心理試験10/江戸川乱歩
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順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | ヌオー | 5770 | A+ | 6.1 | 94.3% | 474.8 | 2914 | 174 | 48 | 2024/12/18 |
2 | ゆずもも | 5099 | B+ | 5.2 | 96.7% | 557.5 | 2942 | 99 | 48 | 2024/11/01 |
3 | ヌオー | 4930 | B | 5.3 | 92.1% | 543.1 | 2927 | 249 | 48 | 2024/11/28 |
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問題文
(「しかし、そのびょうぶならおぼえてますよ。ぼくのみたときにはたしかきずなんか)
「併し、その屏風なら覚えてますよ。僕の見た時には確か傷なんか
(ありませんでした」)
ありませんでした」
(「そうですか。まちがいないでしょうね。あのおののこまちのかおのところに、ほんの)
「そうですか。間違い無いでしょうね。あの小野の小町の顔の所に、ほんの
(ちょっとしたきずがあるだけなんですが」)
一寸した傷がある丈けなんですが」
(「そうそう、おもいだしましたよ」ふきやはいかにもいまおもいだしたふうをよそおっていった。)
「そうそう、思出しましたよ」蕗屋は如何にも今思出した風を装って云った。
(「あれはろっかせんのえでしたね。おののこまちもおぼえてますよ。しかし、もし)
「あれは六歌仙の絵でしたね。小野の小町も覚えてますよ。併し、もし
(そのとききずがついていたとすれば、みおとしたはずがありません。)
その時傷がついていたとすれば、見落とした筈がありません。
(だって、ごくさいしきのこまちのかおにきずがあれば、ひとめでわかりますからね」)
だって、極彩色の小町の顔に傷があれば、一目で分かりますからね」
(「じゃごめいわくでも、しょうげんをしていただくわけにはいきませんかしら、びょうぶのもちぬしと)
「じゃ御迷惑でも、証言をして頂く訳には行きませんかしら、屏風の持主と
(いうのが、じつによくのふかいやつでしまつにいけないのですよ」)
いうのが、実に欲の深い奴で始末にいけないのですよ」
(「ええ、よござんすとも、いつでもごつごうのいいときに」)
「エエ、よござんすとも、いつでも御都合のいい時に」
(ふきやはいささかとくいになって、べんごしとしんずるおとこのたのみをしょうだくした。)
蕗屋はいささか得意になって、弁護士と信ずる男の頼みを承諾した。
(「ありがとう」あけちはもじゃもじゃにのばしたあたまをゆびでかきまわしながら、)
「ありがとう」明智はモジャモジャに延ばした頭を指でかき廻しながら、
(うれしそうにいった。これは、かれがたしょうこうふんしたさいにやるいっしゅのくせなのだ。)
嬉し相に云った。これは、彼が多少亢奮した際にやる一種の癖なのだ。
(「じつは、ぼくはさいしょから、あなたがびょうぶのことをしっておられるにちがいないと)
「実は、僕は最初から、あなたが屏風のことを知って居られるに相違ないと
(おもったのですよ。というのはね、このきのうのしんりしけんのきろくのなかで「え」)
思ったのですよ。というのはね、この昨日の心理試験の記録の中で『絵』
(というといにたいして、あなたは「びょうぶ」というとくべつのこたえかたをしていますね。)
という問に対して、あなたは『屏風』という特別の答え方をしていますね。
(これですよ。げしゅくやにはあんまりびょうぶなんてそなえてありませんし、あなたは)
これですよ。下宿屋にはあんまり屏風なんて備えてありませんし、あなたは
(さいとうのほかにはべつだんしたしいおともだちもないようですから、これはさしずめろうばのざしきの)
斎藤の外には別段親しいお友達もない様ですから、これはさしずめ老婆の座敷の
(びょうぶが、なにかのりゆうでとくべつにふかいいんしょうになってのこっていたのだろうと)
屏風が、何かの理由で特別に深い印象になって残っていたのだろうと
(そうぞうしたのですよ」)
想像したのですよ」
(ふきやはちょっとおどろいた。それはたしかにこのべんごしのいうとおりにそういなかった。でも、)
蕗屋は一寸驚いた。それは確かにこの弁護士のいう通りに相違なかった。でも、
(かれはきのうどうしてびょうぶなんてことをくちばしったのだろう。そして、ふしぎにも)
彼は昨日どうして屏風なんてことを口走ったのだろう。そして、不思議にも
(いままでまるでそれにきづかないとは、これはきけんじゃないかな。しかし、)
今までまるでそれに気附かないとは、これは危険じゃないかな。併し、
(どういうてんがきけんなのだろう。あのときかれは、そのきずあとをよくしらべて、なにの)
どういう点が危険なのだろう。あの時彼は、その傷跡をよく検べて、何の
(てがかりにもならぬことをたしかめておいたではないか。なあに、へいきだへいきだ。)
手掛りにもならぬことを確めておいたではないか。なあに、平気だ平気だ。
(かれはいちおうかんがえてみてやっとあんしんした。)
彼は一応考えて見てやっと安心した。
(ところが、ほんとうは、かれはめいはくすぎるほどめいはくなおおまちがいをやっていたことを)
ところが、ほんとうは、彼は明白すぎる程明白な大間違をやっていたことを
(すこしもきがつかなかったのだ。)
少しも気がつかなかったのだ。
(「なるほど、ぼくはちっともきづきませんでしたけれど、たしかにおっしゃるとおり)
「なる程、僕はちっとも気附きませんでしたけれど、確かにおっしゃる通り
(ですよ。なかなかするどいごかんさつですね」)
ですよ。却々鋭い御観察ですね」
(ふきやは、あくまでむぎこうしゅぎをわすれないでへいぜんとしてこたえた。)
蕗屋は、あくまで無技巧主義を忘れないで平然として答えた。
(「なあに、ぐうぜんきづいたといえばじつはもうひとつあるのですが、いや、いや、)
「なあに、偶然気附いたと云えば実はもう一つあるのですが、イヤ、イヤ、
(けっしてごしんぱいなさるようなことじゃありません。きのうのれんそうしけんのなかにはやっつの)
決して御心配なさる様なことじゃありません。昨日の聯想試験の中には八つの
(きけんなたんごがふくまれていたのですが、あなたはそれをじつにかんぜんに)
危険な単語が含まれていたのですが、あなたはそれを実に完全に
(ぱすしましたね。じっさいかんぜんすぎたほどですよ。すこしでもうしろぐらいところがあれば、)
パスしましたね。実際完全すぎた程ですよ。少しでも後暗い所があれば、
(こうはいきませんからね。そのやっつのたんごというのは、ここにまるがうってある)
こうは行きませんからね。その八つの単語というのは、ここに丸が打ってある
(でしょう。これですよ」といってあけちはきろくのしへんをしめした。「ところが、)
でしょう。これですよ」といって明智は記録の紙片を示した。「ところが、
(あなたのこれらにたいするはんのうじかんは、ほかのむいみなことばよりも、みな、ほんの)
あなたのこれらに対する反応時間は、外の無意味な言葉よりも、皆、ほんの
(わずかずつではありますけれど、はやくなってますね。たとえば、「うえきばち」にたいして)
僅かずつではありますけれど、早くなってますね。例えば、『植木鉢』に対して
(「まつ」とこたえるのに、たった0.6びょうしかかかってない。これはめずらしい)
『松』と答えるのに、たった0.6秒しかかかってない。これは珍らしい
(むじゃきさですよ。このさんじゅっこのたんごのうちで、いちばんれんそうしやすいのはまず「みどり」)
無邪気さですよ。この三十箇の単語の内で、一番聯想し易いのは先ず『緑』
(にたいする「あお」などでしょうが、あなたはそれにさえ0.7びょう)
に対する『青』などでしょうが、あなたはそれにさえ0.7秒
(かかってますからね」)
かかってますからね」
(ふきやはひじょうなふあんをかんじはじめた。このべんごしは、いったいなにのためにこんなじょうぜつを)
蕗屋は非常な不安を感じ始めた。この弁護士は、一体何の為にこんな饒舌を
(ろうしているのだろう。)
弄しているのだろう。
(こういでかそれともあくいでか。なにかふかいしたごころがあるのじゃないかしら。かれは)
好意でかそれとも悪意でか。何か深い下心があるのじゃないかしら。彼は
(ぜんりょくをかたむけて、そのいみをさとろうとした。)
全力を傾けて、その意味を悟ろうとした。