鏡地獄 江戸川乱歩 1
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | ヌオー | 5820 | A+ | 6.0 | 96.1% | 893.7 | 5416 | 214 | 82 | 2024/12/02 |
2 | BE | 4308 | C+ | 4.6 | 92.7% | 1170.6 | 5474 | 431 | 82 | 2024/11/12 |
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問題文
(「めずらしいはなしとおっしゃるのですか、それではこんなはなしはどうでしょう」)
「珍しい話とおっしゃるのですか、それではこんな話はどうでしょう」
(あるとき、5、6にんのものが、こわいはなしやちんきなはなしを、つぎつぎとかたりあっていたとき、)
ある時、5、6人の者が、怖い話や珍奇な話を、次々と語り合っていた時、
(ともだちのkはさいごにこんなふうにはじめた。ほんとうにあったことか、)
友だちのkは最後にこんなふうにはじめた。ほんとうにあったことか、
(kのつくりばなしなのか、そのごたずねてみたこともないので、わたしにはわからぬけれど)
kの作り話なのか、その後尋ねてみたこともないので、私にはわからぬけれど
(いろいろふしぎなものがたりをきかされたあとだったのと、ちょうどそのひのてんこうが)
いろいろ不思議な物語を聞かされたあとだったのと、ちょうどその日の天候が
(はるのおわりにちかいころの、いやにどんよりとくもったひで、くうきが、まるでふかい)
春の終わりに近い頃の、いやにドンヨリと曇った日で、空気が、まるで深い
(みずのそこのようにおもおもしくよどんで、はなすのも、きくのも、なんとなくきちがい)
水の底のように重々しく淀んで、話すのも、聞くのも、なんとなく気ちがい
(めいたきぶんになっていたからでもあったのか、そのはなしは、いようにわたしのこころを)
めいた気分になっていたからでもあったのか、その話は、異様に私の心を
(うったのである。はなしというのは)
うったのである。話というのは
(わたしにひとりのふこうなともだちがあるのです。なまえはかりにかれともうしておきましょうか。)
私に一人の不幸な友だちがあるのです。名前は仮に彼と申して置きましょうか。
(そのかれはいつのころからかよにもふしぎなびょうきがとりついたのです。)
その彼はいつの頃からか世にも不思議な病気が取りついたのです。
(ひょっとしたら、せんぞになにかそんなびょうきのひとがあって、それがいでんしたのかも)
ひょっとしたら、先祖に何かそんな病気の人があって、それが遺伝したのかも
(しれませんね。というのは、まんざらねのないはなしでもないので、いったいかれの)
しれませんね。というのは、まんざら根のない話でもないので、いったい彼の
(うちには、おじいさんか、ひいじいさんかが、きりしたんのじゃしゅうにきえしていたことが)
うちには、おじいさんか、曾じいさんかが、切支丹の邪宗に帰依していたことが
(あって、ふるめかしいよこもじのしょもつや、まりやさまのぞうやきりすとさまのはりつけのえ)
あって、古めかしい横文字の書物や、マリヤ様の像や基督様のはりつけの絵
(などが、つづらのそこにいっぱいしまってあるのですが、そんなものといっしょに、)
などが、葛篭の底に一杯しまってあるのですが、そんなものと一緒に、
(いがこえどうちゅうすごろくにでてくるような、いっせいきもまえのぼうえんきょうだとか、みょうなかっこうの)
伊賀越道中双六に出てくるような、一世紀も前の望遠鏡だとか、妙なかっこうの
(じしゃくだとか、とうじぎやまんとかびいどろとかいったのでしょうが、うつくしいがらす)
磁石だとか、当時ギヤマンとかビイドロとかいったのでしょうが、美しいガラス
(のきぶつだとかが、おなじつづらにしまいこんであって、かれはまだちいさいじふんから、)
の器物だとかが、同じ葛篭にしまいこんであって、彼はまだ小さい時分から、
(よくそれをだしてもらってはあそんでいたものです。)
よくそれを出してもらっては遊んでいたものです。
(かんがえてみますと、かれはそんなじふんから、もののすがたのうつるもの、たとえばがらすとか、)
考えてみますと、彼はそんな時分から、物の姿の映る物、たとえばガラスとか、
(れんずとか、かがみとかいうものに、ふしぎなしこうをもっていたようです。)
レンズとか、鏡とかいうものに、不思議な嗜好を持っていたようです。
(それがしょうこには、かれのおもちゃといえば、げんとうきかいだとか、とおめがねだとか、)
それが証拠には、彼のおもちゃといえば、幻灯器械だとか、遠目がねだとか、
(むしめがねだとか、そのほかそれにるいした、まさかどめがね、まんげきょう、めにあてると)
虫目がねだとか、そのほかそれに類した、将門目がね、万華鏡、眼に当てると
(じんぶつやどうぐなどが、ほそながくなったり、ひらたくなったりする、ぷりずむのおもちゃ)
人物や道具などが、細長くなったり、平たくなったりする、プリズムのおもちゃ
(だとか、そんなものばかりでした。)
だとか、そんなものばかりでした。
(それから、やっぱりかれのしょうねんじだいなのですが、こんなことがあったのもおぼえて)
それから、やっぱり彼の少年時代なのですが、こんなことがあったのも覚えて
(おります。あるひかれのべんきょうべやをおとずれますと、つくえのうえにふるいきりのはこがでて)
おります。ある日彼の勉強部屋をおとずれますと、机の上に古い桐の箱が出て
(いて、たぶんそのなかにはいっていたのでしょう、かれはてにむかしもののきんぞくのかがみをもって)
いて、多分その中にはいっていたのでしょう、彼は手に昔物の金属の鏡を持って
(それをにっこうにあてて、くらいかべにかげをうつしているのでした。)
それを日光に当てて、暗い壁に影を映しているのでした。
(「どうだ、おもしろいだろう。あれをみたまえ、こんなたいらなかがみが、あすこへうつると)
「どうだ、面白いだろう。あれを見たまえ、こんな平らな鏡が、あすこへ映ると
(みょうなじができるだろう。」)
妙な字ができるだろう。」
(かれにそういわれて、かべをみますと、おどろいたことにはしろいまるがたのなかに、たしょうかたちは)
彼にそう言われて、壁を見ますと、驚いたことには白い丸形の中に、多少形は
(くずれてはいましたけれど、「ことぶき」というもじが、しろがねのようなつよいひかりで)
くずれてはいましたけれど、「寿」という文字が、白金のような強い光で
(あらわれているのです。)
現れているのです。
(「ふしぎだね、いったいどうしたんだろう。」)
「不思議だね、一体どうしたんだろう。」
(なんでもかみわざとでもいうようなきがして、こどものわたしにはめずらしくもあり、)
なんでも神業とでもいうような気がして、子供の私には珍しくもあり、
(こわくもあったのです。おもわずそんなふうにききかえしました。)
怖くもあったのです。思わずそんなふうに聞き返しました。
(「わかるまい。たねあかしをしようか。たねあかしをしてしまえば、なんでもない)
「わかるまい。種明かしをしようか。種明かしをしてしまえば、なんでもない
(ことなんだよ。ほら、ここをみたまえ、このかがみのうらを、ね、ことぶきというじが)
ことなんだよ。ホラ、ここを見たまえ、この鏡の裏を、ね、寿という字が
(うきぼりになっているだろう。これがおもてへすきとおるのだよ。」)
浮彫りになっているだろう。これが表へすき通るのだよ。」
(なるほどみればかれのいうとおり、せいどうのようないろをしたかがみのうらには、りっぱな)
なるほど見れば彼の言う通り、青銅のような色をした鏡の裏には、立派な
(うきぼりがあるのです。でも、それが、どうしてひょうめんまですきとおって、あのような)
浮彫りがあるのです。でも、それが、どうして表面まですき通って、あのような
(かげをつくるのでしょう。かがみのおもては、どのほうがくからすかしてみても、なめらかなへいめんで)
影を作るのでしょう。鏡の表は、どの方角からすかして見ても、滑らかな平面で
(かおがでこぼこにうつるわけでもないのに、それのはんしゃだけがふしぎなかげを)
顔がでこぼこに写るわけでもないのに、それの反射だけが不思議な影を
(つくるのです。まるでまほうみたいなきがするのです。)
作るのです。まるで魔法みたいな気がするのです。
(「これはね、まほうでもなんでもないのだよ。」)
「これはね、魔法でもなんでもないのだよ。」
(かれはわたしのいぶかしげなかおをみて、せつめいをはじめるのでした。)
彼は私のいぶかしげな顔を見て、説明をはじめるのでした。
(「おとうさんにきいたんだがね、きんぞくのかがみというやつは、がらすとちがって、)
「お父さんに聞いたんだがね、金属の鏡というやつは、ガラスと違って、
(ときどきみがきをかけないと、くもりがきてみえなくなるんだ。このかがみなんか、)
ときどき磨きをかけないと、曇りがきて見えなくなるんだ。この鏡なんか、
(ずいぶんふるくからぼくのいえにつたわっているしなで、なんどとなくみがきをかけている。)
ずいぶん古くから僕の家に伝わっている品で、何度となく磨きをかけている。
(でね、そのみがきをかけるたびに、うらのうきぼりのところと、そうでないうすいところとでは、)
でね、その磨きをかけるたびに、裏の浮彫りの所と、そうでない薄い所とでは、
(きんのへりかたがめにみえぬほどずつちがってくるのだよ。あついぶぶんはてごたえがおおく、)
金の減り方が眼に見えぬほどずつ違ってくるのだよ。厚い部分は手応えが多く、
(うすいぶぶんはこれがすくないわけだからね。そのめにもみえぬへりかたのちがいが、)
薄い部分はこれが少ないわけだからね。その眼にも見えぬ減り方の違いが、
(おそろしいもので、はんしゃさせると、あんなにあらわれるのだそうだ。わかったかい」)
恐ろしいもので、反射させると、あんなに現れるのだそうだ。わかったかい」
(そのせつめいをききますと、いちおうはりゆうがわかったものの、こんどはかおをうつしても)
その説明を聞きますと、一応は理由がわかったものの、今度は顔を映しても
(でこぼこにみえないなめらかなひょうめんが、はんしゃさせると、あきらかにおうとつがあらわれる)
でこぼこに見えない滑らかな表面が、反射させると、明らかに凹凸が現れる
(という、このえたいのしれぬじじつが、たとえばけんびきょうでなにかをのぞいたときにあじわう)
という、この得体のしれぬ事実が、たとえば顕微鏡で何かを覗いた時に味わう
(せんさいなるもののぶきみさ、あれににたかんじで、わたしをぞっとさせるのでした。)
繊細なるものの無気味さ、あれに似た感じで、私をゾッとさせるのでした。
(このかがみのことは、あまりふしぎだったので、とくべつによくおぼえているのですが、)
この鏡のことは、あまり不思議だったので、特別によく覚えているのですが、
(これはただのいちれいにすぎないので、かれのしょうねんじだいのゆうぎというものは、)
これはただの一例にすぎないので、彼の少年時代の遊戯というものは、
(ほとんどそのようなことがらばかりでみたされていたわけです。みょうなもので、)
ほとんどそのような事柄ばかりで充たされていたわけです。妙なもので、
(わたしまでが、かれのかんかをうけて、いまでも、れんずというようなものにひといちばい)
私までが、彼の感化を受けて、今でも、レンズというようなものに人一倍
(こうきしんをもっているのですよ。でもしょうねんじだいはまださほどでもなかったのですが)
好奇心を持っているのですよ。でも少年時代はまださほどでもなかったのですが
(それがちゅうがくのじょうきゅうせいにすすんで、ぶつりがくをおそわるようになりますと、ごしょうちのとおり)
それが中学の上級生に進んで、物理学を教わるようになりますと、御承知の通り
(ぶつりがくには、れんずやかがみのりろんがありますね、かれはもうあれにむちゅうになって)
物理学には、レンズや鏡の理論がありますね、彼はもうあれに夢中になって
(しまって、そのじふんから、びょうきといってもいいほどの、いわばれんずきょうに)
しまって、その時分から、病気と言ってもいいほどの、いわばレンズ狂に
(かわってきたのです。それにつけておもいだすのは、きょうしつでおうめんきょうのことを)
変わってきたのです。それにつけて思い出すのは、教室で凹面鏡のことを
(おそわるじかんでしたが、ちいさなおうめんきょうのみほんを、せいとのあいだにまわして、)
教わる時間でしたが、小さな凹面鏡の見本を、生徒のあいだに廻して、
(つぎつぎにみなのものが、じぶんのかおをうつしてみていたのです。)
次々に皆の者が、自分の顔を映して見ていたのです。
(わたしはそのじぶん、ひどいにきびづらで、)
私はその時分、ひどいニキビづらで、
(それがなんだかせいよくてきなことがらにかんけいしているようなきがして、)
それがなんだかセイヨク的な事柄に関係しているような気がして、
(はずかしくてしようがなかったのですが、なにげなくおうめんきょうをのぞいてみますと、)
恥ずかしくてしようがなかったのですが、なにげなく凹面鏡を覗いて見ますと、
(おもわずあっとこえをたてるほど、おどろいたことにはわたしのかおのひとつひとつのにきびが)
思わずアッと声を立てるほど、驚いたことには私の顔のひとつひとつのニキビが
(まるでぼうえんきょうでみたつきのひょうめんのように、おそろしいおおきさにかくだいされてうつって)
まるで望遠鏡で見た月の表面のように、恐ろしい大きさに拡大されて映って
(いたのです。こやまともみえるにきびのせんたんが、ざくろのようにはぜて、そこから)
いたのです。小山とも見えるニキビの先端が、石榴のようにはぜて、そこから
(どすぐろいちのりが、しばいのころしばのえかんばんのかんじでものすごくにじみだして)
ドス黒い血のりが、芝居の殺し場の絵看板の感じで物凄くにじみ出して
(いるのです。にきびというひけめがあったせいでもありましょうが、おうめんきょうに)
いるのです。ニキビというひけ目があったせいでもありましょうが、凹面鏡に
(うつったわたしのかおがどんなにおそろしく、ぶきみなものであったか、それからのちと)
映った私の顔がどんなに恐ろしく、無気味なものであったか、それからのちと
(いうものは、おうめんきょうをみると、それがまたはくらんかいだとかさかりばのみせものなどには)
いうものは、凹面鏡を見ると、それがまた博覧会だとか盛り場の見世物などには
(よくならんでいるのですが、わたしはもうおぞけふるって、)
よく並んでいるのですが、私はもうおぞけ振るって、
(にげだすようになったほどです、)
逃げ出すようになったほどです、