風の又三郎 6

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九月四日 上の野原①
宮沢賢治 作 全文

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問題文

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(くがつよっか、にちよう)

九 月 四 日 、日 曜

(つぎのあさ、そらはよくはれてたにがわはさらさらなりました。)

次の朝、空はよく晴れて谷川はさらさら鳴りました。

(いちろうはとちゅうでかすけとさたろうとえつじをさそって、)

一郎は途中で嘉助と佐太郎と悦治をさそって、

(いっしょにさぶろうのうちのほうへいきました。)

一緒に三郎のうちの方へ行きました。

(がっこうのすこしかりゅうでたにがわをわたって、)

学校の少し下流で谷川をわたって、

(それからきしでやなぎのえだをみんなでいっぽんづつおって、)

それから岸でやなぎの枝をみんなで一本づつ折って、

(あおいかわをくるくるはいでむちをこしらえて、てでひゅうひゅうふりながら、)

青い皮をくるくるはいで鞭を拵えて、手でひゅうひゅう振りながら、

(うえののはらへのみちを、だんだんのぼっていきました。)

上の野原への路を、だんだんのぼって行きました。

(みんなははやくものぼりながら、いきをはあはあしました。)

みんなは早くも登りながら、息をはあはあしました。

(「またさぶろうほんとにあそごのわきみずまできてまぢでるべが。」)

「又三郎ほんとにあそごの湧水まできて待ぢでるべが。」

(「まぢでるんだ。またさぶろううそこがなぃもな。」)

「待ぢでるんだ。又三郎偽(ウソ)こがなぃもな。」

(「あああつう、かぜふげばいいな。」)

「ああ暑う、風吹げばいいな。」

(「どごがらだがかぜふいでるぞ。」)

「どごがらだが風吹いでるぞ。」

(「またさぶろうふがせだらべも。」)

「又三郎吹がせだらべも。」

(「なんだがおひさんぼゃっとしてきたな。」)

「何だがお日さんぼゃっとしてきたな。」

(そらにすこしばかりのしろいくもがでました。そしてもうだいぶのぼっていました。)

空に少しばかりの白い雲が出ました。そしてもうだいぶのぼっていました。

(たにのみんなのいえがずうっとしたにみえ、)

谷のみんなの家がずうっと下に見え、

(いちろうのうちのきごやのやねがしろくひかっています。)

一郎のうちの木小屋の屋根が白く光っています。

(みちがはやしのなかにはいり、しばらくみちはじめじめして、)

路が林の中に入り、しばらく路はじめじめして、

(あたりはみえなくなりました。)

あたりは見えなくなりました。

など

(そしてまもなく、みんなはやくそくのゆうすいのちかくにきました。)

そして間もなく、みんなは約束の湧水の近くに来ました。

(するとそこから、)

するとそこから、

(「おうい。みんなきたかい。」とさぶろうのたかくさけぶこえがしました。)

「おうい。みんな来たかい。」と三郎の高く叫ぶ声がしました。

(みんなはまるでせかせかとはしってのぼりました。)

みんなはまるでせかせかと走ってのぼりました。

(むこうのまがりかどのところに、またさぶろうがちいさなくちびるをきっとむすんだまま、)

むこうの曲り角の処に、又三郎が小さな唇をきっと結んだまま、

(さんにんのかけのぼってくるのをみていました。)

三人のかけ上って来るのを見ていました。

(さんにんはやっとさぶろうのまえまできました。)

三人はやっと三郎の前まで来ました。

(けれどもあんまりいきがはあはあして、すぐにはなにもいえませんでした。)

けれどもあんまり息がはあはあして、すぐには何もいえませんでした。

(かすけなどはあんまりもどかしいもんですから、そらへむいて、)

嘉助などはあんまりもどかしいもんですから、空へ向いて、

(「ほっほう。」とさけんではやくいきをはいてしまおうとしました。)

「ホッホウ。」と叫んで早く息を吐いてしまおうとしました。

(するとさぶろうはおおきなこえでわらいました。)

すると三郎は大きな声で笑いました。

(「ずいぶんまったぞ。それにきょうはあめがふるかもしれないそうだよ。」)

「ずいぶん待ったぞ。それに今日は雨が降るかもしれないそうだよ。」

(「そだらはやぐいぐべすさ。おらまんつみずのんでぐ。」)

「そだら早ぐ行ぐべすさ。おらまんつ水のんでぐ。」

(さんにんはあせをふいて、しゃがんでまっしろないわからこぼこぼふきだす、)

三人は汗をふいて、しゃがんでまっ白な岩からこぼこぼ噴きだす、

(つめたいみずをなんべんもすくってのみました。)

冷たい水を何べんもすくってのみました。

(「ぼくのうちはここからすぐなんだ。ちょうどあのたにのうえあたりなんだ。)

「ぼくのうちはここからすぐなんだ。ちょうどあの谷の上あたりなんだ。

(みんなでかえりによろうねえ。」)

みんなで帰りに寄ろうねえ。」

(「うん。まんつのはらさいぐべすさ。」)

「うん。まんつ野原さ行ぐべすさ。」

(みんながまたあるきはじめたとき、わきみずはなにかをしらせるように、)

みんながまたあるきはじめたとき、湧水は何かを知らせるように、

(ぐうっとなり、そこらのきもなんだかざあっとなったようでした。)

ぐうっと鳴り、そこらの樹もなんだかざあっと鳴ったようでした。

(よにんははやしのすそのやぶのあいだをいったり、いわかけのちいさくくずれるところを、)

四人は林のすその藪の間を行ったり、岩かけの小さく崩れる所を、

(なんべんもとおったりして、もううえのはらのいりぐちにちかくなりました。)

何べんも通ったりして、もう上の原の入口に近くなりました。

(みんなはそこまでくると、きたほうからまたにしのほうをながめました。)

みんなはそこまで来ると、来た方からまた西の方をながめました。

(ひかったりかげったり、いくとおりにもかさなったたくさんのおかのむこうに、)

光ったり陰ったり、幾通りにも重なったたくさんの丘のむこうに、

(かわにそったほんとうののはらが、ぼんやりあおくひろがっているのでした。)

川に沿ったほんとうの野原が、ぼんやりあおくひろがっているのでした。

(「ありゃ、あいづがわだぞ。」)

「ありゃ、あいづ川だぞ。」

(「かすがみょうじんさんのおびのようだな。」またさぶろうがいいました。)

「春日明神さんの帯のようだな。」又三郎がいいました。

(「なんのようだど。」いちろうがききました。)

「何のようだど。」一郎がききました。

(「かすがみょうじんさんのおびのようだ。」)

「春日明神さんの帯のようだ。」

(「うなかみさんのおびみだごとあるが。」)

「うな神さんの帯見だごとあるが。」

(「ぼくほっかいどうでみたよ。」)

「ぼく北海道で見たよ。」

(みんなはなんのことだかわからず、だまってしまいました。)

みんなは何のことだかわからず、だまってしまいました。

(ほんとうにそこはもううえののはらのいりぐちで、)

ほんとうにそこはもう上の野原の入口で、

(きれいにかられたくさのなかに、いっぽんのおおきなくりのきがたって、)

きれいに刈られた草の中に、一本の巨きな栗の木が立って、

(そのみきはねもとのところがまっくろにこげて、おおきなほらのようになり、)

その幹は根もとの所がまっ黒に焦げて、大きな洞のようになり、

(そのえだにはふるいなわや、きれたわらじなどがつるしてありました。)

その枝には古い縄や、切れたわらじなどがつるしてありました。

(「もうすこしいぐづど、みんなしてくさかってるぞ。)

「もう少し行ぐづど、みんなして草刈ってるぞ。

(それがらうまのいるどごもあるぞ。」いちろうはいいながらさきにたって、)

それがら馬のいるどごもあるぞ。」一郎はいいながら先に立って、

(かったくさのなかのいっぽんみちを、ぐんぐんあるきました。)

刈った草のなかの一ぽんみちを、ぐんぐん歩きました。

(さぶろうはそのつぎにたって、)

三郎はその次に立って、

(「ここにはくまいないから、うまをはなしておいてもいいなあ。」)

「ここには熊いないから、馬をはなして置いてもいいなあ。」

(といってあるきました。)

といって歩きました。

(しばらくいくと、みちばたのおおきなならのきのしたに、)

しばらく行くと、みちばたの大きな楢の木の下に、

(なわであんだふくろがなげだしてあって、)

縄で編んだ袋が投げ出してあって、

(たくさんのくさたばが、あっちにもこっちにもころがっていました。)

沢山の草たばが、あっちにもこっちにもころがっていました。

(せなかに「」をしょったにひきのうまが、いちろうをみてはなをぷるぷるならしました。)

せなかに「」をしょった二匹の馬が、一郎を見て鼻をぷるぷる鳴らしました。

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