半七捕物帳 筆屋の娘5
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問題文
(「いかがでございましょうか。そのぜんしゅうさんというひとのおへやを、)
「いかがでございましょうか。その善周さんという人のお部屋を、
(ちょっとみせていただくわけにはまいりますまいか」 「はい。どうぞこちらへ」)
ちょっと見せていただく訳にはまいりますまいか」 「はい。どうぞこちらへ」
(じゅうしょくはこしょうなくしょうちして、すぐにはんしちをぜんしゅうのへやにあんないした。)
住職は故障なく承知して、すぐに半七を善周の部屋に案内した。
(へやはろくじょうで、そこにはにじゅにさんのわかそうとじゅうごろくのなっしょとがきょうをよんでいたが、)
部屋は六畳で、そこには二十二三の若僧と十五六の納所とが経を読んでいたが、
(はんしちのはいってきたのをみて、まるいあたまをいちどにふりむけた。)
半七のはいって来たのを見て、丸い頭を一度に振り向けた。
(「ごめんください」と、はんしちはえしゃくした。ふたりのそうはだまってえしゃくした。)
「ごめん下さい」と、半七は会釈した。ふたりの僧は黙って会釈した。
(「ぜんしゅうさんのおつくえはどれでございます」)
「善周さんのお机はどれでございます」
(「これでございます」と、わかそうはへやのすみにあるちいさいきょうづくえをゆびさしておしえた。)
「これでございます」と、若僧は部屋の隅にある小さい経机を指さして教えた。
(つくえのうえにはおりほんのきょうほんがに、さんさつつまれて、そのそばにはちいさいすずりばこが)
机の上には折本の経本が二、三冊積まれて、その側には小さい硯箱が
(おいてあった。 「はいけんいたします」)
置いてあった。 「拝見いたします」
(いちおうことわって、はんしちはすずりばこのふたをあけると、はこのなかにはすりへらしたすみと、)
一応ことわって、半七は硯箱の蓋をあけると、箱のなかには磨り減らした墨と、
(にほんのふでとがみいだされた。ふではにほんながらすいひつで、そのいっぽんはまだあたらしく、)
二本の筆とが見いだされた。筆は二本ながら水筆で、その一本はまだ新らしく、
(しろいほのさきにすみのあとがうすぐろくにじんでいるだけであった。)
白い穂の先に墨のあとが薄黒くにじんでいるだけであった。
(はんしちはそのあたらしいふでをとってながめた。)
半七はその新らしい筆をとって眺めた。
(「このふではこのごろおかいなすったんでしょうねえ。ごぞんじありませんか」)
「この筆はこの頃お買いなすったんでしょうねえ。御存じありませんか」
(それはぜんしゅうがしんだぜんじつのゆうがたにかってきたものらしいとわかそうはいった。)
それは善周が死んだ前日の夕方に買って来たものらしいと若僧は云った。
(いつもとうざんどうでかうのであるから、それもむろんにおなじふでやでかってきたので)
いつも東山堂で買うのであるから、それも無論に同じ筆屋で買って来たので
(あろうとかれはまたいった。はんしちはさらにそのふでのほをじぶんのはなのさきへあてて、)
あろうと彼は又云った。半七は更にその筆の穂を自分の鼻の先へあてて、
(そっとかいでみた。 「このふでをしばらくはいしゃくしていくわけにはまいりますまいか」)
そっとかいでみた。 「この筆を暫時拝借して行くわけにはまいりますまいか」
(「よろしゅうござる。おもちください」と、じゅうしょくはいった。)
「よろしゅうござる。お持ちください」と、住職は云った。
(そのふでをかいしにつつんで、はんしちはへやをでた。)
その筆を懐紙につつんで、半七は部屋を出た。
(「ぜんしゅうさんのおとむらいはもうすみましたか」と、かれはかえるときにじゅうしょくにきいた。)
「善周さんのお葬式はもう済みましたか」と、彼は帰るときに住職に訊いた。
(「きのうのひるすぎにけんしをうけまして、しょきのおりからでござれば)
「きのうの午すぎに検視を受けまして、暑気の折柄でござれば
(やぶんにじないにまいそういたしました」)
夜分に寺内に埋葬いたしました」
(「さようでございますか。いや、これはどうもおじゃまをいたしました」)
「左様でございますか。いや、これはどうも御邪魔をいたしました」
(てらをでると、はんしちはすぐにとうざんどうへいった。むすめのとむらいはゆうべのはずであったが、)
寺を出ると、半七はすぐに東山堂へ行った。娘の葬式はゆうべの筈であったが、
(にわかにけんしがきたためにこくげんがおくれて、けさあらためて、はしばのぼだいじへ)
俄かに検視が来たために刻限がおくれて、今朝あらためて、橋場の菩提寺へ
(おくることになったので、きょうはもちろんにしょうばいをやすんで、みせのとははんぶん)
送ることになったので、きょうは勿論に商売を休んで、店の戸は半分
(おろしてあった。とのあいだからのぞいてみると、こぞうのひとりがぼんやりと)
おろしてあった。戸のあいだから覗いて見ると、小僧の一人がぼんやりと
(すわっていた。 「おい、おい。こぞうさん」)
坐っていた。 「おい、おい。小僧さん」
(はんしちはそとからこえをかけると、こぞうはいりぐちへたってきた。)
半七は外から声をかけると、小僧は入口へ起って来た。
(「みなさんはおとむらいからまだかえりませんかえ」 「まだかえりません」)
「皆さんはお送葬からまだ帰りませんかえ」 「まだ帰りません」
(「こぞうさん。ちょいとおもてまでかおをかしてくださいな」)
「小僧さん。ちょいと表まで顔を貸してくださいな」
(こぞうはみょうなかおをしておもてへでてきたが、かれははんしちのかおをおもいだしたらしく、)
小僧は妙な顔をして表へ出て来たが、かれは半七の顔を思い出したらしく、
(きゅうにかたちをあらためてぎょうぎよくたった。)
急に形をあらためて行儀よく立った。
(「ゆうべはさわがせてきのどくだったな」と、はんしちはいった。「ところで、)
「ゆうべは騒がせて気の毒だったな」と、半七は云った。「ところで、
(おまえにすこしききたいことがあるんだが、おとといかさきおとといごろ、)
お前に少し訊きたいことがあるんだが、一昨日か一昨々日頃、
(このみせへふでをとりかえにきたひとはなかったかえ。このすいひつだ」)
この店へ筆を取り換えに来た人はなかったかえ。この水筆だ」
(ふところからかみにつつんだすいひつをだしてみせると、こぞうはすぐにうなずいた。)
ふところから紙につつんだ水筆を出してみせると、小僧はすぐにうなずいた。
(「ありました。おとといのおひるすぎにわかいむすめがとりかえにきました」)
「ありました。おとといのお午過ぎに若い娘が取り換えにきました」
(「どこのこだかしらねえか」)
「どこの子だか知らねえか」
(「しりません。このふでをかってかえってから、いっときほどたってまたひっかえしてきて、)
「知りません。この筆を買って帰ってから、一晌ほど経って又引っ返して来て、
(ほのぐあいがわるいからほかのととりかえてくれといって、)
穂の具合が悪いからほかのと取り換えてくれと云って、
(ほかのととりかえてもらっていきました」)
ほかのと取り換えて貰って行きました」
(「ほかにはとりかえにきたものはねえか」 「ほかにはありませんでした」)
「ほかには取り換えに来た者はねえか」 「ほかにはありませんでした」