半七捕物帳 山祝いの夜4
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問題文
(ぶじにせきしょをこえておだわらのしゅくにつくと、きさぶろうがこんやもいっしょに)
無事に関所を越えて小田原の駅につくと、喜三郎が今夜も一緒に
(とめてくれといった。かれはしゅじゅうをたてばにやすませておいて、じぶんひとりが)
泊めてくれと云った。かれは主従を立場に休ませて置いて、自分ひとりが
(かけぬけてしゅくへはいったが、やがてまたひっかえしてきて、こんやはほんじんに)
駈けぬけて駅へはいったが、やがて又引っ返して来て、今夜は本陣に
(ふたくみのだいみょうがとまっている。わきほんじんにもひとくみとまっている。)
ふた組の大名が泊っている。脇本陣にも一と組とまっている。
(そんなこんざつのやどへとまるよりもふつうのはたごやへとまったほうがしずかでよかろう。)
そんな混雑の宿へ泊るよりも普通の旅籠屋へ泊った方が静かでよかろう。
(じぶんはまつやというやどをしっているから、そこへごあんないしたいといった。)
自分は松屋という宿を識っているから、そこへ御案内したいと云った。
(いくらごようのどうちゅうでも、ほんじんにとまるのはすこしきゅうくつである。ほんじんにとまっては)
いくら御用の道中でも、本陣に泊るのは少し窮屈である。本陣に泊っては
(おんなをよぶわけにもゆかない。よってさわぐわけにもゆかない。)
女を呼ぶわけにもゆかない。酔って騒ぐわけにもゆかない。
(はこねをこせばもうえどだとおもうにつけても、きゅうくつなほんじんのふるぼけたやしきに)
箱根を越せばもう江戸だと思うにつけても、窮屈な本陣の古ぼけた屋敷に
(おしこまれるよりも、ふつうのこぎれいなはたごやにとまって、ゆっくりとてあしを)
押し込まれるよりも、普通の小綺麗な旅籠屋に泊って、ゆっくりと手足を
(のばしてうまいさけでものみたいとしちぞうはおもった。すこししぶっているしゅじんを)
のばして旨い酒でも飲みたいと七蔵は思った。すこし渋っている主人を
(むやみにそそりたてて、かれはきさぶろうがしっているというふつうのはたごやに)
無暗にそそり立てて、彼は喜三郎が知っているという普通の旅籠屋に
(とまることにきめさせて、さんにんはそのまつやにはいった。)
泊ることに決めさせて、三人はその松屋にはいった。
(「しつれいでございますが、こんやはわたくしがやまいわいをいたしましょう」と、)
「失礼でございますが、今夜はわたくしが山祝いをいたしましょう」と、
(きさぶろうはいった。)
喜三郎は云った。
(たびびとがぶじにはこねをこせば、そのよるのやどでやまいわいをするのがとうじの)
旅人が無事に箱根を越せば、その夜の宿で山祝いをするのが当時の
(ならいであるので、ほんらいならばしゅじんのいちのすけからとものふたりにさんびゃくもんずつの)
習いであるので、本来ならば主人の市之助から供の二人に三百文ずつの
(しゅうぎをやって、ほかにさけでもふるまうべきであった。いちのすけももちろん)
祝儀をやって、ほかに酒でも振る舞うべきであった。市之助も勿論
(そのしゅうぎをだした。そのふたりぶんのろっぴゃくもんをしちぞうはみんなふところに)
その祝儀を出した。その二人分の六百文を七蔵はみんなふところに
(おしこんでしまって、さらにきさぶろうにむかってやまいわいのさけをかえと)
押し込んでしまって、更に喜三郎にむかって山祝いの酒を買えと
(いたぶりかけると、きさぶろうはすなおにしょうちした。)
強請りかけると、喜三郎は素直に承知した。
(いちのすけはさすがにぶけかたぎで、かりにもともとなのつくものにさけを)
市之助はさすがに武家気質で、仮りにも供と名の付くものに酒を
(かわせるほうはないというのを、しちぞうはむりにおさえつけて、ばんじわたくしに)
買わせる法はないというのを、七蔵は無理におさえつけて、万事わたくしに
(まかせてくれといった、しゅじんのふるまってくれるさけでははめをはずして)
任せてくれと云った、主人の振る舞ってくれる酒では羽目をはずして
(のむわけにはゆかないので、かれはきさぶろうをいたぶって、こんやもぞんぶんに)
飲むわけにはゆかないので、彼は喜三郎をいたぶって、今夜も存分に
(のもうというもくさんであった。そのもくさんどおりに、きさぶろうはやまいわいをこころよく)
飲もうという目算であった。その目算通りに、喜三郎は山祝いを快く
(ひきうけて、やどのじょちゅうにさけやさかなをたくさんはこばせた。)
引きうけて、宿の女中に酒や肴をたくさん運ばせた。
(「こんやはまずめでたいな」と、いちのすけはいった。)
「今夜はまずめでたいな」と、市之助は云った。
(「おめでとうございます」と、とものふたりもあたまをさげた。)
「おめでとうございます」と、供の二人も頭をさげた。
(しいられていちのすけもすこしのんだ。しちぞうはとめどもなしにのんだ。)
強いられて市之助もすこし飲んだ。七蔵は止め度もなしに飲んだ。
(いいころをみはからって、きさぶろうはたわいのないしちぞうをかいほうしてしゅじんのまえを)
いい頃を見はからって、喜三郎は他愛のない七蔵を介抱して主人のまえを
(さがった。しゅじんはおくのしもざしきのろくじょうにねて、とものふたりはつぎのまの)
退がった。主人は奥の下座敷の六畳に寝て、供のふたりは次の間の
(よじょうはんのあいべやでねた。そのよなかにきさぶろうはうらにかいのきゃくふたりをころして、)
四畳半の相部屋で寝た。その夜なかに喜三郎は裏二階の客二人を殺して、
(どこへかすがたをかくしたのであった。)
どこへか姿を隠したのであった。
(「さてはとうぞくか」と、いちのすけはおどろいた。)
「さては盗賊か」と、市之助はおどろいた。
(しちぞうもいまさらにおどろいた。かねとさけとにめがくれて、とんでもないものを)
七蔵も今更におどろいた。金と酒とに眼がくれて、飛んでもないものを
(つれてきたと、かれもさすがにかおいろをかえた。)
連れて来たと、彼もさすがに顔色を変えた。
(まえにもいうとおり、それがとうじのならいとはいいながら、すじょうのしれないものを)
前にもいう通り、それが当時の習いとは云いながら、素姓の知れないものを
(ともといつわってせきしょをぬけさせたということが、おもてむきのせんぎになれば)
供といつわって関所をぬけさせたということが、表向きの詮議になれば
(めんどうであることはいうまでもない。せんじつめれば、これもいっしゅのせきやぶりである。)
面倒であることは云うまでもない。煎じつめれば、これも一種の関破りである。
(なにごともなければしさいはないが、こういうじけんがしゅったいしたいじょう、もうかくすにも)
何事もなければ仔細はないが、こういう事件が出来した以上、もう隠すにも
(かくされないはめになって、いちのすけはとうぜんそのせめをおわなければならなかった。)
隠されない破目になって、市之助は当然その責を負わなければならなかった。
(もうひとつのめんどうは、ごようのどうちゅうでありながら、ほんじんまたはわきほんじんにとまらないで、)
もう一つの面倒は、御用の道中でありながら、本陣または脇本陣に泊らないで、
(ことさらにふつうのはたごやにとまったということである。そうして、そのはたごやで)
殊更に普通の旅籠屋にとまったということである。そうして、その旅籠屋で
(こんなじけんをうみだしてしまったのであるから、いちのすけのふつごうは)
こんな事件を生み出してしまったのであるから、市之助の不都合は
(じゅうじゅうであるといわれても、ひとことのいいひらきもできない。)
重々であると云われても、一言の云い開きも出来ない。
(としのわかいいちのすけは、そのほっとうにんたるしちぞうをてうちにして、じぶんもはらをきろうと)
年の若い市之助は、その発頭人たる七蔵を手討ちにして、自分も腹を切ろうと
(かくごをきめたのである。ゆうべのさけもすっかりさめてしまって、しちぞうは)
覚悟を決めたのである。ゆうべの酒もすっかり醒めてしまって、七蔵は
(ふるえあがった。)
ふるえあがった。
(「それはごたんりょでござります。まずしばらくおまちくださりませ」)
「それは御短慮でござります。まずしばらくお待ちくださりませ」
(いっしょうけんめいにしゅじんをなだめているうちに、かれはよいにろうかでであったたきちのことを)
一生懸命に主人をなだめているうちに、彼は宵に廊下で出逢った多吉のことを
(おもいだした。たきちにたのんでそのとうぞくをとりおさえてもらったら、またなんとか)
思い出した。多吉に頼んでその盗賊を取り押さえて貰ったら、又なんとか
(たすかるくふうもありそうなものだと、かれはすぐにこのへやにころげこんで)
助かる工夫もありそうなものだと、彼はすぐにこの部屋に転げ込んで
(きたのであった。 そのはなしをきいてはんしちとたきちはかおをみあわせた。)
来たのであった。 その話を聴いて半七と多吉は顔をみあわせた。