紫式部 源氏物語 榊 13 與謝野晶子訳
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問題文
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(ただのこと、とうぐうのおかみについてのことなどにはしんらいあそばされることを、)
ただのこと、東宮の御上についてのことなどには信頼あそばされることを、
(ていねいにかんじょうをかくしてつげておよこしになるちゅうぐうを、どこまでもりちだけを)
丁寧に感情を隠して告げておよこしになる中宮を、どこまでも理智だけを
(おみせになるとげんじはうらんでいた。とうぐうのおせわはことごとくげんじがしていて、)
お見せになると源氏は恨んでいた。東宮のお世話はことごとく源氏がしていて、
(それをこんどにかぎってれいたんなふうにしてみせてはひとがあやしがるであろうとおもって、)
それを今度に限って冷淡なふうにしてみせては人が怪しがるであろうと思って、
(げんじはちゅうぐうがごしょをおでになるひにいった。まずみかどのほうへうかがったのである。)
源氏は中宮が御所をお出になる日に行った。まず帝のほうへ伺ったのである。
(みかどはちょうどおひまで、げんじをあいてにむかしのはなし、いまのはなしを)
帝はちょうどお閑暇で、源氏を相手に昔の話、今の話を
(いろいろとあそばされた。みかどのごようぼうはいんによくにておいでになって、)
いろいろとあそばされた。帝の御容貌は院によく似ておいでになって、
(それへえんなぶんしがいくぶんくわわった。なつかしみとやわらかさにみちたかたで)
それへ艶な分子がいくぶん加わった。なつかしみと柔らかさに満ちた方で
(ましますのである。みかどもげんじとおなじように、げんじによっていんのことを)
ましますのである。帝も源氏と同じように、源氏によって院のことを
(おおもいだしになった。ないしのかみとのかんけいがまだたえていないこともみかどのおみみに)
お思い出しになった。尚侍との関係がまだ絶えていないことも帝のお耳に
(はいっていたし、ごじしんでおきづきになることもないのではなかったが、)
はいっていたし、御自身でお気づきになることもないのではなかったが、
(それもしかたがない、いまはじめてなりたったあいだがらではなく、じぶんのしるよりも)
それもしかたがない、今はじめて成り立った間柄ではなく、自分の知るよりも
(はやくげんじのほうがそのひとのじょうじんであったのであるからとおぼしめして、)
早く源氏のほうがその人の情人であったのであるからと思召して、
(れんあいをするのにもっともふさわしいふたりであるから、やむをえないともおこころのなかで)
恋愛をするのに最もふさわしい二人であるから、やむをえないともお心の中で
(ゆるしておいでになって、げんじをとがめようなどとは、)
許しておいでになって、源氏をとがめようなどとは、
(すこしもおぼしめさないのである。しぶんのことでげんじにしつもんをあそばしたり、)
少しも思召さないのである。詩文のことで源氏に質問をあそばしたり、
(またふうりゅうなうたのはなしをかわしたりするうちに、さいぐうのげこうのしきのひのこと、)
また風流な歌の話をかわしたりするうちに、斎宮の下向の式の日のこと、
(うつくしいひとだったことなどもみかどはわだいにあそばした。げんじもうちとけた)
美しい人だったことなども帝は話題にあそばした。源氏も打ち解けた
(こころもちになって、ののみやのあけぼののわかれのみにしんだことなどもみなおはなしした。)
心持ちになって、野の宮の曙の別れの身にしんだことなども皆お話しした。
(はつかのつきがようやくてりだして、よるのおもむきがおもしろくなってきたころ、みかどは、)
二十日の月がようやく照り出して、夜の趣がおもしろくなってきたころ、帝は、
など
(「おんがくがきいてみたいようなばんだ」
とおおせられた。)
「音楽が聞いてみたいような晩だ」
と仰せられた。
(「わたくしはこんばんちゅうぐうがたいしゅつされるそうですからごほうもんにいってまいります。)
「私は今晩中宮が退出されるそうですから御訪問に行ってまいります。
(いんのごゆいごんをうけたまわっていまして、だれもほかにおせわをするひともないかたで)
院の御遺言を承っていまして、だれもほかにお世話をする人もない方で
(ございますから、しんせつにしてさしあげております。とうぐうとわたくしどもとのかんけいからも)
ございますから、親切にしてさしあげております。東宮と私どもとの関係からも
(おすてしておけませんのです」
とげんじはそうじょうした。)
お捨てしておけませんのです」
と源氏は奏上した。
(「いんはとうぐうをじぶんのことおもってあいするようにとおおせなすったからね、)
「院は東宮を自分の子と思って愛するようにと仰せなすったからね、
(じぶんはどのきょうだいよりもだいじにおもっているが、めにたつようにしてもとおもって、)
自分はどの兄弟よりも大事に思っているが、目に立つようにしてもと思って、
(じぶんでひかえめにしている。とうぐうはもうじなどもりっぱなふうにおかきになる。)
自分で控え目にしている。東宮はもう字などもりっぱなふうにお書きになる。
(すべてのことがへいぼんなじぶんのふめいよをあのかたがかいふくしてくれるだろうと)
すべてのことが平凡な自分の不名誉をあの方が回復してくれるだろうと
(たのみにしている」
「それはいろんなことをおとなのようになさいますが、)
頼みにしている」
「それはいろんなことを大人のようになさいますが、
(まだなんともうしてもごようれいですから」
げんじはとうぐうのごべんがくなどのことについて)
まだ何と申しても御幼齢ですから」
源氏は東宮の御勉学などのことについて
(そうじょうをしたのちにたいしゅつしていくときこうたいごうのあにであるとうのだいなごんのむすこの)
奏上をしたのちに退出して行く時皇太后の兄である藤大納言の息子の
(とうのべんという、とくいのぜっちょうにいるわかいおとこは、いもうとのにょごのいるれいげいでんにいくとちゅうで)
頭の弁という、得意の絶頂にいる若い男は、妹の女御のいる麗景殿に行く途中で
(げんじをみかけて、「はっこうひをつらぬけり、たいしおぢたり」とかんしょのたいしたんが)
源氏を見かけて、「白虹日を貫けり、太子懼ぢたり」と漢書の太子丹が
(しかくをしんのうにはなったとき、そのてんしょうをみてふせいこうをおそれたというしょうくをあてつけに)
刺客を秦王に放った時、その天象を見て不成功を恐れたという章句をあてつけに
(ゆるやかにくちずさんだ。げんじはきまりわるくおもったがとがめるひつようもなく)
ゆるやかに口ずさんだ。源氏はきまり悪く思ったがとがめる必要もなく
(そのままそしらぬふうでいってしまったのであった。)
そのまま素知らぬふうで行ってしまったのであった。