紫式部 源氏物語 明石 9 與謝野晶子訳
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問題文
(「もうしあげにくいことではございますが、あなたさまがおもいがけなくこのとちへ、)
「申し上げにくいことではございますが、あなた様が思いがけなくこの土地へ、
(かりにもせようつっておいでになることになりましたのは、もしかいたしますと、)
仮にもせよ移っておいでになることになりましたのは、もしかいたしますと、
(ながねんのあいだおいたほうしがおいのりいたしておりますかみやほとけがあわれみをいっかに)
長年の間老いた法師がお祈りいたしております神や仏が憐みを一家に
(おかけくださいまして、それでしばらくこのへきちへあなたさまが)
おかけくださいまして、それでしばらくこの僻地へあなた様が
(おいでになったのではないかとおもわれます。そのりゆうはすみよしのかみを)
おいでになったのではないかと思われます。その理由は住吉の神を
(おたのみもうすことになりましてじゅうはちねんになるのでございます。)
お頼み申すことになりまして十八年になるのでございます。
(おんなのこのちいさいときからわたくしはとくべつなおねがいをおこしまして、まいとしのしゅんじゅうに)
女の子の小さい時から私は特別なお願いを起こしまして、毎年の春秋に
(こどもをすみよしへさんけいさせることにいたしております。またちゅうやにろっかいの)
子供を住吉へ参詣させることにいたしております。また昼夜に六回の
(ぶつぜんのおつとめをいたしますのにもじぶんのごくらくおうじょうはさしおいてわたくしはただ)
仏前のお勤めをいたしますのにも自分の極楽往生はさしおいて私はただ
(このこによいはいぐうしゃをあたえたまえといのっております。)
この子によい配偶者を与えたまえと祈っております。
(わたくしじしんはぜんしょうのいんねんがわるくて、こんなちほうじんになりさがっておりましても、)
私自身は前生の因縁が悪くて、こんな地方人に成り下がっておりましても、
(おやはだいじんにもなったひとでございます。じぶんはこのちいにあまんじていましても)
親は大臣にもなった人でございます。自分はこの地位に甘んじていましても
(こはまたこれにじゅんじたほどのものにしかなれませんでは、まご、そうそんのすえは)
子はまたこれに準じたほどの者にしかなれませんでは、孫、曾孫の末は
(なんになることであろうとかなしんでおりましたが、このむすめはちいさいときから)
何になることであろうと悲しんでおりましたが、この娘は小さい時から
(おやにきぼうをもたせてくれました。どうかしてきょうのきじんにめとっていただきたいと)
親に希望を持たせてくれました。どうかして京の貴人に娶っていただきたいと
(おもいますこころから、わたくしどもとおなじかいきゅうのもののあいだにはんかんをかい、てきをつくりましたし、)
思います心から、私どもと同じ階級の者の間に反感を買い、敵を作りましたし、
(つらいめにもあわされましたが、わたくしはそんなことをなんともおもっておりません。)
つらい目にもあわされましたが、私はそんなことを何とも思っておりません。
(いのちのあるかぎりはびりょくでもおやがほごをしよう、けっこんをさせないままでおやがしねば)
命のある限りは微力でも親が保護をしよう、結婚をさせないままで親が死ねば
(うみへでもみをなげてしまえとわたくしはゆいごんがしてございます」)
海へでも身を投げてしまえと私は遺言がしてございます」
(などとかきつくせないほどのことをなくなくいうのであった。)
などと書き尽くせないほどのことを泣く泣く言うのであった。
(げんじもなみだぐみながらきいていた。 「えんざいのために、おもいもよらぬくにへ)
源氏も涙ぐみながら聞いていた。 「冤罪のために、思いも寄らぬ国へ
(さまよってきていますことを、ぜんしょうにおかしたどんなつみによってであるかと)
漂泊って来ていますことを、前生に犯したどんな罪によってであるかと
(わからなくおもっておりましたが、こんばんのおはなしでかんがえあわせますと、)
わからなく思っておりましたが、今晩のお話で考え合わせますと、
(ふかいいんねんによってのことだったとはじめてきがつかれます。)
深い因縁によってのことだったとはじめて気がつかれます。
(なぜめいりょうにわかっておいでになったあなたが)
なぜ明瞭にわかっておいでになったあなたが
(はやくいってくださらなかったのでしょう。きょうをでましたときからわたくしはもう)
早く言ってくださらなかったのでしょう。京を出ました時から私はもう
(むじょうのよがかなしくて、しんこうのこといがいにはなにもおもわずにときをおくっていましたが、)
無常の世が悲しくて、信仰のこと以外には何も思わずに時を送っていましたが、
(いつかそれがしゅうかんになって、わかいおとこらしいのぞみもなにもなくなっておりました。)
いつかそれが習慣になって、若い男らしい望みも何もなくなっておりました。
(いまおはなしのようなおじょうさんのいられるということだけはきいていましたが、)
今お話のようなお嬢さんのいられるということだけは聞いていましたが、
(ざいにんにされているわたくしをふきつにおおもいになるだろうとおもいまして)
罪人にされている私を不吉にお思いになるだろうと思いまして
(きぼうもかけなかったのですが、それではおゆるしくださるのですね、)
希望もかけなかったのですが、それではお許し下さるのですね、
(こころぼそいひとりずみのこころがなぐさめられることでしょう」)
心細い独り住みの心が慰められることでしょう」
(などとげんじのいってくれるのをにゅうどうはひじょうによろこんでいた。 )
などと源氏の言ってくれるのを入道は非常に喜んでいた。
(「ひとりねはきみもしりぬやつれづれとおもいあかしのうらさびしさを )
「ひとり寝は君も知りぬやつれづれと思ひあかしのうら寂しさを
(わたくしはまたながいあいだくちへだしておねがいすることができませんで)
私はまた長い間口へ出してお願いすることができませんで
(もんもんとしておりました」 こういうのにみはふるわせているが、)
悶々としておりました」 こう言うのに身は慄わせているが、
(さすがにじょうひんなところはあった。 「さびしいといってもあなたはもう)
さすがに上品なところはあった。 「寂しいと言ってもあなたはもう
(ほうしせいかつにはなれていらっしゃるのですから」 それから、)
法師生活には慣れていらっしゃるのですから」 それから、
(たびごろもうらがなしさにあかしかねくさのまくらはゆめもむすばず )
旅衣うら悲しさにあかしかね草の枕は夢も結ばず
(じょうだんまじりにいう、げんじにはまたへいぜいにゅうどうのしらないあいきょうがみえた。)
戯談まじりに言う、源氏にはまた平生入道の知らない愛嬌が見えた。
(にゅうどうはなおいろいろとむすめについていっていたが、どくしゃはうるさいであろうから)
入道はなおいろいろと娘について言っていたが、読者はうるさいであろうから
(はぶいておく。まちがってかけばいっそうひじょうしきなにゅうどうにみえるであろうから。)
省いておく。まちがって書けばいっそう非常識な入道に見えるであろうから。