嫁取婿取 25
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問題文
(「とうきょうのしょうだいですよ。かんりつです」)
「東京の商大ですよ。官立です」
(「かんりつにはかんりつですが、あれはちかごろなりあがったんですよ」)
「官立には官立ですが、あれは近頃成り上がったんですよ」
(「とにかく、かんりつだいがくですから、ひろいいみにおいてていこくのだいがくです」と)
「兎に角、官立大学ですから、広い意味に於いて帝国の大学です」と
(きぬがささんもくるしい。「そうはいかない」)
衣笠さんも苦しい。「そうはいかない」
(「あなた、そんなことをおっしゃっていたんじゃしかたありませんわ」と)
「あなた、そんなことを仰っていたんじゃ仕方ありませんわ」と
(ふじんがちゅういした。)
夫人が注意した。
(「しょうだいだからいけないというんじゃない。ていだいとちがうといったのさ」)
「商大だからいけないと言うんじゃない。帝大と違うと言ったのさ」
(「ちがってもかんりつならよろしいじゃございませんか?」)
「違っても官立なら宜しいじゃございませんか?」
(「むろんわるいとはいっていない。きぬがささん、うけたまわりましょう」)
「無論悪いとは言っていない。衣笠さん、承りましょう」
(「しょうだいをかなりのせいせきででて、とうねんにじゅうはっさい、じかえいぎょうです」)
「商大をかなりの成績で出て、当年二十八歳、自家営業です」
(「そこまではつまからききましたが、どういうしょうばいですか?」)
「そこまでは妻から聞きましたが、どういう商売ですか?」
(「きょうてつびんのせいぞうもとです」「てつびんやですか?」)
「京鉄瓶の製造元です」「鉄瓶屋ですか?」
(「はあ、なかなかおおきくやっているいえで、いちりゅうだそうです」)
「はあ、なかなか大きくやっている家で、一流だそうです」
(「つねこや、どうだろうね?てつびんやとはおもいがけなかった」と)
「常子や、どうだろうね?鉄瓶屋とは思いがけなかった」と
(やましたさんはふじんをかえりみた。「かたいごしょうばいでございますわね」)
山下さんは夫人を顧みた。「堅い御商売でございますわね」
(「てつものだからかたいにはそういないが、なんだかはたらきがないようだね」)
「鉄物だから堅いには相違ないが、何だか働きがないようだね」
(「いいえ、きょうてつびんはよいんでございますよ」とふじんはとりなさざるをえない。)
「いいえ、京鉄瓶は良いんでございますよ」と夫人はとり成さざるを得ない。
(「なんぶがなんといっても、きょうとにはかないません。)
「南部が何と言っても、京都には敵いません。
(ねだんもばいからちがいます。かなけのでないことうけあいです」と)
値段も倍から違います。鉄気の出ないこと請合いです」と
(きぬがささんもじゅんじょとしてきょうてつびんのすいせんをした。)
衣笠さんも順序として京鉄瓶の推薦をした。
(「かいしゃそしきですか?」「いや、むかしふうのてがたいしょうかだそうです。)
「会社組織ですか?」「いや、昔風の手堅い商家だそうです。
(おおばんとうがつまのみよりのものですから)
大番頭が妻の身寄りのものですから
(いえのようすはよくわかっているつもりですし、なおおいくらでもといあわせます」)
家の様子はよくわかっているつもりですし、尚お幾らでも問い合わせます」
(「きょうとのしょうにんというきゅうへいでしょうな?」)
「京都の商人という旧弊でしょうな?」
(「いや、しょうだいをでていますから、あたまはあたらしいそうです。)
「いや、商大を出ていますから、頭は新しいそうです。
(そのおとこがほめていました。げんにきょうとのおんなはむかしふうでいやだといって)
その男が褒めていました。現に京都の女は昔風で厭だと言って
(とうきょうをさがしているんです」)
東京を探しているんです」
(「しかしえいきゅうにきょうとにいるんでしょう?」「それはそうです」)
「しかし永久に京都にいるんでしょう?」「それはそうです」
(「あなた、おたずねはあとのことにして、くわしくおはなしていただきましょうよ」と)
「あなた、お尋ねは後のことにして、詳しくお話して頂きましょうよ」と
(ふじんがまたちゅういした。「よしよし」)
夫人が又注意した。「よしよし」
(「ちちおやがきょねんはてまして、あとをついだばかりです。むかしからのしにせですから)
「父親が去年果てまして、後を継いだばかりです。昔からの老舗ですから
(ざいさんはずいぶんありましょう。どうぎょうしゃちゅうでもくっしだそうです。)
財産は随分ありましょう。同業者中でも屈指だそうです。
(うじにべっそうがあります。みせだけでもやといにんがじゅうなんにんとかもうしました。)
宇治に別荘があります。店だけでも雇人が十何人とか申しました。
(こうじょうのほうは・・・」ときぬがささんはじゅんじょをたててかたりだした。)
工場の方は・・・」と衣笠さんは順序を立てて語り出した。
(かんけつをきふために、これをしんぶんのきゅうこんこうこくふうにかきあらためてつぎにしょうかいする。)
簡潔を貴ふ為に、これを新聞の求婚広告風に書き改めて次に紹介する。
(「きょうとちょめいをしにせざいすうじゅうまんとこしゅかけいゆいしょみすこやかひんせいかぜさいしんし)
「京都著名を老舗財数十万戸主家系由緒身健品正風邪采紳士
(さけたしなまずみせやといにんじゅうすうこうじょうやといにんすうじゅう)
酒不嗜店雇人十数工場雇人数十
(ははろういもうとよめおとうとぶんけむけいるい」)
母老妹嫁弟分家無係累」
(まったくもうしぶんない。「きぬがささん、これはけっこうすぎますよ」とやましたさんがいった。)
全く申し分ない。「衣笠さん、これは結構過ぎますよ」と山下さんが言った。
(なんとかもんくをつけないときがすまない。あいてのせいしつをのみこんでいるなこうどは)
何とか文句をつけないと気が済まない。相手の性質を呑み込んでいる仲人は
(「なあに、はなしはんぶんにおききくださればよろしいです。)
「なあに、話半分にお聞き下されば宜しいです。
(いまのはいちおう、よそいきをもうしあげたのにすぎません」とそこをわって)
今のは一応、よそ行きを申し上げたのに過ぎません」と底をわって
(「ほんとうのところはにじゅうまんでしょうな。みせのやといにんがしちはちじゅうめい)
「本当のところは二十万でしょうな。店の雇人が七八名
(こうじょうがにさんじゅうめい」「かけひきがあるんですね」)
工場が二三十名」「駆け引きがあるんですね」
(「そのかわりわりびきをいたしました。そういうおはなしはあいだにたつものが)
「その代り割引を致しました。そういうお話は間に立つものが
(けいきをつけたがって、ばいにもうすものですから、ひとりのてをへたらはんぶん)
景気をつけたがって、倍に申すものですから、一人の手を経たら半分
(ふたりぶんのてをへたらしはんぶんとけんとうをおつけになればまちがいありません」)
二人分の手を経たら四半分と見当をおつけになれば間違いありません」
(「にじゅうまんのはんぶんというとじゅうまんですな」)
「二十万の半分というと十万ですな」
(「いや、にじゅうまんはもうわりびきすみでけっちゃくのところです。)
「いや、二十万はもう割引済みで決着のところです。
(なにしろせいぞうもとでこうじょうをもっているんですからな。)
何しろ製造元で工場を持っているんですからな。
(それぐらいなければたちゆきません」)
それぐらいなければ立ち行きません」
(「ありがとうございました。どれかんがえたうえでごへんじもうしあげましょう」と)
「有難うございました。どれ考えた上で御返事申し上げましょう」と
(やましたさんはどうせみぎからひだりへそくとうするひとでない。)
山下さんはどうせ右から左へ即答する人でない。
(きぬがささんがじしさったあと、「あなた、しゅんいちをよんでそうだんしましょう」と)
衣笠さんが辞し去った後、「あなた、俊一を呼んで相談しましょう」と
(ふじんがもうしでた。「それにはおよばん」「なぜでございますか?」)
夫人が申し出た。「それには及ばん」「何故でございますか?」
(「あれはばかやろうだ」「しゅんいちでございますか?」)
「あれは馬鹿野郎だ」「俊一でございますか?」
(「いや、きぬがささ。どうもあのおとこはへんなものばかりもってくる」)
「いや、衣笠さ。どうもあの男は変なものばかり持って来る」
(「それじゃおきにめしませんの?」)
「それじゃお気に召しませんの?」
(「てつびんやじゃしかたないよ。しゅんいちをよぶならよんではなしてごらん。)
「鉄瓶屋じゃ仕方ないよ。俊一を呼ぶなら呼んで話して御覧。
(わらわれるばかりだよ」とやましたさんはかんがえるよちもないようだった。)
笑われるばかりだよ」と山下さんは考える余地もないようだった。