がちゃがちゃ　夢野久作

(くさのなかでむしがよりあってそうだんをはじめました。 こおろぎがたちあがって、)

草の中で虫が寄り合って相談を始めました。 　蟋蟀が立ち上って、

(「すずむしさん、おけらさん、すいっちょさん。もっとこちらへおよりなさい。)

「鈴虫さん、オケラさん、スイッチョさん。もっとこちらへお寄りなさい。

(だんだんすずしくなりますから、みんなでがっそうかいをやっておつきさまにきかせようでは)

だんだん涼しくなりますから、みんなで合奏会をやってお月様にきかせようでは

(ありませんか。きっとごほうびをくださいますよ」 といいますと、)

ありませんか。きっと御ほうびを下さいますよ」 と言いますと、

(みなぱちぱちとてをたたきました。 むしたちはそれからすぐにがっそうをはじめました)

皆パチパチと手をたたきました。 虫たちはそれからすぐに合奏を始めました

(まずすいっちょがくさのてっぺんへたちあがってまじめくさって、)

まずスイッチョが草の天辺へ立ち上って真面目腐って、

(「すいっちょ、すいっちょ」 とあいずをしますと、おけらがつちくれのかげに)

「スイッチョ、スイッチョ」 　と合図をしますと、オケラが土くれの蔭に

(すわってしずかなこえで 「りーーりりーー」)

坐ってしずかなこえで 「リ――リリ――」

(とはねをならします。それにつづいてこおろぎがくさのねもとからすずしいこえで、)

と羽根を鳴らします。それにつづいて蟋蟀が草の根本から涼しい声で、

(「ちんちろりん、ちんちろりん」 とうたいだします。)

「チンチロリン、チンチロリン」 　とうたい出します。

(そのなかへすずむしがまたやさしいながいひげをふりまわしながら、 「りーん、りーん、)

その中へ鈴虫が又やさしい長いひげをふりまわしながら、 「リーン、リーン、

(りーん」 とすずのねをさせます。)

リーン」 　と鈴の音をさせます。

(そのしずかでおもしろいこと・・・・・・ちょうどそのときひがしのやまからおのぼりになった)

その静かでおもしろいこと……ちょうどそのとき東の山からお昇りになった

(じゅうごやのおつきさまは、かんしんのあまりむしたちがだいすきなつゆをたくさんにそこいらの)

十五夜のお月様は、感心のあまり虫たちが大好きな露をたくさんにそこいらの

(くさのうえにまいておやりになりました。 ところへいっぴきのくつわむしが)

草の上に撒いておやりになりました。 ところへ一匹の轡虫が

(とびこんできました。 「なんだきさまたちは！おれをなかまはずれにしておんがくかいを)

飛び込んで来ました。 「何だ貴様たちは！　おれを仲間外れにして音楽会を

(やるなんてしっけいなやつだ。そんなことをするならおれがまぜかえしてやる)

やるなんて失敬なやつだ。そんなことをするならおれがまぜ返してやる

(・・・・・・がちゃ、がちゃ、がちゃ、がちゃ」 とおおきなこえでさわぎはじめましたので、)

……ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ」 と大きな声で騒ぎ始めましたので、

(せっかくはじめたしずかなうつくしいおんがくかいがめちゃめちゃになってしまいました。)

せっかく始めた静かな美しい音楽会がメチャメチャになってしまいました。

(そのいきおいにおどろいて、あつまっていたむしたちもみんなにげてしまいました。)

その勢いに驚いて、あつまっていた虫たちもみんな逃げてしまいました。