半七捕物帳 お文の魂7
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問題文
(kのおじさんはおとわのさかいやにでむいて、おんなのほうこうにんのでいりちょうを)
【三】 Kのおじさんは音羽の堺屋に出向いて、女の奉公人の出入り帳を
(しらべた。だいだいのでいりさきであるから、さかいやからおばたのやしきへいれたほうこうにんの)
調べた。代々の出入り先であるから、堺屋から小幡の屋敷へ入れた奉公人の
(なまえはことごとくちょうめんにしるされているはずであった。)
名前はことごとく帳面にしるされている筈であった。
(おばたのいったとおり、さいきんのちょうめんにはおふみというなをみいだすことは)
小幡の云った通り、最近の帳面にはおふみという名を見出すことは
(できなかった。さんねん、ごねん、じゅうねんとだんだんにさかのぼってしらべたが、)
出来なかった。三年、五年、十年とだんだんにさかのぼって調べたが、
(おふゆ、おふく、おふさ、すべてふのじのつくおんなのなはひとつもみえなかった。)
おふゆ、おふく、おふさ、すべてふの字の付く女の名は一つも見えなかった。
(「それではちぎょうしょのほうからきたおんなかな」)
「それでは知行所の方から来た女かな」
(そうはおもいながらも、おじさんはまだごうじょうにふるいちょうめんをかたはしからくってみた。)
そうは思いながらも、おじさんはまだ強情に古い帳面を片はしから繰ってみた。
(さかいやはいまからさんじゅうねんまえのかじにふるいちょうめんをやいてしまって、そのいぜんのぶんは)
堺屋は今から三十年前の火事に古い帳面を焼いてしまって、その以前の分は
(いっさつものこっていない。みせにあらんかぎりのふるいちょうめんをしらべても、さんじゅうねんまえが)
一冊も残っていない。店にあらん限りの古い帳面を調べても、三十年前が
(ゆきどまりであった。おじさんはゆきどまりにつきあたるまで)
行き止まりであった。おじさんは行き止まりに突きあたるまで
(しらべつくそうといういきごみで、すすけたかみにのこっている)
調べ尽くそうという意気込みで、煤けた紙に残っている
(うすずみのあとをこんよくたどっていった。)
薄墨のあとを根好くたどって行った。
(ちょうめんはもちろんおばたけのためにとくにつくってあるわけではない。)
帳面はもちろん小幡家のために特に作ってあるわけではない。
(さかいやでいりのしょやしきのぶんはいっさいあつめてよことじのあついいっさつにかきとめて)
堺屋出入りの諸屋敷の分は一切あつめて横綴じの厚い一冊に書き止めて
(あるのであるから、おばたというなをいちいちひろいだしていくだけでも、)
あるのであるから、小幡という名を一々拾い出して行くだけでも、
(そのめんどうはよういではなかった。ことにながいねんだいにわたっているのであるから、)
その面倒は容易ではなかった。殊に長い年代にわたっているのであるから、
(ひっせきもどういつではない。おれくぎのようなおとこもじのなかにいとくずのようなおんなもじも)
筆跡も同一ではない。折れ釘のような男文字のなかに糸屑のような女文字も
(まじっている。ほとんどかなばかりでこどもがかいたようなところもある。)
まじっている。殆ど仮名ばかりで小児が書いたようなところもある。
(そのおれくぎやいとくずのこんざつをていねいにみわけてゆくうちには、)
その折れ釘や糸屑の混雑を丁寧に見わけてゆくうちには、
(こっちのあたまもめもくらみそうになってきた。)
こっちの頭も眼もくらみそうになって来た。
(おじさんもそろそろあきてきた。おもしろずくでとんだことをひきうけたという)
おじさんもそろそろ飽きて来た。面白ずくで飛んだ事を引受けたという
(こうかいのねんもきざしてきた。)
後悔の念も兆して来た。
(「これはえどがわのわかだんな。なにをおしらべになるんでございます」)
「これは江戸川の若旦那。なにをお調べになるんでございます」
(わらいながらみせさきへこしをかけたのはしじゅうにさんのやせぎすのおとこで、)
笑いながら店先へ腰を掛けたのは四十二三の痩せぎすの男で、
(しまのきものにしまのはおりをきて、だれのめにもきじのかたぎとみえるちょうにんふうであった。)
縞の着物に縞の羽織を着て、だれの眼にも生地の堅気とみえる町人風であった。
(いろのあさぐろい、はなのたかい、げいにんかなんぞのようにひょうじょうにとんだめを)
色のあさ黒い、鼻の高い、芸人か何ぞのように表情に富んだ眼を
(もっているのが、かれのほそながいかおのいちじるしいとくちょうであった。かれはかんだの)
もっているのが、彼の細長い顔の著しい特徴であった。かれは神田の
(はんしちというおかっぴきで、そのいもうとはかんだのみょうじんしたでときわずのししょうをしている。)
半七という岡っ引きで、その妹は神田の明神下で常磐津の師匠をしている。
(kのおじさんはときどきそのししょうのところへあそびにゆくので、あにのはんしちとも)
Kのおじさんは時々その師匠のところへ遊びにゆくので、兄の半七とも
(しぜんこんいになった。)
自然懇意になった。
(はんしちはおかっぴきのなかまでもはばききであった。しかし、こんなかぎょうのものには)
半七は岡っ引きの仲間でも幅利きであった。しかし、こんな稼業の者には
(めずらしいしょうじきなあっさりしたえどっこふうのおとこで、ごようをかさにきて)
めずらしい正直な淡泊した江戸っ子風の男で、御用をかさに着て
(よわいものをいじめるなどというわるいうわさは、きこえたことがなかった。)
弱い者をいじめるなどという悪い噂は、聞えたことがなかった。
(かれはだれにたいしてもしんせつなおとこであった。)
彼は誰に対しても親切な男であった。
(「あいかわらずいそがしいかね」と、おじさんはきいた。)
「相変わらず忙しいかね」と、おじさんは訊いた。
(「へえ、きょうもごようでここへちょっとまいりました」)
「へえ、きょうも御用でここへちょっとまいりました」
(それからふたつみっつせけんばなしをしているあいだに、おじさんはふとかんがえた。)
それから二つ三つ世間話をしている間に、おじさんは不図かんがえた。
(このはんしちならばひみつをあかしてもさしつかえはあるまい、いっそなにもかも)
この半七ならば秘密を明かしても差支えはあるまい、いっそ何もかも
(うちあけてかれのちえをかりることにしようかとおもった。)
打明けて彼の知恵を借りることにしようかと思った。
(「ごようでいそがしいところをきのどくだが、すこしおまえにきいてもらいたいことが)
「御用で忙しいところを気の毒だが、少しお前に聞いて貰いたいことが
(あるんだが・・・・・・」と、おじさんはさゆうをみまわすと、はんしちはこころよくうなずいた。)
あるんだが……」と、おじさんは左右を見まわすと、半七は快くうなずいた。
(「なんだかぞんじませんが、ともかくもうかがいましょう。おい、おかみさん。)
「なんだか存じませんが、ともかくも伺いましょう。おい、おかみさん。
(にかいをちょいとかりるぜ。いいかい」)
二階をちょいと借りるぜ。好いかい」
(かれはさきにたってせまいにかいにあがった。おじさんもあとからつづいてあがって、)
彼は先に立って狭い二階にあがった。おじさんも後からつづいてあがって、
(おばたのやしきのきかいなできごとについてくわしくはなした。)
小幡の屋敷の奇怪な出来事について詳しく話した。
(「どうだろう。うまくそのゆうれいのしょうたいをつきとめるくふうはあるまいか。)
「どうだろう。うまくその幽霊の正体を突き止める工夫はあるまいか。
(ゆうれいのみもとがわかって、そのほうじくようでもしてやれば、それでよかろうと)
幽霊の身許が判って、その法事供養でもしてやれば、それでよかろうと
(おもうんだが・・・・・・」)
思うんだが……」
(「まあ、そうですねえ」と、はんしちはくびをかしげてしばらくかんがえていた。)
「まあ、そうですねえ」と、半七は首をかしげてしばらく考えていた。
(「ねえ、だんな。ゆうれいはほんとうにでるんでしょうか」)
「ねえ、旦那。幽霊はほんとうに出るんでしょうか」
(「さあ」と、おじさんもへんじにこまった。「まあ、でるというんだが・・・・・・。)
「さあ」と、おじさんも返事に困った。「まあ、出ると云うんだが……。
(わたしもみたわけじゃない」)
私も見たわけじゃない」
(はんしちはまただまってたばこをすっていた。)
半七はまた黙って煙草をすっていた。
(「そのゆうれいというのはぶけのめしつかいらしいふうをして、みずだらけに)
「その幽霊というのは武家の召使らしい風をして、水だらけに
(なっているんですね。はやくいえばさらやしきのおきくをどうかしたような)
なっているんですね。早く云えば皿屋敷のお菊をどうかしたような
(かたちなんですね」 「まあ、そうらしい」)
形なんですね」 「まあ、そうらしい」
(「あのやしきではくさぞうしのようなものをごらんになりますか」と、はんしちは)
「あの屋敷では草双紙のようなものを御覧になりますか」と、半七は
(だしぬけに、おもいもつかないことをきいた。)
だしぬけに、思いも付かないことを訊いた。