嫁取婿取 5
関連タイピング
問題文
(「おかあさん、ああいうのをてばなしていなかのこうとうがっこうへやるのは)
「お母さん、ああいうのを手放して田舎の高等学校へやるのは
(じっさいかんがえものですよ。いえでかんとくしていてもそのとおりですからね」)
実際考えものですよ。家で監督していてもその通りですからね」
(「それはわたしもしんぱいしていますのよ」とおかあさんはてばなすもんだいになるとよわい。)
「それは私も心配していますのよ」とお母さんは手放す問題になると弱い。
(しゅんいちくんはそこがつけめだ。「あたまのおさえてがなくなりますから)
俊一君はそこがつけ目だ。「頭の押え手がなくなりますから
(なにをしでかすかもしれません」)
何を仕出来すかも知れません」
(「きょうとだとおじさんのいえへたよめますけれど)
「京都だと叔父さんの家へ頼めますけれど
(きょうとはつてもむずかしかったんですってね」)
京都はツテも難しかったんですってね」
(「いちこうとだいどうしょういです。やればどうしたってこうちかひろさきでしょう。)
「一高と大同小異です。やれば何うしたって高知か弘前でしょう。
(とおいですよ」「かんがえものね」「かんとくがひつようです」)
遠いですよ」「考えものね」「監督が必要です」
(「いえからかよわせるにこしたことはありませんが、しりつではねえ」)
「家から通わせるに越したことはありませんが、私立ではねえ」
(「しりつもかんりつもおなじことです」「ちがいますよ。わたしがなにもしらないとおもって」)
「私立も官立も同じことです」「違いますよ。私が何も知らないと思って」
(「たしょうちがってもそつぎょうしてじっしゃかいへたてばにんげんほんいです。うんもあります。)
「多少違っても卒業して実社会へ立てば人間本位です。運もあります。
(こういっちゃなにですが、おとうさんなんかむかしのていだいでにしてはしゅっせしてません。)
斯う言っちゃ何ですが、お父さんなんか昔の帝大出にしては出世してません。
(しゃちょうさんはしりつでですよ」としゅんいちくんはなおおしきりにといた。)
社長さんは私立出ですよ」と俊一君は尚お頻りに説いた。
(やましたさんもじろうくんがめしたのだいくったくだ。さんなんのまさおくんはちゅうがくのよねおだから)
山下さんも二郎君が目下の大屈託だ。三男の雅男君は中学の四年生だから
(らいねんはこうとうがっこうをうける。このほうはいままでのところもうしぶんない。)
来年は高等学校を受ける。この方は今までのところ申し分ない。
(「おまえもほうかをやるかい?」「はあ。しかしかんりになります」)
「お前も法科をやるかい?」「はあ。しかし官吏になります」
(とはきはきしていて、おとうさんのきたいいじょうのことをいう。)
とハキハキしていて、お父さんの期待以上のことを言う。
(ふたりいっしょににゅうがくしけんをうけて、おとうとがごうかく、あにきがらくだいというような)
二人一緒に入学試験を受けて、弟が合格、兄貴が落第というような
(ことになってはこまる。しかしそのけねんのため、おとうとのほうをいちねん)
ことになっては困る。しかしその懸念の為、弟の方を一年
(またせるのもばかげている。それやこれやでおもいなやんでいるのだが)
待たせるのも馬鹿げている。それやこれやで思い悩んでいるのだが
(じろうくんはいっこうへいきだ。「じろう、ちょっとおはいり」)
二郎君は一向平気だ。「二郎、一寸お入り」
(とやましたさんはあるばんしょさいからよんだ。えんがわをとおるすがたがみえたので)
と山下さんは或る晩書斎から呼んだ。縁側を通る姿が見えたので
(ちょうどかんがえていたおりからひとつくんかいをくわえるきになったのである。)
丁度考えていた折から一つ訓戒を加える気になったのである。
(「はあ」とじろうくんはめいにしたがった。)
「はあ」と二郎君は命に従った。
(「どうだね?このころはべんきょうしているかい?」「したりしなかったりです」)
「何うだね?この頃は勉強しているかい?」「したりしなかったりです」
(「もうまもなくことしもくれるが、けっしんがついたかい?」「はあ」)
「もう間もなく今年も暮れるが、決心がついたかい?」「はあ」
(「ほんきになってやるかな?」「わせだをやります」「しりつはいけないよ」)
「本気になってやるかな?」「早稲田をやります」「私立はいけないよ」
(「しかしぼくはいなかのこうとうがっこうへゆきたくないんです。)
「しかし僕は田舎の高等学校へ行きたくないんです。
(とうきょうにいないとじんせいがわかりません」「えらいことをいうね」と)
東京にいないと人生が分かりません」「豪い事を言うね」と
(やましたさんはじぶんのくちぐせにおもいあたっておぼえずそうごうをくずした。)
山下さんは自分の口癖に思い当って覚えず相好を崩した。
(「ぼくはぶつりやかがくはもういやです。とてもやるきになりません」)
「僕は物理や化学はもう厭です。とてもやる気になりません」
(「それだからしりつへにげるんだね?」)
「それだから私立へ逃げるんだね?」
(「ちがいます。きらいながっかがしけんにでるからです。」)
「違います。嫌いな学科が試験に出るからです。」
(「どうもおまえはふんぱつこころがなくていけない。らくなほうへばかりいきたがる」)
「何うもお前は奮発心がなくていけない。楽な方へばかり行きたがる」
(「いいえ、おとうさん。わせだはいなかのこうとうがっこうよりむずかしいんです」)
「いいえ、お父さん。早稲田は田舎の高等学校より難しいんです」
(「そんなことはないよ、しりつだもの」)
「そんなことはないよ、私立だもの」
(「いいえ、おとうさんはこのころのがっこうのことはもっともごぞんじないんです」と)
「いいえ、お父さんはこの頃の学校のことはもっとも御存知ないんです」と
(じろうくんはてきぱきはしている。しかしおとうさんのいこうにとんちゃくしない。)
二郎君はテキパキはしている。しかしお父さんの意向に頓着しない。
(「とにかく、おれはじぶんがていだいだから、こどももていだいへやりたい」)
「兎に角、俺は自分が帝大だから、子供も帝大へやりたい」
(「・・・」「おまえはどうしてもぶんかをやりたいのかい?」「はい」)
「・・・」「お前は何うしても文科をやりたいのかい?」「はい」
(「それじゃぶんかをやりなさい」「はあ。ありがとうございます」)
「それじゃ文科をやりなさい」「はあ。有難うございます」
(「しかしていだいのぶんかがいい。いっしょうのそんとくのわかれめだから)
「しかし帝大の文科がいい。一生の損徳の岐れ目だから
(わせだのほうはもういっぺんかんがえなおしてごらん。しょうがつになってからへんじをしなさい」)
早稲田の方はもう一遍考え直して御覧。正月になってから返辞をしなさい」