなかったが、

(おやかたはおれがたったいちにちといえどもしごとをやすむことをゆるさなかった。)

親方はオレがたった一日といえども仕事を休むことを許さなかった。

(おれはかたてとかたあしで、らんまのほりものをきざまなければならなかった。)

オレは片手と片足で、欄間のホリモノをきざまなければならなかった。

(こっせつのけがというものは、よるもねむることができないほどいたむものだ。)

骨折の怪我というものは、夜も眠ることができないほど痛むものだ。

(おれはなきなきのみをふるっていたが、)

オレは泣き泣きノミをふるッていたが、

(なきなきねむることができないちょうやのくるしみよりも、)

泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、

(なきなきしごとするにっちゅうのしのぎよいことがわかってきた。)

泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。

(おりからのまんげつをさいわいに、よなかにおきてのみをふるい、)

折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、

(いたさにたえかねてもだえないたこともあったし、)

痛さに堪えかねて悶え泣いたこともあったし、

(てをすべらせてももにのみをつきたててしまったこともあったが、)

手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、

(くるしみにこえたものはしごとだけだということを、)

苦しみに超えたものは仕事だけだということを、

(あのときほどまざまざとおもいしらされたことはない。)

あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。

(かたてかたあしでほったらんまだが、)

片手片足でほった欄間だが、

(りょうてりょうあしがつかえるようになってからながめなおして、)

両手両足が使えるようになってから眺め直して、

(とくにてをいれるひつようもなかった。)

特に手を入れる必要もなかった。

(そのときのことがみにしみているから、)

その時のことが身にしみているから、

(かたみみをきりおとされたいたみぐらいは、しごとのはげみになっただけだ。)

片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。

(いまにおもいしらせてやるぞとかんがえた。)

今に思い知らせてやるぞと考えた。

(そして、いやがうえにもおそろしいまじんのすがたを)

そして、いやが上にも怖ろしい魔神の姿を

(おもいめぐらしてぞくぞくしたが、)

思いめぐらしてゾクゾクしたが、

(おもいしらせてやるのがこのおんなだとはかんがえたことがなかったようだ。)

思い知らせてやるのがこの女だとは考えたことがなかったようだ。

(「おれがおんなをのろわないのは、わけがわかるふしもあるようなきがするが、)

「オレが女を咒わないのは、ワケが分るフシもあるような気がするが、

(おんながおれをかたきのようににくむのはわけがわからない。)

女がオレを仇のように憎むのはワケが分らない。

(ひょっとすると、ちょうじゃがあんなことをいったから、)

ひょッとすると、長者があんなことを云ったから、

(おれがおんなをほしがっているとおもってのろっているのかもしれないな」)

オレが女をほしがっていると思って咒っているのかも知れないな」

(こうかんがえると、わけがわかってきたようにおもわれた。)

こう考えると、ワケが分ってきたように思われた。

(そこでむらむらといかりがこみあげた。)

そこでムラムラと怒りがこみあげた。

(ばかなおんなめ。きさまほしさにしごとをするおれとおもうか。)

バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。

(つれてかえれといわれても、)

連れて帰れと云われても、

(かたにおちたけむしのようにてではらってすてていくだけのことだ。)

肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。

(こうかんがえたから、おれのこころはおちついた。)

こう考えたから、オレの心は落附いた。

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