紫式部 源氏物語 若紫 5 與謝野晶子訳

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1 HAKU 7587 7.8 96.2% 664.8 5250 206 74 2024/10/21
2 subaru 7570 7.9 95.9% 659.0 5210 221 74 2024/10/17
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4 berry 7346 7.5 97.4% 687.0 5183 136 74 2024/10/31
5 りつ 4291 C+ 4.4 95.6% 1192.1 5361 245 74 2024/10/18

問題文

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(てらでみながねどこについていると、そうずのでしがほうもんしてきて、これみつにあいたいと)

寺で皆が寝床についていると、僧都の弟子が訪問して来て、惟光に逢いたいと

(もうしいれた。せまいばしょであったからこれみつへいうことがげんじにもよくきこえた。)

申し入れた。狭い場所であったから惟光へ言う事が源氏にもよく聞こえた。

(「てまえどものぼうのおくのてらへおいでになりましたことをひとがもうしますのでただいま)

「手前どもの坊の奥の寺へおいでになりましたことを人が申しますのでただ今

(しょうちいたしました。すぐにうかがうべきでございますが、わたくしがこのやまに)

承知いたしました。すぐに伺うべきでございますが、私がこの山に

(おりますことをごしょうちのあなたさまがすどおりをあそばしたのは、なにか)

おりますことを御承知のあなた様が素通りをあそばしたのは、何か

(おきにいらないことがあるかとごえんりょするこころもございます。ごしゅくはくのもうけも)

お気に入らないことがあるかと御遠慮する心もございます。御宿泊の設けも

(いきとどきませんでもとうぼうでさせていただきたいものでございます」)

行き届きませんでも当坊でさせていただきたいものでございます」

(というのがつかいのつたえるそうずのあいさつだった。 「こんげつのじゅういくにちごろからわたくしは)

と言うのが使いの伝える僧都の挨拶だった。 「今月の十幾日ごろから私は

(わらわやみにかかっておりましたが、たびたびのほっさでたえられなくなりまして、)

瘧病にかかっておりましたが、たびたびの発作で堪えられなくなりまして、

(ひとのすすめどおりにやまへまいってみましたが、もしききめがみえませんでしたときには)

人の勧めどおりに山へ参ってみましたが、もし効験が見えませんでした時には

(ひとりのそうのふめいよになることですから、かくれてきておりました。そちらへもごこく)

一人の僧の不名誉になることですから、隠れて来ておりました。そちらへも後刻

(うかがうつもりです」 とげんじはこれみつにいわせた。それからまもなくそうずが)

伺うつもりです」 と源氏は惟光に言わせた。それから間もなく僧都が

(ほうもんしてきた。そんけいされるじんかくしゃで、そうではあるがきぞくでのこのひとにかるいりょそうで)

訪問して来た。尊敬される人格者で、僧ではあるが貴族出のこの人に軽い旅装で

(あうことをげんじはきまりわるくおもった。にねんごしのやまごもりのせいかつをそうずは)

逢うことを源氏はきまり悪く思った。二年越しの山籠りの生活を僧都は

(かたってから、 「そうのいえというものはどうせみなさびしいひんじゃくなものですが、)

語ってから、 「僧の家というものはどうせ皆寂しい貧弱なものですが、

(ここよりはすこしきれいなみずのながれなどもにわにはできておりますから、)

ここよりは少しきれいな水の流れなども庭にはできておりますから、

(おめにかけたいとおもうのです」 そうずはげんじのらいしゅくをこうてやまなかった。)

お目にかけたいと思うのです」 僧都は源氏の来宿を乞うてやまなかった。

(げんじをしらないあのおんなのひとたちにたいそうなかおのふいちょうなどをされていたことを)

源氏を知らないあの女の人たちにたいそうな顔の吹聴などをされていたことを

(おもうと、しりごみもされるのであるが、こころをひいたしょうじょのこともくわしく)

思うと、しりごみもされるのであるが、心を惹いた少女のことも詳しく

(しりたいとおもってげんじはそうずのぼうへうつっていった。あるじのことばどおりににわの)

知りたいと思って源氏は僧都の坊へ移って行った。主人の言葉どおりに庭の

など

(つくりひとつをいってもここはゆうびなさんそうであった。つきはないころであったから、)

作り一つをいってもここは優美な山荘であった。月はないころであったから、

(ながれのほとりにかがりをたかせ、とうろうをつらせなどしてある。みなみむきのへやをうつくしく)

流れのほとりに篝を焚かせ、燈籠を吊らせなどしてある。南向きの室を美しく

(そうしょくしてげんじのしんしつができていた。おくのざしきからもれてくるくんこうのにおいと)

装飾して源氏の寝室ができていた。奥の座敷から洩れてくる薫香のにおいと

(ぶつぜんにたかれるめいこうのかがいりまじってただよっているさんそうに、あたらしくげんじの)

仏前に焚かれる名香の香が入り混じって漂っている山荘に、新しく源氏の

(おいかぜがくわわったこのよるをおんなたちもはれがましくおもった。 そうずはじんせいのむじょうさと)

追い風が加わったこの夜を女たちも晴がましく思った。 僧都は人世の無常さと

(らいせのたのもしさをげんじにといてきかせた。げんじはじしんのつみのおそろしさが)

来世の頼もしさを源氏に説いて聞かせた。源氏は自身の罪の恐ろしさが

(じかくされ、らいせでうけるばつのおおきさをおもうと、そうしたつねないじんせいから)

自覚され、来世で受ける罰の大きさを思うと、そうした常ない人生から

(とおざかったこんなせいかつにじぶんもはいってしまいたいなどとおもいながらも、ゆうがたに)

遠ざかったこんな生活に自分もはいってしまいたいなどと思いながらも、夕方に

(みたちいさいきじょがこころにかかってこいしいげんじであった。)

見た小さい貴女が心にかかって恋しい源氏であった。

(「ここへきていらっしゃるのはどなたなんですか、そのかたたちとじぶんとが)

「ここへ来ていらっしゃるのはどなたなんですか、その方たちと自分とが

(いんねんのあるというようなゆめをわたくしはまえにみたのですが、なんだかきょうこちらへ)

因縁のあるというような夢を私は前に見たのですが、なんだか今日こちらへ

(うかがってなぞのいとぐちをえたきがします」 とげんじがいうと、)

伺って謎の糸口を得た気がします」 と源氏が言うと、

(「とつぜんなゆめのおはなしですね。それがだれであるかをおききになってきょうがおさめに)

「突然な夢のお話ですね。それがだれであるかをお聞きになって興がおさめに

(なるだけでございましょう。まえのあぜちだいなごんはもうずっとはやくなくなったので)

なるだけでございましょう。前の按察使大納言はもうずっと早く亡くなったので

(ございますからごぞんじはありますまい。そのふじんがわたくしのあねなのです。みぼうじんに)

ございますからご存じはありますまい。その夫人が私の姉なのです。未亡人に

(なってからあまになりまして、それがこのごろびょうきなものですから、わたくしがやまに)

なってから尼になりまして、それがこのごろ病気なものですから、私が山に

(こもったきりになっているのでこころぼそがってこちらへきているのです」)

こもったきりになっているので心細がってこちらへ来ているのです」

(そうずのこたえはこうだった。 「そのだいなごんにおじょうさんがおありになるということ)

僧都の答えはこうだった。 「その大納言にお嬢さんがおありになるということ

(でしたが、それはどうなすったのですか。わたくしはこうしょくからうかがうのじゃありません、)

でしたが、それはどうなすったのですか。私は好色から伺うのじゃありません、

(まじめにたずねもうしあげるのです」 しょうじょはだいなごんのいしであろうとそうぞうして)

まじめに尋ね申し上げるのです」 少女は大納言の遺子であろうと想像して

(げんじがいうと、 「ただひとりむすめがございました。なくなりましてもうじゅうねんあまりに)

源氏が言うと、 「ただ一人娘がございました。亡くなりましてもう十年余りに

(なりますでしょうか、だいなごんはきゅうちゅうへいれたいようにもうして、ひじょうにだいじにして)

なりますでしょうか、大納言は宮中へ入れたいように申して、非常に大事にして

(そだてていたのですがそのままでしにますし、みぼうじんがひとりで)

育てていたのですがそのままで死にますし、未亡人が一人で

(そだてていますうちに、だれがおてびきをしたのかひょうぶきょうのみやがかよって)

育てていますうちに、だれがお手引きをしたのか兵部卿の宮が通って

(いらっしゃるようになりまして、それをみやのごほんさいはなかなかけんりょくのある)

いらっしゃるようになりまして、それを宮の御本妻はなかなか権力のある

(ふじんで、やかましくおいいになって、わたくしのめいはそんなことからいろいろくろうが)

夫人で、やかましくお言いになって、私の姪はそんなことからいろいろ苦労が

(おおくて、ものおもいばかりをしたあげくなくなりました。ものおもいでびょうきがでるもので)

多くて、物思いばかりをしたあげく亡くなりました。物思いで病気が出るもので

(あることをわたくしはめいをみてよくわかりました」 などとそうずはかたった。)

あることを私は姪を見てよくわかりました」 などと僧都は語った。

(それではあのしょうじょはむかしのあぜちだいなごんのひめぎみとひょうぶきょうのみやのあいだにできた)

それではあの少女は昔の按察使大納言の姫君と兵部卿の宮の間にできた

(こであるにちがいないとげんじはさとったのである。ふじつぼのみやのあにぎみのこで)

子であるに違いないと源氏は悟ったのである。藤壺の宮の兄君の子で

(あるがためにそのひとににているのであろうとおもうといっそうこころをひかれるのを)

あるがためにその人に似ているのであろうと思うといっそう心を惹かれるのを

(おぼえた。みぶんのきわめてよいのがうれしい、あいするものをしんじようとせずにうたがいの)

覚えた。身分のきわめてよいのがうれしい、愛する者を信じようとせずに疑いの

(おおいおんなでなく、むじゃきなこどもを、じぶんがみらいのつまとしてきょうようをあたえていくことは)

多い女でなく、無邪気な子供を、自分が未来の妻として教養を与えていくことは

(たのしいことであろう、それをただちにじっこうしたいというこころにげんじはなった。)

楽しいことであろう、それを直ちに実行したいという心に源氏はなった。

(「おきのどくなおはなしですね。そのかたにはわすれがたみはなかったのですか」)

「お気の毒なお話ですね。その方には忘れ形見はなかったのですか」

(なおめいかくにしょうじょのだれであるかをしろうとしてげんじはいうのである。)

なお明確に少女のだれであるかを知ろうとして源氏は言うのである。

(「なくなりますころにうまれました。それもおんなです。そのこどもがあねのしんこうせいかつを)

「亡くなりますころに生まれました。それも女です。その子供が姉の信仰生活を

(しずかにさせません。あねはとしをとってからひとりのまごむすめのしょうらいばかりをしんぱいして)

静かにさせません。姉は年を取ってから一人の孫娘の将来ばかりを心配して

(くらしております」 きいているはなしに、ゆうがたみたあまぎみのなみだをげんじは)

暮らしております」 聞いている話に、夕方見た尼君の涙を源氏は

(おもいあわせた。 「みょうなことをいいだすようですが、わたくしにそのちいさい)

思い合わせた。 「妙なことを言い出すようですが、私にその小さい

(おじょうさんを、たくしていただけないかとおはなししてくださいませんか。わたくしは)

お嬢さんを、託していただけないかとお話ししてくださいませんか。私は

(つまについてひとつのりそうがありまして、ただいまけっこんしてはいますが、ふつうの)

妻について一つの理想がありまして、ただ今結婚してはいますが、普通の

(ふうふせいかつなるものはわたくしにおもににおもえまして、まあどくしんもののようなくらしかた)

夫婦生活なるものは私に重荷に思えまして、まあ独身もののような暮らし方

(ばかりをしているのです。まだとしがつりあわぬなどとじょうしきてきにはんだんをなすって、)

ばかりをしているのです。まだ年がつり合わぬなどと常識的に判断をなすって、

(しつれいなもうしでだとおぼしめすでしょうか」 とげんじはいった。)

失礼な申し出だと思召すでしょうか」 と源氏は言った。

(「それはひじょうにけっこうなことでございますが、まだまだとてもようちなもので)

「それは非常に結構なことでございますが、まだまだとても幼稚なもので

(ございますから、かりにもおてもとへなどむかえていただけるものではありません。)

ございますから、仮にもお手もとへなど迎えていただけるものではありません。

(まあおんなというものはおっとのよいしどうをえていちにんまえになるものですから、あながち)

まあ女というものは良人のよい指導を得て一人前になるものですから、あながち

(はやすぎるおはなしともなんともわたしはもうされません。こどものそぼとそうだんをいたしまして)

早過ぎるお話とも何とも私は申されません。子供の祖母と相談をいたしまして

(おへんじをするといたしましょう」 こんなふうにてきぱきいうひとがそうぎょうの)

お返辞をするといたしましょう」 こんなふうにてきぱき言う人が僧形の

(いかめしいひとであるだけ、わかいげんじにははずかしくて、のぞんでいることを)

厳めしい人であるだけ、若い源氏には恥ずかしくて、望んでいることを

(なおつづけていうことができなかった。 「あみださまがいらっしゃるおどうで)

なお続けて言うことができなかった。 「阿弥陀様がいらっしゃるお堂で

(ようじのあるじこくになりました。しょやのつとめがまだしてございません。)

用事のある時刻になりました。初夜の勤めがまだしてございません。

(すませましてまた」 こういってそうずはみどうのほうへいった。)

済ませましてまた」 こう言って僧都は御堂のほうへ行った。

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