半七捕物帳 雪達磨4
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問題文
(「ここまではうまくはこんだが、このさきがむずかしい」と、かれはまたしばらく)
「ここまでは巧く運んだが、この先がむずかしい」と、彼は又しばらく
(かんがえていた。 「もうわたくしはひきとりましてもよろしゅう)
考えていた。 「もうわたくしは引き取りましてもよろしゅう
(ございましょうか」と、しなのやのばんとうはおずおずきいた。)
ございましょうか」と、信濃屋の番頭はおずおず訊いた。
(「むむ、ごくろう。もうようはすんだ」と、はんしちはいった。「いや、すこし)
「むむ、御苦労。もう用は済んだ」と、半七は云った。「いや、少し
(まってくれ。まだききてえことがある。いったいこのじんえもんというおとこはなんのようで)
待ってくれ。まだ訊きてえことがある。一体この甚右衛門という男はなんの用で
(えどへきていたのか、おまえたちはなんにもしらねえか」)
江戸へ来ていたのか、おまえ達はなんにも知らねえか」
(「ふだんからむくちなひとで、わたくしどもともあさゆうのあいさつをいたすほかには、)
「ふだんから寡口な人で、わたくし共とも朝夕の挨拶をいたすほかには、
(なんにもくちをきいたことがございませんので、どんなようのあるひとかいっこうに)
なんにも口を利いたことがございませんので、どんな用のある人か一向に
(ぞんじません」 「じょうやどかえ」)
存じません」 「定宿かえ」
(「きょねんくがつごろにもとおかほどとうりゅうしていたことがございまして、こんどはにどめで)
「去年九月頃にも十日ほど逗留していたことがございまして、今度は二度目で
(ございます」 「さけをのむかえ」と、はんしちはまたきいた。)
ございます」 「酒をのむかえ」と、半七は又訊いた。
(「はい。のむともうしてもまいばんいちごうずつときまっておりまして、ひどくよっている)
「はい。飲むと申しても毎晩一合ずつときまって居りまして、ひどく酔っている
(ようなようすをみかけたこともございませんでした」)
ような様子を見かけたこともございませんでした」
(「だれかたずねてくることはあったかえ」)
「誰かたずねて来ることはあったかえ」
(「さあ、だれもたずねてきたひとはないようです。あさはたいていいつつ(ごぜんはちじ)ごろに)
「さあ、誰もたずねて来た人はないようです。朝は大抵五ツ(午前八時)頃に
(おきまして、ひるめしをくうといつでもどこへかでていくようでございました」)
起きまして、午飯を食うといつでも何処へか出て行くようでございました」
(「いつつ・・・・・・」とはんしちはくびをかしげた。「いなかのひとにしてはあさねだな。そうして)
「五ツ……」と半七は首をかしげた。「田舎の人にしては朝寝だな。そうして
(なんどきにかえってくる」 「たいていゆうむつ(ろくじ)ごろにはいちどかえってきまして、やしょくを)
何時に帰ってくる」 「大抵夕六ツ(六時)頃には一度帰って来まして、夜食を
(たべるとまたすぐにでていきますが、それでもよつ(ごごじゅうじ)すぎにはきっと)
たべると又すぐに出て行きますが、それでも四ツ(午後十時)すぎにはきっと
(かえりました。なんでもきんじょのよせでもききにいくようなようすでしたが、)
帰りました。なんでも近所の寄席でも聴きに行くような様子でしたが、
(たしかなことはわかりません」 「かねはもっていたらしいかえ」)
確かなことは判りません」 「金は持っていたらしいかえ」
(「やどへはじめてつきましたときに、ちょうばにごりょうあずけまして、おおみそかにはそのなかから)
「宿へ初めて着きました時に、帳場に五両あずけまして、大晦日には其の中から
(とってくれともうしました。そのざんきんはわたくしどものほうにたしかにあずかって)
取ってくれと申しました。その残金はわたくし共の方に確かにあずかって
(ございますが、じぶんのふところにはどのくらいもっていましたか、それはどうも)
ございますが、自分のふところにはどのくらい持っていましたか、それはどうも
(わかりかねます」 「そとからかえってくるときには、いつもてぶらでかえったかえ」)
判り兼ねます」 「外から帰ってくる時には、いつも手ぶらで帰ったかえ」
(「いいえ、いつもなにかふろしきづつみをおもそうにさげていました。むらへのみやげを)
「いいえ、いつも何か風呂敷包みを重そうに提げていました。村への土産を
(いろいろとかいあつめているらしいとじょちゅうどもはもうしていましたが、どんな)
いろいろと買いあつめているらしいと女中どもは申していましたが、どんな
(ものをかってくるのか、ついぞきいてみたこともございませんでした」)
ものを買って来るのか、ついぞ訊いて見たこともございませんでした」
(「そうか。じゃあ、おめえのうちへいってそのざしきをあらためてみよう」)
「そうか。じゃあ、おめえの家へ行ってその座敷をあらためて見よう」
(はんしちはばんとうをつれて、ふたたびしなのやへひっかえした。ばんとうにあんないされて、おくにかいの)
半七は番頭をつれて、再び信濃屋へ引っ返した。番頭に案内されて、奥二階の
(ろくじょうのざしきへはいると、そこにはべつにめにつくものもなかった。さらにとだなを)
六畳の座敷へはいると、そこには別に眼につく物もなかった。更に戸棚を
(あけてみると、いろいろのふろしきにつつんだものがほそひもでじゅうもんじにかたくしばられて、)
あけてみると、いろいろの風呂敷に包んだものが細紐で十文字に固く縛られて、
(いつつむっつつみかさねてあった。そのひとつつみをねんのためにひきだすと、それは)
五つ六つ積みかさねてあった。その一と包みを念のために抽き出すと、それは
(かなりのめかたがあって、なんだかこじゃりでもつつんであるかのようにかんじられた。)
可なりの目方があって、なんだか小砂利でも包んであるかのように感じられた。
(ばんとうたちあいでそのふろしきをといてみると、なかからはあさぶくろやこぎれにつつんだ)
番頭立会いでその風呂敷を解いてみると、中からは麻袋や小切れに包んだ
(なんきんだまがたくさんあらわれた。)
南京玉がたくさんあらわれた。
(「なんだってこんなになんきんだまをかいあつめたのでしょう」と、ばんとうもあきれていた。)
「何だってこんなに南京玉を買いあつめたのでしょう」と、番頭も呆れていた。
(どのふろしきづつみからもなんきんだまがぞくぞくあらわれてきたので、はんしちもさすがに)
どの風呂敷包みからも南京玉が続々あらわれて来たので、半七もさすがに
(おどろいた。 「なんぼみやげにするといって、こんなになんきんだまをかいあつめる)
おどろいた。 「なんぼ土産にするといって、こんなに南京玉を買いあつめる
(やつもあるめえ。しょうばいにするきなら、どこかのとんやからまとめてしいれるはずだ。)
奴もあるめえ。商売にする気なら、どこかの問屋から纏めて仕入れる筈だ。
(わりのたかいのをしょうちで、みせみせからこがいするはずはねえ。どうもわからねえな」)
割の高いのを承知で、店々から小買いする筈はねえ。どうも判らねえな」
(うずたかいなんきんだまをめのまえにつんで、はんしちはうでをくんでいたが、やがておもわず)
うず高い南京玉を眼のまえに積んで、半七は腕を組んでいたが、やがて思わず
(くちのなかであっといった。)
口の中であっと云った。