夏目漱石 明暗(7)
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | A.N | 6348 | S | 6.5 | 97.4% | 442.8 | 2885 | 74 | 60 | 2024/12/11 |
2 | ヌオー | 5549 | A | 5.8 | 94.5% | 495.5 | 2919 | 169 | 60 | 2024/11/27 |
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問題文
(「こんげつはいつもどおりそうきんができないから)
「今月はいつも通り送金ができないから
(そっちでどうかつごうしておけというんだ。)
そっちでどうか都合しておけというんだ。
(としよりはこれだからこまるね。そんならそうともっとはやくいってくれればいいのに、)
年寄はこれだから困るね。そんならそうともっと早く云ってくれればいいのに、
(とつぜんかねのいるまぎわになって、こんなことをいってきて・・・・・・」)
突然金の要る間際になって、こんな事を云って来て……」
(「いったいどういうわけなんでしょう」)
「いったいどういう訳なんでしょう」
(つだはいったんまきおさめたてがみをまたふうとうからだしてひざのうえでくりひろげた。)
津田はいったん巻き収めた手紙をまた封筒から出して膝の上で繰り拡げた。
(「かしやがにけんせんげつまつにあいちまったんだそうだ。)
「貸家が二軒先月末に空いちまったんだそうだ。
(それからふさがってるぶんからもやちんがはいってこないんだそうだ。)
それから塞がってる分からも家賃が入って来ないんだそうだ。
(そこへもってきて、にわのていれだのかきねのつくろいだので、)
そこへ持って来て、庭の手入だの垣根の繕いだので、
(だいぶりんじひがかさんだからこんげつはおくれないっていうんだ」)
だいぶ臨時費が嵩んだから今月は送れないって云うんだ」
(かれはひらいたてがみを、そのままひばちのむこうがわにいるおのべのてにわたした。)
彼は開いた手紙を、そのまま火鉢の向う側にいるお延の手に渡した。
(おのべはまたなにもいわずにそれをうけとったぎり、べつによもうともしなかった。)
御延はまた何も云わずにそれを受取ったぎり、別に読もうともしなかった。
(このひやかなさいくんのたいどをつだはさいしょからおそれていたのであった。)
この冷かな細君の態度を津田は最初から恐れていたのであった。
(「なにそんなやちんなんぞあてにしないだって、)
「なにそんな家賃なんぞ当にしないだって、
(おくってさえくれようとおもえばどうにでもつごうはつくのさ。)
送ってさえくれようと思えばどうにでも都合はつくのさ。
(かきねをつくろうたっていくらかかるものかね。)
垣根を繕うたっていくらかかるものかね。
(れんがのへいをいっちょうもこさえやしまいし」)
煉瓦の塀を一丁も拵えやしまいし」
(つだのことばにいつわりはなかった。かれのちちはよしふゆうでないまでも、)
津田の言葉に偽はなかった。彼の父はよし富裕でないまでも、
(まいつきむすこふうふのために)
毎月息子夫婦のために
(そのせいけいのふそくをおぎなってやるくらいのしゅっぴにきゅうするみぶんではなかった。)
その生計の不足を補ってやるくらいの出費に窮する身分ではなかった。
(ただかれはじみなひとであった。つだからいえばじみすぎるぐらいしっそであった。)
ただ彼は地味な人であった。津田から云えば地味過ぎるぐらい質素であった。
(つだよりもずっとはでずきなさいくんからみれば)
津田よりもずっと派出好きな細君から見れば
(ほとんどむいみにちかいせっけんかであった。)
ほとんど無意味に近い節倹家であった。
(「おとうさまはきっとわたしたちがいらないぜいたくをして、)
「御父さまはきっと私達が要らない贅沢をして、
(むやみにおかねをぱっぱっとつかうようにでもおもっていらっしゃるのよ。)
むやみに御金をぱっぱっと遣うようにでも思っていらっしゃるのよ。
(きっとそうよ」)
きっとそうよ」
(「うん、このまえきょうとへいったときにもなんだかそんなことをいってたじゃないか。)
「うん、この前京都へ行った時にも何だかそんな事を云ってたじゃないか。
(としよりはね、なんでもじぶんのわかいときのせいけいをおぼえていて、どうねんぱいのいまのわかいものも、)
年寄はね、何でも自分の若い時の生計を覚えていて、同年輩の今の若いものも、
(ばんじじぶんのしてきたとおりにしなければならないようにかんがえるんだからね。)
万事自分のして来た通りにしなければならないように考えるんだからね。
(そりゃおとうさんのさんじゅうもおれのさんじゅうもねんしにかわりはないかもしれないが、)
そりゃ御父さんの三十もおれの三十も年歯に変りはないかも知れないが、
(しゅういはまるでちがっているんだからそうはいかないさ。)
周囲はまるで違っているんだからそうは行かないさ。
(いつかもかいへいくときかいひはいくらだときくからごえんだっていったら、)
いつかも会へ行く時会費はいくらだと訊くから五円だって云ったら、
(おどろいておそろしいようなかおをしたことがあるよ」)
驚ろいて恐ろしいような顔をした事があるよ」
(つだはへいぜいからおのべがじぶんのちちをけいべつすることをおそれていた。)
津田は平生からお延が自分の父を軽蔑する事を恐れていた。
(それでいてかれはかのじょのまえにわがちちにたいする)
それでいて彼は彼女の前にわが父に対する
(ひなんがましいことばをもらさなければならなかった。)
非難がましい言葉を洩らさなければならなかった。
(それはほんとうにかれのかんじたとおりのことばであった。)
それは本当に彼の感じた通りの言葉であった。
(どうじにおのべのひはんにたいしてせんてをうつというてんで、じぶんとちちのいいわけにもなった。)
同時にお延の批判に対して先手を打つという点で、自分と父の言訳にもなった。
(「でこんげつはどうするの。ただでさえたりないところへもってきて、)
「で今月はどうするの。ただでさえ足りないところへ持って来て、
(あなたがしゅじゅつのためにいっしゅうかんもにゅういんなさると、)
あなたが手術のために一週間も入院なさると、
(またそっちのほうでもいくらかかかるでしょう」)
またそっちの方でもいくらかかかるでしょう」
(おっとのてまえろうじんにたいするひひょうをはばかったさいくんのわとうは、)
夫の手前老人に対する批評を憚かった細君の話頭は、
(すぐじっさいもんだいのほうへはいってきた。)
すぐ実際問題の方へ入って来た。
(つだのこたえはよういされていなかった。)
津田の答は用意されていなかった。
(しばらくしてかれはこごえでどくごのようにいった。)
しばらくして彼は小声で独語のように云った。
(「ふじいのおじにかねがあると、あすこへいくんだが・・・・・・」)
「藤井の叔父に金があると、あすこへ行くんだが……」
(おのべはおっとのかおをみつめた。)
お延は夫の顔を見つめた。
(「もういっぺんおとうさまのところへいってあげるわけにゃいかないの。)
「もう一遍御父さまのところへ云って上げる訳にゃ行かないの。
(ついでにびょうきのこともかいて」)
ついでに病気の事も書いて」
(「かいてやれないこともないが、)
「書いてやれない事もないが、
(またなんとかかとかいってこられるとめんどうだからね。)
また何とかかとか云って来られると面倒だからね。
(おとうさんにつかまると、そりゃなかなからちはあかないよ」)
御父さんに捕まると、そりゃなかなか埒は開かないよ」
(「でもほかにあてがなければしかたなかないの」)
「でもほかに当がなければ仕方なかないの」
(「だからかかないとはいわない。)
「だから書かないとは云わない。
(こっちのじじょうがよくむこうへつうじるようにすることはするつもりだが、)
こっちの事情が好く向うへ通じるようにする事はするつもりだが、
(なにしろすぐのあいだにはあわないからな」)
何しろすぐの間には合わないからな」
(「そうね」)
「そうね」
(そのときつだはしんともにおのべのほうをみた。)
その時津田は真ともにお延の方を見た。
(そうしておもいきったようなくちょうでいった。)
そうして思い切ったような口調で云った。
(「どうだおまえおかもとさんへいってちょっとゆうずうしてもらってこないか」)
「どうだ御前岡本さんへ行ってちょっと融通して貰って来ないか」