半七捕物帳 雪達磨5

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ

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問題文

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(「おい、ばんとうさん、まったくだれもこのおとこのところへたずねてきたことは)

【三】「おい、番頭さん、まったく誰もこの男のところへ尋ねて来たことは

(ねえかどうだか、もういちどよくかんがえだしてくれねえか」と、はんしちはばんとうに)

ねえかどうだか、もう一度よく考え出してくれねえか」と、半七は番頭に

(きいた。 「さあ、わたくしはどうもおもいだせませんが、それでもわたくしの)

訊いた。 「さあ、わたくしはどうも思い出せませんが、それでもわたくしの

(るすのあいだにだれかきたことがあるかもしれませんから、じょちゅうどもをいちおうしらべて)

留守のあいだに誰か来たことがあるかも知れませんから、女中どもを一応調べて

(みましょう」 ばんとうはしたへおりていったが、やがてひっかえしてきて、きょねんのくれの)

みましょう」 番頭は下へ降りて行ったが、やがて引っ返して来て、去年の暮の

(にじゅうはちにちにとなりちょうのとよきちというかざりしょくにんがいちどたずねてきたのをじょちゅうのひとりが)

二十八日に隣り町の豊吉という錺職人が一度たずねて来たのを女中の一人が

(しっている。ただしそのときはじんえもんはるすで、とよきちはそれぎりたずねてこない)

知っている。但しその時は甚右衛門は留守で、豊吉はそれぎり尋ねて来ない

(ということをほうこくした。 「そのとよきちというのはどんなにんげんだえ」)

ということを報告した。 「その豊吉というのはどんな人間だえ」

(「いぜんはこばくちなどをうって、あまりひょうばんのよくないおとこでございました」と、)

「以前は小博奕などを打って、あまり評判のよくない男でございました」と、

(ばんとうはせつめいした。 「しかしきょねんのはるごろからすっかりかたくなりまして、)

番頭は説明した。 「しかし去年の春頃からすっかり堅くなりまして、

(しょうばいのほうもみをいれますので、このごろはふところつごうもよろしいようで、)

商売の方も身を入れますので、この頃はふところ都合もよろしいようで、

(じゅういちがつにはしながわのおまさというじょろうをうけだして、なかよくくらしております」)

十一月には品川のお政という女郎をうけ出して、仲よく暮らして居ります」

(「いくらしながわでもおんなひとりをうけだすにはまとまったかねがいる。たかがかざりしょくにんが)

「いくら品川でも女ひとりを請け出すには纏まった金がいる。多寡が錺職人が

(はんとしやいちねんかせいでも、それだけのかねができそうもねえ。なにかきんしゅがあるな」)

半年や一年稼いでも、それだけの金が出来そうもねえ。なにか金主があるな」

(「そうでございましょうか」)

「そうでございましょうか」

(「きんしゅはきっとこのじんえもんだ。もうたいていわかっている。しかしこのことはめったに)

「金主はきっとこの甚右衛門だ。もう大抵判っている。しかしこのことは滅多に

(いっちゃあならねえぞ。このなんきんだまはおれがすこしもらっていく」)

云っちゃあならねえぞ。この南京玉はおれが少し貰って行く」

(はんしちはひとつかみのなんきんだまをたもとにいれて、しなのやからすぐにとなりちょうのうらながやを)

半七は一と掴みの南京玉を袂に入れて、信濃屋からすぐに隣り町の裏長屋を

(たずねると、かざりしょくにんのとよきちはまゆのあとのあおいにょうぼうと、ながひばちのまえでねぎまのなべを)

たずねると、錺職人の豊吉は眉のあとの青い女房と、長火鉢の前で葱鮪の鍋を

(つっつきながらさけをのんでいた。 「おい、かざりやのとよというのはおまえか」)

突っ付きながら酒を飲んでいた。 「おい、錺屋の豊というのはお前か」

など

(「そうでございます」と、とよきちはおとなしくこたえた。)

「そうでございます」と、豊吉はおとなしく答えた。

(「すこしようがある。そこまできてくれ」 「どこへいくんでございます」)

「少し用がある。そこまで来てくれ」 「どこへ行くんでございます」

(とよきちのめはにわかにひかった。 「まあ、なんでもいいからばんやまできてくれ。)

豊吉の眼はにわかに光った。 「まあ、なんでもいいから番屋まで来てくれ。

(すぐにかえしてやるから」 「いけませんよ。おやぶん」と、かれははやくもはんしちのみぶんを)

すぐに帰してやるから」 「いけませんよ。親分」と、彼は早くも半七の身分を

(さとったらしかった。「わたしはけっしてばんやへつれていかれるようなおぼえは)

覚ったらしかった。「わたしは決して番屋へ連れて行かれるような覚えは

(ありませんよ。なにかのおまちがいでしょう」 「ごうじょうだな。まあすなおに)

ありませんよ。何かのお間違いでしょう」 「強情だな。まあ素直に

(こいというのに・・・・・・。ぐずぐずしているとためにならねえぞ」)

来いというのに……。ぐずぐずしていると為にならねえぞ」

(「だって、おやぶん。むやみにそんなことをいわれちゃあこまります。わたしは)

「だって、親分。むやみにそんなことを云われちゃあ困ります。わたしは

(これでもかたぎのしょくにんでございます。なるほど、いぜんはごきんせいのてなぐさみ)

これでも堅気の職人でございます。なるほど、以前は御禁制の手なぐさみ

(なんぞをやったこともありますが、いまじゃあすごろくのさいころだって、つかんだことは)

なんぞをやったこともありますが、今じゃあ双六の賽ころだって、掴んだことは

(ありません。まったくかたぎになったんでございますから、どうかめこぼしを)

ありません。まったく堅気になったんでございますから、どうかお目こぼしを

(ねがいます」 「まあ、いいや、そんなことはでるところへでていうがいい。)

願います」 「まあ、いいや、そんなことは出るところへ出て云うがいい。

(なにしろおまえにようがあるからよびにきたんだ。おれがよぶんじゃねえ、)

なにしろお前に用があるから呼びに来たんだ。おれが呼ぶんじゃねえ、

(これがよぶんだ」 かれのめのまえへつかみだしたのは、かのなんきんだまであった。)

これが呼ぶんだ」 彼の眼の前へつかみ出したのは、かの南京玉であった。

(ひとめみると、とよきちはもうなんにもいわないで、すぐにながひばちのひきだしをあけた。)

一と目みると、豊吉はもうなんにも云わないで、すぐに長火鉢の抽斗をあけた。

(ふだんからしのばせてあるかつおぶしこがたなをそのひきだしからとりだして、かれはそれをさかてに)

ふだんから忍ばせてある鰹節小刀をその抽斗から取り出して、彼はそれを逆手に

(もってたちあがろうとするとき、はんしちのつかんでいるなんきんだまは、あおもみどりもしろも)

持って起ちあがろうとする時、半七のつかんでいる南京玉は、青も緑も白も

(いちどにみだれてかれのまっこうへさっととんできた。)

一度にみだれて彼の真向へさっと飛んで来た。

(めつぶしをくらってひるむところへ、はんしちはすかさずとびこんでそのはものを)

目つぶしを食って怯むところへ、半七は透かさず飛び込んでその刃物を

(たたきおとした。ねぎまのなべのひっくりかえったはいかぐらのなかでとよきちはもろくも)

たたき落とした。葱鮪の鍋のひっくり返った灰神楽のなかで豊吉はもろくも

(なわにかかって、ちょうないのじしんばんへひったてられた。)

縄にかかって、町内の自身番へ引っ立てられた。

(「やい、とよ。てめえ、てむかいをするいじょうはもうかくごしているんだろう。)

「やい、豊。てめえ、手むかいをする以上はもう覚悟しているんだろう。

(しょうじきになにもかもいってしまえ。てめえはしなのやにとまっているじんえもんと)

正直に何もかも云ってしまえ。てめえは信濃屋に泊まっている甚右衛門と

(どうしてちかづきになった」と、はんしちはぎんみにかかった。)

どうして近付きになった」と、半七は吟味にかかった。

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