紫式部 源氏物語 夕顔 14 與謝野晶子訳

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(ひがくれてからこれみつがきた。ゆきぶれのけんをはっぴょうしたので、にじょうのいんへのらいほうしゃは)

日が暮れてから惟光が来た。行触れの件を発表したので、二条の院への来訪者は

(みなにわからとりつぎをもってようじをもうしいれてかえっていくので、めんどうなひとは)

皆庭から取り次ぎをもって用事を申し入れて帰って行くので、めんどうな人は

(だれもげんじのいまにいなかった。これみつをみてげんじは、)

だれも源氏の居間にいなかった。惟光を見て源氏は、

(「どうだったか、だめだったか」 というとどうじにそでをかおへあててないた。)

「どうだったか、だめだったか」 と言うと同時に袖を顔へ当てて泣いた。

(これみつもなくなくいう、 「もうたしかにおかくれになったのでございます。)

惟光も泣く泣く言う、 「もう確かにお亡れになったのでございます。

(いつまでおおきしてもよくないことでございますから、それにちょうどあすは)

いつまでお置きしてもよくないことでございますから、それにちょうど明日は

(そうしきによいひでしたから、しきのことなどをわたくしのそんけいするろうそうがありまして、)

葬式によい日でしたから、式のことなどを私の尊敬する老僧がありまして、

(それとよくそうだんをしてたのんでまいりました」 「いっしょにいったおんなは」)

それとよく相談をして頼んでまいりました」 「いっしょに行った女は」

(「それがまたあまりにかなしがりまして、いきていられないというふうなので、)

「それがまたあまりに悲しがりまして、生きていられないというふうなので、

(けさはたにへとびこむのでないかとしんぱいされました。ごじょうのいえへつかいをだすと)

今朝は渓へ飛び込むのでないかと心配されました。五条の家へ使いを出すと

(いうのですが、よくおちついてからにしなければいけないともうして、とにかく)

いうのですが、よく落ち着いてからにしなければいけないと申して、とにかく

(とめてまいりました」 これみつのほうこくをきいているうちに、げんじはまえよりも)

止めてまいりました」 惟光の報告を聞いているうちに、源氏は前よりも

(いっそうかなしくなった。 「わたくしもびょうきになったようで、)

いっそう悲しくなった。 「私も病気になったようで、

(しぬのじゃないかとおもう」 といった。)

死ぬのじゃないかと思う」 と言った。

(「そんなふうにまでおかなしみになるのでございますか、よろしくございません。)

「そんなふうにまでお悲しみになるのでございますか、よろしくございません。

(みなうんめいでございます。どうかしてひみつのうちにしょちをしたいとおもいまして、)

皆運命でございます。どうかして秘密のうちに処置をしたいと思いまして、

(わたくしもじしんでどんなこともしているのでございますよ」)

私も自身でどんなこともしているのでございますよ」

(「そうだ、うんめいにちがいない。わたくしもそうおもうがけいそつなれんあいあさりから、)

「そうだ、運命に違いない。私もそう思うが軽率な恋愛漁りから、

(ひとをしなせてしまったというせきにんをかんじるのだ。きみのいもうとのしょうしょうのみょうぶなどにも)

人を死なせてしまったという責任を感じるのだ。君の妹の少将の命婦などにも

(いうなよ。あまぎみなんかはまたいつもああいったふうのことをよくないよくないと)

言うなよ。尼君なんかはまたいつもああいったふうのことをよくないよくないと

など

(こごとにいうほうだから、きかれてははずかしくてならない」)

小言に言うほうだから、聞かれては恥ずかしくてならない」

(「やまのぼうさんたちにもまるではなしをかえてしてございます」 とこれみつがいうので)

「山の坊さんたちにもまるで話を変えてしてございます」 と惟光が言うので

(げんじはあんしんしたようである。しゅじゅうがひそひそばなしをしているのをみたにょうぼうなどは、)

源氏は安心したようである。主従がひそひそ話をしているのを見た女房などは、

(「どうもふしぎですね、ゆきぶれだとおいいになってさんだいもなさらないし、)

「どうも不思議ですね、行触れだとお言いになって参内もなさらないし、

(またなにかかなしいことがあるようにあんなふうにしてはなしていらっしゃる」)

また何か悲しいことがあるようにあんなふうにして話していらっしゃる」

(ふにおちぬらしくいっていた。 「そうぎはあまりかんたんなみぐるしいものに)

腑に落ちぬらしく言っていた。 「葬儀はあまり簡単な見苦しいものに

(しないほうがよい」 とげんじがこれみつにいった。)

しないほうがよい」 と源氏が惟光に言った。

(「そうでもございません。これはたいそうにいたしてよいことではございません」)

「そうでもございません。これは大層にいたしてよいことではございません」

(とひていしてから、これみつがたっていこうとするのをみると、きゅうにまたげんじは)

と否定してから、惟光が立って行こうとするのを見ると、急にまた源氏は

(かなしくなった。 「よくないことだとおまえはおもうだろうが、わたくしはもういちど)

悲しくなった。 「よくないことだとおまえは思うだろうが、私はもう一度

(いがいをみたいのだ。それをしないではいつまでもゆううつがつづくように)

遺骸を見たいのだ。それをしないではいつまでも憂鬱が続くように

(おもわれるから、うまででもいこうとおもうが」 あるじののぞみを、とんでもない)

思われるから、馬ででも行こうと思うが」 主人の望みを、とんでもない

(けいそつなことであるとおもいながらもこれみつはとめることができなかった。)

軽率なことであると思いながらも惟光は止めることができなかった。

(「そんなにおぼしめすのならしかたがございません。でははやくいらっしゃいまして、)

「そんなに思召すのならしかたがございません。では早くいらっしゃいまして、

(よのふけぬうちにおかえりなさいませ」 とこれみつはいった。ごじょうがよいの)

夜の更けぬうちにお帰りなさいませ」 と惟光は言った。五条通いの

(へんそうのためにつくらせたかりぎぬにきがえなどしてげんじはでかけたのである。)

変装のために作らせた狩衣に着更えなどして源氏は出かけたのである。

(びょうくがあさよりもくわわったこともわかっていてげんじは、かるはずみにそうしたところへ)

病苦が朝よりも加わったこともわかっていて源氏は、軽はずみにそうした所へ

(でかけて、そこでまたどんなきけんがいのちをおびやかすかもしれない、やめたほうが)

出かけて、そこでまたどんな危険が命をおびやかすかもしれない、やめたほうが

(いいのではないかともおもったが、やはりしんだゆうがおにひかれるこころがつよくて、)

いいのではないかとも思ったが、やはり死んだ夕顔に引かれる心が強くて、

(このよでのかおをいがいでみておかなければこんごのせかいでそれはみられないのである)

この世での顔を遺骸で見ておかなければ今後の世界でそれは見られないのである

(というおもいがこころぼそさをおさえて、れいのこれみつとずいしんをしたがえてでた。ひじょうにみちの)

という思いが心細さをおさえて、例の惟光と随身を従えて出た。非常に路の

(はかがゆかぬきがした。じゅうしちにちのつきがでてきて、かもがわのかわらをとおるころ、)

はかがゆかぬ気がした。十七日の月が出てきて、加茂川の河原を通るころ、

(ぜんくのもののもつたいまつのあわいあかりにとりべののほうがみえるというこんなぶきみな)

前駆の者の持つ松明の淡い明りに鳥辺野のほうが見えるというこんな不気味な

(けしきにもげんじのきょうふしんはもうまひしてしまっていた。ただかなしみにむねが)

景色にも源氏の恐怖心はもう麻痺してしまっていた。ただ悲しみに胸が

(かきみだされたふうでもくてきちについた。すごいきのするところである。そんなところにすまいの)

搔き乱されたふうで目的地に着いた。凄い気のする所である。そんな所に住居の

(いたやがあって、よこにみどうがつづいているのである。ぶつぜんのとうみょうのかげがほのかに)

板屋があって、横に御堂が続いているのである。仏前の燈明の影がほのかに

(とからすいてみえた。へやのなかにはひとりのおんなのなきごえがして、そのへやのそとと)

戸からすいて見えた。部屋の中には一人の女の泣き声がして、その室の外と

(おもわれるところでは、そうのに、さんにんがはなしながらこえをおおくたてぬねんぶつをしていた。)

思われる所では、僧の二、三人が話しながら声を多く立てぬ念仏をしていた。

(ちかくにあるひがしやまのてらでらのしょやのごんぎょうもおわったところでしずかだった。)

近くにある東山の寺々の初夜の勤行も終ったところで静かだった。

(きよみずのほうがくにだけひがたくさんにみえておおくのさんけいにんのけはいも)

清水の方角にだけ灯がたくさんに見えて多くの参詣人の気配も

(きかれるのである。あるじのあまのむすこのそうがとうといこえできょうをよむのが)

聞かれるのである。主人の尼の息子の僧が尊い声で経を読むのが

(きこえてきたときに、げんじはからだじゅうのなみだがことごとくながれてでるきもした。)

聞こえてきた時に、源氏はからだじゅうの涙がことごとく流れて出る気もした。

(なかへはいってみると、ひをあちらむきにおいて、いがいとのあいだにたてたびょうぶの)

中へはいって見ると、灯をあちら向きに置いて、遺骸との間に立てた屏風の

(こちらにうこんはよこになっていた。どんなにわびしいきのすることだろうと)

こちらに右近は横になっていた。どんなに侘しい気のすることだろうと

(げんじはどうじょうしてみた。いがいはまだおそろしいというきのしないものであった。)

源氏は同情して見た。遺骸はまだ恐ろしいという気のしない物であった。

(うつくしいかおをしていて、まだいきていたときのかれんさとすこしもかわっていなかった。)

美しい顔をしていて、まだ生きていた時の可憐さと少しも変っていなかった。

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