夜長姫と耳男6

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プレイ回数16難易度(4.4) 2952打 長文
坂口安吾の小説です。青空文庫から引用
底本:「坂口安吾全集 12」筑摩書房
   1999(平成11)年1月20日初版第1刷発行
底本の親本:「新潮 第四九巻第六号」
   1952(昭和27)年6月1日発行
初出:「新潮 第四九巻第六号」
   1952(昭和27)年6月1日発行
入力:砂場清隆
校正:田中敬三
2006年2月21日作成
青空文庫作成ファイル

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問題文

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(だから、ひめのきにいったぶつぞうをつくったものに)

だから、ヒメの気に入った仏像を造った者に

(えなこをほーびにやるというちょうじゃのことばはおれにおおきなきょうがくをあたえた。)

エナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。

(また、はげしいいかりもおぼえた。)

また、激しい怒りも覚えた。

(また、このおんなはおれがもらうおんなではないときがついたために、)

また、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、

(むらむらとあざけりもわいた。)

ムラムラと嘲りも湧いた。

(そのざつねんをおさえるために、たくみのこころになりきろうとおれはおもった。)

その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。

(おやかたがおしえてくれたたくみのこころがまえのもちいどころはこのときだとおもった。)

親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思った。

(そこでおれはえなこをみつめた。)

そこでオレはエナコを見つめた。

(だいじゃがあしにかみついてもこのめをはなしはしないぞと)

大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと

(われとわがむねにいいきかせながら。)

我とわが胸に云いきかせながら。

(「このおんなが、やまをこえ、みずうみをこえ、のをこえ、またやまをこえて、)

「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、

(のをこえて、またやまをこえて、おおきなもりをこえて、)

野をこえて、また山をこえて、大きな森をこえて、

(いずみのわくさとからきたはたをおるおんなだと?それはめずらしいどうぶつだ」)

泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」

(おれのめはえなこのかおからはなれなかったが、いっしんふらんではなかった。)

オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。

(なぜなら、おれはきょうがくといかりをおさえたかわりに、)

なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、

(あざけりがやどってしまったのを、いかんともすることができなかったから。)

嘲りが宿ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。

(そのあざけりをえなこにむけるのはふとうであるときがついていたが、)

その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、

(おれのめをえなこにむけてそこからはなすことができなければ、)

オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、

(めにやどるあざけりもえなこのかおにむけるほかにどうしようもない。)

目に宿る嘲りもエナコの顔に向けるほかにどう仕様もない。

(えなこはおれのしせんにきがついた。しだいにえなこのかおいろがかわった。)

エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。

など

(おれはしまったとおもったが、えなこのめににくしみのひがもえたつのをみて、)

オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、

(おれもにわかににくしみにもえた。)

オレもにわかに憎しみにもえた。

(おれとえなこはすべてをわすれ、ただにくしみをこめてにらみあった。)

オレとエナコは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。

(えなこのきびしいめがかるくそれた。)

エナコのきびしい目が軽くそれた。

(えなこはたくらみのふかいわらいをうかべていった。)

エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。

(「わたしのしょうこくはひとのかずよりうまのかずがおおいといわれておりますが、)

「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、

(うまはひとをのせてはしるために、また、はたけをたがやすためにつかわれています。)

馬は人を乗せて走るために、また、畑を耕すために使われています。

(こちらのおくにではうまがきものをきててにのみをにぎり、)

こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、

(おてらやぶつぞうをつくるのにつかわれていますね」)

お寺や仏像を造るのに使われていますね」

(おれはそくざにいいかえした。)

オレは即座に云い返した。

(「おれのくにではおんながのらをたがやすが、おまえのくにではうまがのらをたがやすから、)

「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が野良を耕すから、

(うまのかわりにおんながはたをおるようだ。おれのくにのうまはてにのみをにぎって)

馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って

(だいくはするが、はたはおらねえな。せいぜい、はたをおってもらおう。)

大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。

(えんろのところ、はなはだごくろう」)

遠路のところ、はなはだ御苦労」

(えなこのめがはじかれたようにひらいた。そして、しずかにたちあがった。)

エナコの目がはじかれたように開いた。そして、静かに立ち上った。

(ちょうじゃにかるくもくれいし、ずかずかとおれのまえへすすんだ。)

長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。

(たちどまって、おれをみおろした。)

立ち止って、オレを見おろした。

(むろんおれのめもえなこのかおからはなれなかった。)

むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。

(えなこはぜんぶのよこをはんしゅうしておれのはいごへまわった。)

エナコは膳部の横を半周してオレの背後へまわった。

(そして、そっとおれのみみをつまんだ。)

そして、そッとオレの耳をつまんだ。

(「そんなことか!・・・・・・」と、おれはおもった。)

「そんなことか!……」と、オレは思った。

(しょせん、さきにめをはなしたおまえのまけだとかんがえた。そのしゅんかんであった。)

所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。

(おれはみみにやかれたようないちげきをうけた。)

オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。

(まえへのめり、ぜんぶのなかにてをつっこんでしまったことにきがついたのと、)

前へのめり、膳部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、

(ひとびとのざわめきをみみのそこにききとめたのとどうじであった。)

人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。

(おれはふりむいてえなこをみた。)

オレはふりむいてエナコを見た。

(えなこのみぎてはかいけんのさやをはらってにぎっていたが、)

エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、

(そのてはしずかにかほうにたれ、みじんもさついがみられなかった。)

その手は静かに下方に垂れ、ミジンも殺意が見られなかった。

(えなこがなんとなくようありげに、)

エナコがなんとなく用ありげに、

(ぶきようにちゅうにうかしてたれているのは、ひだりてのほうだ。)

不器用に宙に浮かして垂れているのは、左手の方だ。

(そのゆびにつままれているものがなにものであるかということにおれはとつぜんきがついた。)

その指につままれている物が何物であるかということにオレは突然気がついた。

(おれはくびをまわしておれのひだりのかたをみた。)

オレはクビをまわしてオレの左の肩を見た。

(なんとなくそこがへんだとおもっていたが、かたいちめんにちでぬれていた。)

なんとなくそこが変だと思っていたが、肩一面に血でぬれていた。

(うすべりのうえにもちがしたたっていた。)

ウスベリの上にも血がしたたっていた。

(おれはなにかわすれていたむかしのことをおもいだすように、)

オレは何か忘れていた昔のことを思いだすように、

(みみのいたみにきがついた。)

耳の痛みに気がついた。

(「これがうまのみみのひとつですよ。)

「これが馬の耳の一ツですよ。

(ほかのひとつはあなたのおのでそぎおとして、せいぜいひとのみみににせなさい」)

他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」

(えなこはそぎおとしたおれのかたみみのじょうぶをおれのしゅはいのなかへおとしてたちさった。)

エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。

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